捕り物

 深夜、島家の上空に俺達は居た。

 九尾の狐の姿となり幽状態の葉風に乗り、周囲を見ていた。


 島家に悪さしている悪狐は、毎回深夜に出没していた。


 どのみち発見されないのだから、日中だろうと目的は果たせるはずだ。

 毎回深夜に仕掛けるのは島達の睡眠を邪魔する目的もあるのだろう。精神にストレスを与えるには疲労を蓄積させるのが有効だからな。


 そして、紫灯と朝凪が地上で待機している。


 朝凪が参加しているのは、荼枳尼の指示によるものだ。

 

「荼枳尼様から『あなたもお手伝いしてきなさい』と言われたっす。この朝凪、お役に立って見せるっすよ」


 紫灯をチラチラと意識しつつも胸を張って言う朝凪が、ほんの少し頼もしく見えた。

 だが、きっと勘違いに違いない。

 だって朝凪だもの、頼りがいある朝凪なんて朝凪じゃないからな。


 それでも、荼枳尼には荼枳尼なりに考えがあって朝凪を寄こしたのだろうから、帰れと言うつもりはない。

 紫灯と協力して貰えば、悪狐の捕縛に役立つだろう。



 上空から見守ること二時間が経ったあたりで、目標ターゲットが現れた。


「紫灯! 悪狐が現れた。俺達が先に突っ込むから、お前達は退路を断ってくれ」


 手にしたスマホで紫灯に指示を伝える。

 葉風と俺は姿を現わし、島宅の裏口側から狐の姿のまま近づく悪狐目がけて降下した。

 紫灯と朝凪が俺達の動きに沿って、裏口方面へ素早く移動している。


 島宅の警備している者達は、外には見えない。 

 警報も鳴っていないから、警備体制を掻い潜れるように下調べした上で悪狐は侵入しているのだろう。


「葉風、行くぞ。さっさと捕まえてビルへ戻ろう」


 「ええ」と答えた葉風は悪狐の背後へスウッと降りた。

 まだ地狐とは言え、気配を抑えた俺達の急接近には気付き、身体を低くして警戒のうなり声をあげる。


「妖狐の面汚しめ……。大人しくするなら痛い目に遭わなくて済む。だが抵抗するようなら……」


 そう言った葉風は島の家と悪狐の間へ飛び、天狐本来の霊気を纏って力の差を見せつけた。


 うちの奧さんは相当怒っている。

 こんなに感情を表に出した葉風は初めて見た。白い毛並みが薄いピンク色に見えるほど霊気が熱い。黒い瞳で鋭く悪狐を射貫いている。


 地狐と天狐じゃ、その力の差は幼児と大人以上の差がある。

 にも関わらず、悪狐は逃げる素振りも見せない。

 低くした体勢に力を込め、葉風の隙を狙って何かを仕掛けようとしている。

 正面の葉風を見つつ、背後に居る俺の気配も探っているのが判った。


 何をしようとしているのかは判らない。

 力の差は絶望的にあるとわかっているだろうに、俺と葉風に挟まれたこの状況でも、冷静に対処しようとしているのはたいしたものだ。 


 さて、どうするか。


 葉風おくさんはかなり感情的になっているから手出しさせないほうがいい。

 力加減を誤って滅ぼしてしまうかもしれないからな。


 ここは俺が……と、油断なく距離を詰める。

 

 すると突然、身体の向きを俺に向け、地面を滑るように駆けてきた。

 

「俺の方が与しやすいと見たか?」


 両手に霊気を溜め、膝を曲げる。


 逃げようと考えてるのか?

 それとも俺に一撃加えようとでも考えているのか?


 どちらを選んでも対処できるよう、身体をやや前傾させて反応を待った。


 だが、悪狐の狙いは別にあった。


 俺の背後から、強い霊気が放たれたのを感じた。

 

「ん!? 他にもまだ居たのか?」

「総司、気をつけて!」


 守ろうと葉風が俺の背後へ駆けてきた。

 そして俺目がけて放たれた霊気は葉風の直前て消える。


「え?」


 俺目がけて駆けていた悪狐は、予想していたかのように転換し島宅へ向かう。

 当初の目的を果たすつもりなのか、逃げるつもりなのかは判らない。

 だが、俺も好きにさせるつもりはない。

 

「チッ」


 背後の敵は葉風にまかせ、地面を蹴って悪狐を追う。

 隙を突かれたおかげで、悪狐と距離が開いている。

 駆けながら葉風をチラッと見ると、身を翻してこちらへ向かいつつある。


 悪狐は島家の壁に沿って必死に移動していた。

 通力や霊気功を使うと建物を壊しそうだ。

 なかなか頭を使って逃げているなと認めていると、ここでまた予想外が起きる。


 シュルルルと風を切る音が聞こえたかと思うと、悪狐は赤いロープで一瞬にして亀甲縛りされる。

 悪狐はまだ幽状態だから、霊気を見られない人間には、ロープが浮いているように見えるだろう。

 バタリと悪狐は倒れた。


「は? 朝凪か?」


 足を止め、見覚えある縛り方に俺は振り返る。


「うっす! そうっすよ。もう一人も縛ってあるっす」


 憎たらしいくらいに自慢げな表情の朝凪が、十メートルほど離れたところに立っている。


「もう一人も?」

「そうっす。荼枳尼様が術をかけてくださった特別なロープで縛ってあるっす」


 なんと!?

 朝凪が有能過ぎる。

 

 朝凪の後ろで紫灯が、赤のロープに亀甲縛りされた狐を抱きかかえている。


「縛られていても通力使えるんじゃないのか?」

「大丈夫っす。荼枳尼様がに使うロープなんすよ。亀甲縛りされたあやかしは通力使えないんす。力も出なくなるんで、意識はあっても動けなくなる優れものっす。……何度縛られたことか……判らないっすけど、身をもって効果は保証できるっす」


 おしおき?

 朝凪が荼枳尼におしおきされるようなことするとは思えないんだが、まぁ、その辺は聞かなくていいことだろう。


「そっか。通力も使えず、身動きもとれないならいいか。じゃあ、そいつら連れてビルに戻るぞ」


 縛られて島家の壁際に倒れている悪狐を抱きかかえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る