誘拐 (その一)
玖音は屋上の神社に向かい、稲荷頭の悌雲を呼ぶ。
稲荷神社同士はネットワークを築いている。神社付きの妖狐……稲荷同士は連絡を交わせる。
悌雲は移動先の稲荷と連絡を密にして各地域で情報をあつめているから直に連絡がつく。
玖音へ情報が届くまで、俺と葉風は部屋で待機する。
いつ呼び出されても良いように、俺は道着を、葉風は紺の作業着に着替え、ダイニングテーブルでお茶を飲んでいた。
呼び鈴が鳴り、それじゃ行くかと椅子から立ち上がると、勢いよく風香が入ってきた。
血相を変え、どうやらただ事ではない様子。
「総司! 哲也が、桜井哲也が攫われた!」
「は? それはまたどうして……」
先ほど風香のスマホに、桜井哲也のスマホから電話が入ったそうだ。
しかし、相手は知らない声で「巽総司にこれから言うことを伝えろ」と。
「お前は誰だ」と訊いた風香の質問など気にする様子もなく、
「今夜十九時に、多摩川大橋の下……蒲田側の河川敷に巽総司を寄こせ。巽が来たら人質は無事に帰してやる」
とだけ伝えて通話は切れた。
その後折り返し電話しても繋がらず、メールや他の手段でも桜井とは連絡がつかないそうだ。昨日から会社も休んでいるという。
「俺を
泣きそうな目で俺を見る風香。
自分と親しくならなければと内心責めているだろう。
風香にも桜井にも責められるところなどないというのに、こういう状況では自責の念が強くなる。
その気持ちは判るから、気にするなと安易な言葉もかけづらい。
どうやら関係者を調べ、稲荷が見張っている俺の家族を避け、風香と仲の良い桜井を攫ったのだろう。
確かに、桜井には何も手を打っていなかった。
風香とだって仲が良い以上の関係ではないはず。
和泉や中野友里乃は稲荷が見守っていて、異変があればすぐ俺に連絡が来る。
あ、風香側から漏れなくても、桜井側の友人や知人の話からかなり近い関係と悟られたのかもしれない。
こちらを詳しく調べてるのはよく判った。
しかし、人質など取らなくても、呼び出されたら俺は必ず出向くだろうに……気に入らないな。
確実に俺を誘き出したいのだろうが、むかつくぜ。
それに「巽総司一人で来い」と要求してきていない。
つまり、葉風を含めてあやかし仲間が一緒だろうと目的を果たせると考えている。
神渡ビルも舐められたものだ。
玖音が動くとは思っていないのだろうし、動いても何とでもなると思っているのかもしれない。
俺だって、あの敗北のあとに身につけた技がある。
葉風の協力がないと使えない技だが、殺生石を恐れる必要はなくなる。
とりあえず、今回の犯人は芦屋関係だろう。
他にも俺に敵意を持つ者や組織はある。
だが、その多くは暴力団関係。
そちらで何か怪しい動きがあれば、島克明から注意が来る。
そんな話は来ていないから、今回は多分芦屋だろう。
「桜井は必ず無事に取り戻すから、風香はビルに居ろ」
能力面では何の不満もないが、感情的になっている風香を連れていくことはできない。
「イヤよ! 私のせいで攫われたんですもの行くわ」
気持ちは判っている。
だが人質がいるからこそ冷静にならなければならない。
俺と葉風は人質の救出に集中しないといけない。
風香を気遣う余裕があるか判らないからな。
「ダメだ。俺と葉風を信じろ」
「風香、落ち着きなさい。桜井さんを取り戻したあと、あなたは癒やしてあげなくちゃいけない。判るよね?」
葉風の言う通りだ。
桜井は俺達の事情を知らされてるかもしれない。
その場合、丁寧に説明し話し合う必要もあるだろうし、彼が理解を示さないなら記憶をイジる必要だってあるかもしれない。
俺や葉風がやってもいいが、やはり風香がすべきことだろう。
だから、風香には落ち着いていて欲しい。
「でも、ここで待っているなんて……」
理解に感情がついてこない。
今の風香の気持ちは、俺も葉風も判っている。
居ても立っても居られない状況なのも判っている。
同じような状況であれば、俺も葉風も怒りや心配で自分を抑えられないだろう。
だからだ。
だからこそ落ち着くための時間が必要だと判るんだ。
ここに居れば、玖音も風凪も居る。
風香に寄り添ってくれる仲間が居る。
気持ちを強く持てるよう支えてくれる。
「判ってくれ。必ず助けるからな?」
風香の頬をつたう涙をハンカチで拭い、妹を労るように葉風が抱きしめる。
「桜井さんはきっと無事よ。私達に任せて? そして誘拐した奴にはその愚かさをきっちり思い知らせてくる。二度と桜井さんに手出しなどできないようにね。だから、あなたは後のことをしっかり考えていて? ね?」
葉風の肩に額をすり付け、風香は両腕に力を込めて抱き返す。
「……判った。二人が戻るまで待ってる」
葉風に抱きついたまま顔をあげず小さな声で辛そうに、そう返事した。
「……葉風、風凪に伝えてくれ。今夜時間をとれる妖狐を集め、俺を呼び出した場所の周辺を固めてくれと風凪に伝えてくれ。万が一の時に備えたい。俺は玖音様と相談してくる」
二人を残し、俺は玖音のもとへ向かった。
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