不安

 たまに神渡ビルへ戻ってきて、風香は状況を教えてくれる。

 大陸からのあやかしには、荼枳尼と風香に出会うと観念して投降してくる者もいれば、最後まで抵抗し倒されるものも居るとのこと。投降したしたあやかしには、玖音が藍睨果にたいして行ったように、荼枳尼があやかしの首に霊気の首輪を付けたという。そしてその状態で崑崙へ引き渡すのだという。


 あとは泰山娘娘がどう判断するかだが、多分、大陸のあやかし退治を手伝わされるのではないかと荼枳尼は言っているらしい。


 これまでのところ七回出会ったが、荼枳尼が手を出すほどのあやかしはおらず、抵抗してきたものでも風香によって退治されているようだ。念のために渡した銃を使うほどの相手は居なかったとも言う。

 霊格をあげる修行を怠っている風香は、まだまだ天狐へなれそうもないらしい。だが、実力は天狐に近いというから、まともに敵対できるあやかしなどそうは居ない。


 「ストレスの解消になった」と風香は笑う。

 確かに、桜井とのことを悩んでいたときよりも纏っている雰囲気は明るい。

 身体を動かしたおかげで多少は気持ちも落ち着いてきたのだろう。


 人間への被害はこれまでゼロだという。ただ、日本のあやかしが数体喰われたらしい。

 あやかし数体で被害が済んでいるのは、ニセウに協力している樹木の精霊達からの連絡が早いからという。


 大陸から渡ってきたあやかしは、昔の妲己ほどではないにしろ、それなりに力のあるあやかしだったようだ。ま、これは予想通りだから問題はない。しかし、風香の相手にはならなくても、多くのあやかしへの脅威になったのは間違いないらしい。


 異変を感じた樹木の精霊は近くの稲荷神社へ連絡し、稲荷で務めを果たしている野狐は野狐頭の悌雲へ、悌雲は荼枳尼へという連絡網が機能したおかげで被害は最小に抑えられている。

 同時に、西日本側の情報も手に入っているという。


 芦屋隆造本人は屋敷から滅多に出てこないらしい。そして芦屋猛と栄の二人が派遣され、あやかしを退治しているとのこと。これは予想通り。


 荼枳尼と風香ならば、降参したあやかしを退治しない。だが、猛と栄は降参しようとも倒しているという。まぁ、これは方針の違いだから、こちらが文句を言う筋合いのものではない。


 気になるのは、退治したあやかしを喰っているらしいという点。


 確かに、あやかしを喰い、その霊核を取り込むと霊力は増して強くなる。

 このことはあやかしならば知っていることだ。

 強くなりたいあやかしは大勢居る。霊力が増して強くなれば、生きていくのも楽になる。しかし、あやかしの多くは他のあやかしを喰ったりしない。

 

 それは何故か?


 他の霊核を取り込むと、自身の霊核に影響が出る。

 性格や善悪の霊核属性の変化が大なり小なり生じる。それだけならいいと考える者はいる。だが最大の問題がある。もともと持つ自身の霊格にはがある。霊核を取り込んで、もしくは修行で霊力を成長させていっても、霊格の器までしか成長しない。


 そこで霊格を高位に昇華させていく必要がある。


 仙人ならば、霊力の成長に伴う霊格の昇華は自然に生じる。必要とされる霊力と、その霊力を受け入れるだけの霊核が育てば格はあがる。


 しかし、あやかしは違う。

 玖音や葉風達もそうだっただろうが、霊格の昇華には神々の助力が必要になる。

 泰山娘娘や宇迦之御魂大神うかのみたまのかみなどの、あやかしをまとめている神の力が必要なのだ。


 そして、霊格を昇華せずに他者の霊核を取り込み続けていくと、最後は自身の霊核が壊れる。パンパンに膨らんだ風船に空気を送り続けると最後は割れてしまうのと同じことが起きる。ただし、風船が割れたら風船が散り散りになるだけだが霊核は違う。


 元の形や機能が壊れたまま、霊気で形作られた存在を保ち続ける。それは暴走という状態。

 記憶や意識も失い、ただひたすらに他者を喰らうだけの存在になる。


 その存在にとっての生きていくために必要な食事ではない。

 何かしら楽しみを得るための食事ではない。


 食事そのものが目的であり、食事のことしか考えていない存在になってしまう。

 食事以外のことは判らないから、いくら強い霊力を持っても活かせない……ある意味で弱い存在になる。


 力任せに倒せる相手にならば勝つだろうし、喰えるだろう。

 だが、霊力を使用した術は使えなくなるから、格下のあやかしにすら負けるようになる。

 いくら強い霊力を持っていても、活用できなければ意味はないんだ。


 そんな状態になるのが判っているはずなのに、何のために霊核を取り込み続けてきたのか?  


 あやかしにとっての常識を、あやかしを使役したり討伐してきた陰陽師が知らないはずはない。

 そう考えると何か嫌な感じがする。今の俺には思いつかない何かがあるような気がする。


 判らないことを考えていても仕方がない。そうは思うんだが気になる。


 この不安が杞憂で終わればいい。

 そう考えながら、俺はトレーナーとしての仕事と、新宿で起きるトラブル解決をこなしていた。

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