泰山娘娘よりの

 特に問題はないまま、三ヶ月過ぎた。

 たまに戻る風香からも、大陸からのあやかしも滅多に出没しなくなったと聞く。最近はあやかし退治より、各地のあやかしとの繋がりを作るほうが忙しいと微笑んでいた。ちなみに、荼枳尼は風香に付き添っているだけで特に何もしないという。それでも女神が身近にいるという安心感があるので、思いつくままに各地のあやかしと接触しているという。


 風香の口からは、桜井についての話は出ない。

 だけど、彼の周囲については気に掛けているに違いない。俺や葉風も敢えて触れないが、風香の雰囲気が落ち着いているから良しとしている。


 ずっとショートだった黒髪を伸ばし、玖音や葉風のように伸ばすつもりと言っていた。その目には穏やかで温かさがあるように感じた。どのような気持ちでいるのかまでは判らないけれど、良い方向へ向かっているんじゃないかな。


 西日本でも同様だとニセウが教えてくれる。芦屋猛と栄が出てくることもなく、芦屋家の術師が退治できる程度のあやかしが稀に現れるくらいだとクリッとした瞳で伝えた。紫灯に抱えられた黒ブチ子猫姿のニセウから俺が不安になるような言葉は出てこなかった。


 芦屋家については俺の考えすぎだったかと思いつつあった。このまま何事もなく終わればいいのだが……。


 

 そう考え、芦屋家への不安が薄くなっていたある日、仕事を終えて自室でコーヒーを飲みながら葉風と雑談しているところへ、久しぶりに泰山娘娘スイーツ欲天女がやってきた。

 

「久しぶりじゃな」


 事前に連絡もなく娘娘が来るのは珍しい。

 いつもならば「〇日に行くからな」と連絡があり、言外に「スイーツを用意しておけ」と匂わせる。

 突然の訪問に、娘娘が喜びそうなスイーツはあったかなと葉風に目配せした。葉風は細かく首を横に振る。

 そうだよな。

 俺も葉風も甘い物は嫌いじゃない。だけど、常時用意しておくほどではないからな。


「ああ、気にするでない。玖音との相談のついでに顔を出しただけじゃ」


 俺と葉風の様子から察したのだろう。ニコニコと笑いながら俺達の前にチョコンと座った。ソファに座った娘娘の足は床には届かない。もぞもぞと動いて背もたれに身体を預ける。

 見慣れているから笑わないが、やはり最上位天女の威厳は感じられない。


 しかし、娘娘が気遣ってきた……空気を読めるようになったのか?

 このマイペースロリ天女が?


 俺がそんなことを考えていると、「ミルクを温めますね」と葉風が髪を揺らして台所へ向かう。その背に「ココアにしてくれぬか」と言い、うん、いつもの娘娘だと安心した。


「顔を出しただけ……ですか?」

「ああ、連絡? 注意のほうが適切か……ちっと注意を促そうとな」


 表情は真面目だが、ソファに両手をつき、前に投げ出された足をブラブラさせている。台所のほうへチラチラと視線を泳がせている。ココアが待ち遠しいのか……。


 ちゃんと用意してるから落ち着けよ、子どもか!


「注意?」

「うむ、芦屋家に気をつけておけと」


 え? 

 風香とニセウから怪しい動きは無いと……。


「それはどういった?」

「はっきりは判らん。荼枳尼は今は女神でも、もともと夜叉ヤクシーだったから気付きにくいのだろう。玖音も怪訝な顔をしていた。あの家から珍しいあやかしの霊気が感じられる」

「珍しいあやかしの霊気?」

「そうだ。我も過去に一度か二度接した程度に珍しい霊気だな」


 戻って来た葉風からカップを両手で受け取り、フゥーフゥーと息を吹きかけた。カップに口をつけ、火傷しないように一口、二口とココアをすすっている。

 俺と葉風は娘娘が再び話し始めるのを待った。


「……あれは……ぬえの霊気が暴走した時と似ている」


 両手をあてたままテーブルの上にカップを置いて口を開いた。


「鵺の?」

「うむ。幾種類かの霊気が混ざっているような……しかし、注意していなければ判らぬほどの弱さで……それがまた不自然でな」

「それでも、あやかしならば俺や葉風達、荼枳尼様がいれば」

「そう思いたいところじゃ。しかし、禁呪を使うことも厭わない相手のようだからな」


 不自然と感じる霊気が娘娘を警戒させているのだろう。

 

「玖音姉さんは?」

「監視を強化すると言っていたな。本来、高天原が動けば良いのじゃが、あそこは『下界のことは下界のもので』が基本方針じゃからそうそう動かん。好奇心が強い荼枳尼はともかく宇迦之御魂大神うかのみたまのかみも積極的に動かんだろう?」


 もともと人間の仙人を抱えて人間社会と一定の関係を築いてきた崑崙と異なり、高天原は人間社会と距離を置きがちだ。

 宇迦之御魂大神うかのみたまのかみのように野狐を稲荷として神社で使役している神でも、自身が動きトラブルの解決に動くようなことは滅多にしない。泰山娘娘から依頼をうけた故に、稲荷を動かす権限を与えて玖音の手助けをする程度だ。


「判りました、芦屋隆造に気を留めておきます。それにしても娘娘様、玖音様に伝えたのに俺にも伝えるのには何か理由があるんでしょう?」


 玖音と相談したのであれば、必要な状況になれば俺にも指示が来る。今すぐどうにかしなければならない状況でないなら改めて俺に伝える意味はない。

 先ほどからどうもこの点が気になっていたので訊いた。


「……」

 

 視線を宙に泳がせて、娘娘はカップを口まで運ぶ。ココアを口に含み、俺と葉風をチラチラと見た。


「……」


 俺は娘娘の目的に気付き、ジト目で見る。


「よ、よいではないか。我と総司の仲だからな! あっはっはっはっは……」

「……西日本側のスイーツ……」

「うっ!」

「やはりそうでしたか」


 顔を隠すようにカップを傾け、そしてテーブルに置き娘娘は恥ずかしそうに顔を赤らめた。

 本音を見破られて気まずいのだろう。


「うるさい! 良いのじゃ。これからも新宿近辺のも食べたいが、まだ見ぬスイーツとの出会いも欲しいのじゃ!」


 逆ギレしやがった。まったくスイーツが絡むとガキになるよな。


「あの、娘娘様」

「葉風、なんじゃ?」

「西日本の有名店も東京に出店していますよ?」


 え? と言いたそうに娘娘の口が半開きになる。


「それはまことか?」

「はい。それに東京には全国の有名店が出店していますので……」


 申し訳なさそうに葉風がゆっくりと説明する。


「だが、西日本でしか食べられないものもあるんじゃろ?」

「それはそうですが、東京にあるお店のスイーツも全て召し上がっているわけではないんですよ?」

「……そ、そうか……」


 逆ギレしたことを恥じたのか、チラッと俺を見た。


「総司も私も、娘娘様が召し上がったことのないものを選んでますので……」

「……わかった。では、これからも宜しく頼むぞ!」


 グイッとココアを飲みほし、椅子から飛び降りた。

 そして「では、またな」と部屋を出て行く。


 まったく困った神様だよ。

 まぁ、本音はともかく芦屋隆造の情報は有り難い。気持ちを準備しておけるからな。

 

 娘娘が帰ったあと、葉風と万が一に備えておこうと話し合った。

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