決着

 突き出した栄の手から雷撃は、火花を散らしながら風香へ真っ直ぐ向かっている。

 力を入れて地面を蹴り、風香の正面で俺は受け止めた。両手に霊気功を張り巡らせ手を開いて雷撃を遮る。


 受け止めた手のひらから違和感を感じる。

 雷撃を受け止めた衝撃の他に、霊気を乱す力があった。これは陰陽術に拠るものだ。

 受け止めただけで感じるのだから、込められた術は相当の威力をもっていただろう。

 どのような術が込められていたか判らない。だが、霊気を乱されるとあやかしは弱体化する。力量によっては霊核が破壊されることもある。ならば、葉風と風香の防御は俺がすべきだろう。


 俺達で栄を向かい討つと決めた時から、葉風と風香とは大雑把だがシミュレーションしていた。 

 栄の攻撃手段を見極めるまでは俺が防御にまわる。葉風と風香が攻撃を受け持つ。


 そのシミュレーション通りに、俺が受け止めると風香は人間の姿へ変化してニヤリと笑う。


「実戦で初めて試すわ!」


 手に握られた自動拳銃を栄に向けてトリガーをひいた。


 ダン! ダン! と銃声が響き、栄の腕を打ち抜いた。

 弾丸くらい、濃い霊気を壁にすれば受け止められると考えていたのだろう。穴が開いた腕をちらと見て目を丸くする。しかし、栄の余裕は消えなかった。


「ほう、考えましたね。霊気功を込めた弾丸ですか。ですが、甘い!」


 弾丸があけた傷跡がみるみるうちに塞がっていく。

 

 なるほど、猛が霊気を取り込み続けているおかげで、修復できるというわけか。


「いや、甘いのはお前だ。自分の身体の秘密を俺達に教えたのが過ちだ」


 俺の言葉に反応して葉風が動く。クワァー! と鳴いて身体を震わせた。

 葉風を中心として空気も細かに揺れ広がっていく。

 樹海全域を覆うように、素早く、力強く、広がっていった。


「な、何をした?」


 空気の震えが止まったとき、栄の周囲の空気はぼんやりと光っていた。


「この辺りの霊気を葉風が集めている。もう霊気を取り込めないぜ?」


 玖音は地脈から流れる霊気から邪気ある霊気を除いて神渡ビルへ集めている。それには膨大な霊力と繊細な技術が必要で、空狐の玖音だからこそできることだ。 


 だが天狐の葉風にも似たようなことはできる。

 殺生石の波動……濃い邪気を帯びた霊気にトラウマを抱えている俺を助けるために、広範囲の霊気を集めて圧縮し、一時的に自分の身の回りに壁のように固める術を使ったのだ。


 霊域や地脈から流れる膨大な霊気をコントロールすることはできなくても、集めて圧縮するだけならば葉風にもできる。


 葉風は俺と風香の背後へ回り、集めた圧縮霊気を俺達を包むように展開した。これで陰陽術や霊気功を除く攻撃へのシールドとなる。


 殺気を膨らませた風香は、驚きで足が止まった栄を俺の脇から容赦なく撃つ。

 先ほどと異なり余裕を失った栄は大きく斜め後ろへ跳ね飛び避けた。


「全力を出したいなんて言われてもだな、俺達には関係ないんだよ」

「チッ」


 避けた先から、俺達を包み込むような火炎を両手から放ってきた。

 葉風が作っているシールドに当たると弱々しい炎と変わる。術が込められているだけあって霧散することはなかった。だが、シールドを抜けるほどではない。


「俺の愛妻を甘く見るなよ。いくら陰陽術にあやかしが弱いと言ってもだな、霊力に差がありすぎんだよ」

「嫁自慢? まぁいいけど……」


 調子に乗ってる俺に風香が何か言いたそうだが聞く耳はもっていない。


「風香、防御は葉風に任せて奴を狙い続けろ。俺は距離を縮めて、霊核にダメージを与える!」


 葉風の防御に自信を持った俺は攻撃に移る。

 俺が一歩前へ足を踏み出すと、


「調子に乗るなぁぁああ!」


 栄は殺生石を口から散弾銃のように放ってきた。


「冷静になれよ。クールじゃないと勝てる勝負も落とすことになるぜ? ま、今回の勝ち目はおまえには無いんだがな」


 放たれた殺生石は俺に近づく前に、葉風の力によって邪気を失う。

 浄化したわけじゃないから、石は残っているし、葉風が力を止めたら邪気を放つだろう。

 しかし今は、何も感じない。


「クッ……ソッガァアアア!」


 風香が撃つ弾丸を避けつつ俺に向かってきた。

 突っ込んでくるスピードは尋常じゃないが、血走った目には怒りと狂気しか感じられない。

 自分の無力さを感じて栄の中で理性が弾け飛んだようだ。


 これはダメだ。絶望ゆえか、それとも猛の暴走に影響されてか、自暴自棄になってるとしか思えん。

 正常な判断ができるなら、この時点で逃亡か降参、もしくは取り引きを選ぶ。


 まぁいい。

 どのみち栄の先は短いんだ。

 ここで楽にしてやるのも情というものだろう。

 それに……これまでに修行した成果を出したい気持ちもあるしな。


 両足を踏みしめ丹田に力を込め、両手を前で交差させて俺は栄を待ち受けた。


 獰猛な力を持つ腕が俺を薙ぎ倒そうと振られ、膝を曲げた俺の頭上をブンッとかすめる。


幻気鋭槍げんきえいそう


 左足を滑らせて前進し、左の掌底を栄の胸に当て、その上へ右の掌底を撃ちつけた。 

 体内で練り上げ槍のように束ねた霊気功を左手で探り当てた霊核へ瞬時に打ち込んだ。


 本来は霊気功ではなく、仙気で行う。

 無限にある自然の力を仙気として使えば連発も可能だし、何よりも術師の力量を越えた威力が出る。

 俺はまだ未熟で仙気を操れない。だから霊気功を使った。


「ゴフゥ」


 栄の身体はくの字に折れ、俺の横で膝をついた。


 身体に触れて判ったことだが、栄の体内では霊気が乱れ荒れ狂っている。

 それでも一つの生命として動けたのは、栄の霊核が乱れた霊気をかろうじてまとめていたんだろう。

 その霊核が壊れた今、栄の身体は崩壊するしかない。


「クソ……最後の目的も果たせないで……」

「言い残したいことはあるか?」


 徐々に力が失われていく栄を見下ろして訊く。

 俺の問いに応えたわけではないだろうが、地面に頬をあてたまま栄はつぶやいた。


「人間が嫌いだ……あやかしも嫌いだ……神々も……全て滅んでしまえばいい……」

「……」

「……ごめん」


 栄から急速に熱が失われていく。なのに霊気は拡散しない。


「殺生石になる」


 俺の背後から葉風の声がする。

 葉風と風香も俺の横に立ち、栄の変化を見守っている。


 一瞬ごとに栄の身体が灰色に石化していく。

 俺より二回り以上は大きかった身体は、五十センチほどまで縮み楕円形の殺生石となった。


「栄が吐きだした石もある。全部回収して玖音のもとへ戻ろう」


 俺達の前で殺生石になれば、回収されて浄化されると判っているはずなのに、何故?

 浄化されて綺麗になりたかった?


 いや、そんな奴じゃないな。

 霊気として拡散することも拒み、恨みや憎しみでさえもこの世界に残したくなかったのだろう。


 「全て滅んでしまえばいい」と奴は言った。

 自分自身も完全に消えたかったに違いない。


 俺は今感じた気持ちを玖音に伝えようと決めた。

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