対決

紫灯と妖狐


 捕えた妖狐達を神渡ビルへ連れて行き、俺達は問いただした。

 屋上の片隅で俺と葉風、朝凪と紫灯に囲まれていた。朝凪のロープに縛られたままの妖狐達はぐったりしていて、赤茶色の毛艶も褪せている。


 俺の横で、朝凪は黒いスクエアフレーム眼鏡を指で位置を治しつつドヤ顔していた。


「この朝凪が捕まえたんす。逃げられないのは当然っすよ。さっさと白状して楽になるんすね」 


 正直言ってウザイ。

 だが、今回一番のお手柄は朝凪なのは間違いない。

 俺と葉風に気を取られていた妖狐達の隙を狙って捕まえたのはたいしたものだ。


 フンフンと息も荒く、紫灯を見下している様子が気に入らないが、今日のところは我慢してやろう。


 紫灯はというと、妖狐のうち一匹から目を離さずにいる。

 もう一匹より少し小柄の雌の妖狐は、疲れを見せながらもこちらを睨み警戒している。


 紫灯はその妖狐が気になっているようだ。


「紫灯、訊きたいことがあるならいいぞ」


 「はい」と返事し、目線を同じ高さにするかのように目当ての妖狐の前でしゃがんだ。


「……あなたは忘れているかもしれませんが、山形の山奥で出会った妖狐です」

「……」


 少し顔を上げて紫灯を見る妖狐の視線にはまだ強い警戒の色がある。


「あの時のあなたは、まるで全てのモノを恐れているようで、か弱く辛そうでした」

「……」

「私も一人で居るのが怖くて、この神渡ビルへ逃げている途中でした。だから、あの時のあなたの様子は他人事には思えなかったんです」

「……」

「できることなら、あなたと二人でここに来たいと思いました。それで声をかけようとしたのですが、あなたは私のことも恐れるように素早く逃げてしまった」

「……」


 自分を恐れる必要などないと伝えるように、紫灯は静かに妖狐の首元に手をあてて優しい調子で話す。

 手を当てられた瞬間こそ歯をむこうとしていたが、妖狐は抵抗することなく紫灯をジッと見て耳をたてていた。


「あれからあなたに何があったのか判りません。ですが、人間に害をなしていたら、いずれしっぺ返しがくるのは判っていたのではありませんか?」

「……ああ、判っている」


 妖狐は口を開いた。

 心を許してはいないだろうが、紫灯と話す気持ちにはなったようだ。

 俺はこのまま紫灯にまかせて話を聞いた方が良いと判断した。


「では何故?」

「この地に着いたとき、私は弱っていた。そこをあるじに助けられたのだ」

「主?」

「ああ、そして契約したのだ。主の下で働くかわりに、落ち着いて住む場所を与えて貰えると」

「主とは誰なのです?」


 紫灯の問いに、もう一匹の妖狐が「やめろ」と止める。


「朝凪、そっちを少し離しておいてくれ」

「わかったっす」


 紫灯と話している妖狐から、抱きかかえてもう一匹を連れて行く。


「主とは誰なのですか? 心配はいりません。私はさほど力ある妖狐ではありませんが、このビルにはあなたを守るだけの力を持つあやかしがおります。あなたを必ず守って貰えるよう頼みます。ですから、全て話して下さい。力になりますから」


 話しかけられた妖狐は、連れて行かれたもう一匹を見送るように顔を動かしたあと紫灯に視線を向けた。


「芦屋猛という陰陽師が主だ」


 芦屋猛。

 芦屋栄の兄で、芦屋家の当主というのは既に調べて判っている。

 芦屋家が島克明を何故狙ったのか?

 誰かからの依頼という線もある。

 芦屋家の狙いがどこにあるのか判らないが、芦屋家自身のためという線もある。


 とにかく、あやかしを使って何かを企んでいるのが芦屋家ならば、ぬえの件もあるから遠慮する必要はないということだ。当然実力行使することになるが玖音も認めてくれるだろう。


 だが、俺の弱点を知る栄が居る。

 易しい相手ではない。

 こちらに対抗できる手段を用意しているに違いないんだ。

 潰すにしても慎重に動かなければ、今度こそやられるかもしれない。


 もちろん、あれから今日までの間に何もしていなかったわけじゃない。

 殺生石をまた利用するというなら、以前とは違うところを見せてやる。

 飛び道具は用意している最中だが、他にも対処する手段は考えてあるんだ。


「……しかし、契約を解除しないと、自由にはしてあげられません」


 俺の横で葉風がつぶやいた。


「葉風さま、どうにかできませんか?」


 葉風のつぶやきを耳にした紫灯が振り向き、困ったような顔で頼む。


「芦屋猛を倒せば……いえ、姉さんか荼枳尼様、あとは今はいらっしゃらないけれど泰山娘娘様ならば……」

「そうか。……葉風、玖音様と話してきてくれないか?」

「ええ、行ってくる」


 屋上の風に髪をたなびかせて葉風は階下の玖音のところへ向かった。

 入れ替わりに朝凪が戻ってきて、俺の横に立つ。


「あんた達は運がいいんすよ? 総司さんも葉風さんも優しくて良い人っすけど、あやかしの悪さにはとっても厳しいんすから。紫灯が居なかったら、白状するまできっついお仕置きされてたっす」


 まぁ、俺はともかく、妖狐の誇りを貶めたと葉風はかなり怒っていたからな。

 厳しいお仕置きされていたというのは、朝凪の想像ではないだろう。

 「ほんと怒らせたら怖いんすから……」と朝凪はブツブツ言っている。


「それであなた達の名前は?」


 朝凪のつぶやきに苦笑していた紫灯は再び妖狐に向いて訊いた。


「私は加耶かや、あっちはかなで

「では加耶さん、しばらく大人しくしていてくださいね」

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