犯人の正体

 俺達は部屋に戻ってUSBメモリの中身を確認した。

 結果から言うと、島家に悪さしていたのは幽状態の妖狐のしわざだった。


「やれやれ、通力で悪さしているのが悪狐とはね」


 悪狐が通力で火や雷を放つ様子がディスプレイ上で確認できた。

 霊気を見られない人間には判らないだろうが、俺や葉風にははっきりと見える。


「思い知らせてやらなきゃ……」


 妖狐としての誇りが高い葉風には我慢ならないようで、あきれ顔で見ている俺とは違い、ワナワナと身体を震わせて怒っている。


 葉風によると、通力を使用している様子から、この悪狐はせいぜい地狐だという。

 葉風はもちろん風香や風凪の相手としては、さほど強い霊力を感じないという。


 ただ、朝凪や紫灯よりは強い力を持っているそうだ。

 そこまで成長した妖狐が、これまで知られていないというのは不思議だという。


「そもそも妖狐にまで成長する狐は多くない。そして人間に手を出すような地狐なら、あやかしの間で噂になる。生活に困って仲間になろうとするあやかしも出てくるでしょうしね」

 

 まだ怒っているけど、説明しているうちに葉風は多少落ち着きを取り戻した。


 まぁ、朝凪や紫灯よりも霊力が高いと言われても、それが俺に脅威になるのか判らない。

 玖音はもちろん、葉風や風香達ほどでなく、通力が多少使える程度なら霊気功でなんとでもなる。


 だが、人間にとっては話は別だ。

 幽状態で悪さしているのだから、霊力や法力を高めた術者……例えば陰陽師のような人間でなければ、その存在を知覚できない。

 その上、通力を使うあやかしなのだから、一般の人間では敵対するのは不可能だ。


 それにしても、俺達からしたらさほど怖くもない悪狐であろうと、葉風が言うように、野にいる妖狐で通力を仕えるほどならばそれなりに噂になるはずだ。

 なのに、俺達の耳には入ってきていない。


 この時、芦屋栄が頭に浮かんだ。

 あいつの弟はぬえを育てていた。

 同じように妖狐を育てていたとしたら?

 芦屋家の関係者でなくても、他の誰かが妖狐をこっそり育てていたのかもしれない。


 それならば、他のあやかしの目に入らないようにできるかもしれない。


 ま、とっ捕まえて白状させればいい。


 まだ怒りの残る葉風をなだめる。


「今夜から島家の周囲を監視するさ。一応は玖音に状況を報告しておこう」

玖音ねえさんの反応が怖いわね」

「そうだな。葉風とは比べものにならないくらい怒るのが目に見えるようだ」

「ええ、事情次第では消されちゃうのは確かね」


 俺達はディスプレイに映る悪狐のこの先を想像してニヤリと笑い合った。

 夕食後の片付けを終えた紫灯がやってきて、また明日と挨拶する。


「あ! この妖狐!」


 俺達からの返事を聞き終え、ディスプレイを見た紫灯が叫んだ。


「ん? 知り合いなのか?」


 驚きの声をあげた紫灯に訊く。


「はい。名前は知らないんですけれど、だいぶ前に……山形あたりで会いました」

「ほう。その時、こいつは人間相手に悪さしていたのかな?」


 何か飲み物を俺達と紫灯の三人分用意して貰うよう葉風に頼む。

 紫灯には、PC机の横にある椅子に座るよう促した。


「いえ、東京へ向かい歩いていた私を見かけ逃げようとしたくらいで……。その時の様子は弱々しい感じで、人を襲うようなところなどまったく感じませんでした」


 ふむ、葉風の見立てによると、この悪狐は紫灯よりも力を持っている。

 自分よりも霊力が劣る相手にあやかしはビビったりしない。

 ごく普通に考えると、紫灯と出会ったときは紫灯と同じ程度か弱い霊力の持ち主だったとなる。


 それが数年後には紫灯を上回る霊力を持っている。

 もちろん霊力の進歩には個人差があるから、同じ年月を経ているとしても、同じ程度に成長するわけではない。

 だが? 紫灯が暮らしているのは霊気が集まる神渡ビルであやかしの成長は早くなる。

 神渡ビルで暮らしていれば、他の地域で暮らしているよりも倍の早さで成長する。


 何か特別なことでもない限り、紫灯より弱かったあやかしが、紫灯を上回るとは考えにくい。


 人数分のマグカップを乗せたトレーを持ち、葉風が戻ってきた。

 俺達にカップを手渡し、トレーを壁際に置く。

 

「紫灯と別れてから今日までの間に何があったのかしらね」


 紫灯の話を聞いて、葉風も怪訝そうだ。


 あやかしを喰うあやかしがこの妖狐なのだとしたら?

 その考えが浮かんだが、すぐに消す。


 紫灯が見た時は弱々しかったというのだから、日本各地で動物系のあやかしを捕食して歩くなどというのは考えにくい。逆に、土地ごとに住んでいるそれなりのあやかしに目をつけられて襲われて喰われる可能性のほうが高い。


 あやかしにも土地ごとにコミュニティがある。

 生息地域をよそ者に荒らされて黙っているとも思えない。

 ただし、よそ者が強者であれば泣き寝入りすることもあるだろう。


 だから、ディスプレイに映る地狐程度の悪狐が強者と言えない存在である以上、あやかし喰いとは結びつかない。


 誰かが育てたと考えるほうが現実的に思える。

 やはり、芦屋のような術者が関わっているのかもしれない。


「この悪狐に何があったか判らないが、紫灯、島のところ行く際には一緒に来てくれ、今夜からになるけど頼む」


 と呼んだのが気になったのか、紫灯は「悪狐……そうですよね」とつぶやいた。

 一瞬項垂うなだれたあと、ゆっくりと顔をあげて返事する。


「是非、ご一緒させてください。以前会った時、少しだけど話したんです。悪い妖狐には思えませんでしたから、それが誤解だったのか確かめたいですし」


 たった一度だけ旅の途中で会っただけなのに、何か心に残るものがあったのだろうか?

 悪狐への紫灯の態度が気になる。


 ま、この悪狐を掴まえればその理由も判るだろう。


「じゃあ、頼むな?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る