不穏な話
ビルの屋上で通常通りに修行していた。
最近までは霊峰師父が付き合ってくれたので組み手もできた。だが、あやかしが騒がしいらしく、崑崙の指示で大陸へ戻って行った。
なので、一人で新たな技の習得に努めている。
体内で霊気を練っているのだが、その密度を今までよりも濃い状態に保つよう工夫していた。
何をやっているのか、俺を包む霊気の濃度を見られない者には判らないだろう。
多分、両拳を突き出す打撃の訓練しているとしか見られない。
銃で補佐して貰おうと考えていた風香が意気消沈していて、とても頼める状態ではない。
だから、俺自身が離れた敵へ有効な技を身につける必要がある。
問題になるのは、体内で練って圧縮した霊気を放つ際に体外で拡散しないようにすること。
マンガなどであるような気だけを放つのは、今の俺には無理だ。
今でも可能なのは、銃弾のような固形物に気を込めること。
だが、銃弾は火薬と一体化していて、指弾で放つ際にいちいち爆破の衝撃を受けるので不便だ。
別の何か……貫通力ある形状でそれなりの重量があるものが好ましい。
パチンコ玉や釘などいろいろ考えたが、既にあるものでは良い物が思い浮かばない。
「仕方ない。作るか……」
パチンコ玉くらいの大きさで円錐状の……それも極力貫通力が高いように細身の弾を作ることにした。
鉄で作れば、放つ際に威力ある重さもあるだろう。
どこか鉄工所を探して作ってもらう。
最初は型などが必要だろうから高くつきそうだが、必要な出費だ。
殺生石から離れたところから攻撃する手段がどうしても欲しいから、金を惜しんではいられない。
鉄工所探しと交渉は、
あいつらはBAR薫風の手伝いで探偵事務所のような何でも屋をやっているから、俺の依頼も引き受けてくれるだろう。ちゃんと報酬も払うから喜んでやると思う。
体内で霊気を練るトレーニングを終えた俺は、当面すべきことを決めた。
・・・・・
・・・
・
部屋に戻り、洗濯を始めようとしていた紫灯に手をあて、多少霊気を乱しておく。
以前よりも乱す程度は緩くしているが、少しだるそうな表情の紫灯はいつも通り。
「手が空いたら、頼みがある」
声をかけると「判りました」と返事し家事を始めた。
用件は、凄山事務所へ行って、鉄工所を探して交渉して貰うこと。
きちんと伝えたいので、紫灯が落ち着いた時に説明する。
その後、寝室へ入ると葉風と風香がベッドで並んでまだ寝ていた。
深夜二人で話し合っていたようだから、もうしばらく寝ていた方がいいだろう。
葉風の頬に唇を軽くあて、そして寝室を出た。
朝食用にとコーヒーメーカーに音を立てさせ新聞を眺めていると、白のUネックTシャツとジーンズに着替えた葉風がやってきた。
「おはよう。まだ寝ていてもいいんだぞ?」
「おはよう。トースト焼くね」
トースターに食パンを入れ、テーブルの正面に座る。
目を細めて少し悲しそうに笑う。
「私も風香も……どれだけ長く生きてきても、気持ちはなかなか整理できないものよね。時間が必要なのは一緒」
「そうか」とだけ答え、立ち上がって食器棚からカップを二つ取り出した。
コーヒーをカップに注ぎ、葉風に手渡す。
「ミルクは?」
「ううん、いらない」
俺は自分のカップにも注いで席についた。
「風香はまだ寝てる?」
「うん、今日は好きにさせておく」
葉風はカップを両手で掴み、ジッとテーブルを見つめている。
「私はあなただったから幸運なのよね」
「お互い様だろ?」
「お互いに好きなのに……切ないね」
「……そうだな」
理屈ではどうとでもなる。
風香と彼がお互いの事情を受け入れさえすればって奴だ。
だけど、同じく理屈でも感情でもどうしようもないこともある。
彼は衰えていくのに風香はずっと変わらない。
その事実を彼は受け入れるかもしれない。
でも、同じように衰えていけない自分を風香は辛く感じるのだろう。
生きる時間が異なることで生じる辛さを風香は受け止められない。
だから、自分の気持ちも彼の気持ちもポジティブには考えられない。
「でも、大丈夫。風香は強い
「……だといいな」
ニッコリと笑う葉風に俺も笑顔を返した。
「おはようございますっすぅ」
しんみりとしていたところに、朝凪の気の抜けたような声が聞こえた。
呼び鈴くらい鳴らせよなと思いつつ、ダイニングに入ってきた朝凪に苦笑する。
「おはよう。今日はどうした?」
椅子に座らず俺の横に立って、朝凪は用件を話し始めた。
「荼枳尼様からの伝言なんす」
「なんだ?」
「島克明のところに怪しい霊気を感じた。総司も気をつけておいた方がいいかもよ……だそうっす」
「ん? どういうことだ?」
「えーっとっすね。荼枳尼様が以前祓いに行ったときにっすね。今後悪い霊が憑かないようにと、ちょっとした術を島克明と娘さんの令華にかけておいたんだそうっす。……さすがは荼枳尼様っすね。サービスはばっちりっす」
「お前の感想はいいから、続きを話してくれ」
荼枳尼への尊敬が強くて、褒めだすとキリが無い。
今も目がキラキラと輝きだしたので続きを促した。
荼枳尼褒めを中断させられたのが残念なのか、ショボンとした表情に変わった。
「荼枳尼様の霊力を上回るような霊なら、また取り憑くこともあるんだそうっす。でも、そんな悪霊はそうそう居ないっすよね。何せ女神さまっすもん。今回のも取り憑けそうにはないんだそうっすが、それでも、ちょっかい出してるようなんす」
「ちょっかい?」
「んっとっすね。霊じゃなくあやかしを使って島さんの家へ悪さしているようだとのことっす」
「あやかしに悪さをさせてるって……どういうことだ?」
「それは、この朝凪には判らないっす。今日は遠くでお仕事があるようで、今話したことを伝えて出かけたっすから、これ以上詳しいことは荼枳尼様が戻ってこないと判らないんすよ」
「そうか、判った。あとはこっちで調べてみよう。伝言ありがとうな」
話を終え、朝凪にもコーヒーをと葉風が声をかける。
すると、俺達の声で目を覚ましたのか風香がやってきた。
「……朝凪ぃいい……今日は荼枳尼様がいなくて暇なのね?」
「あ、風香さん、おはようっすー。そうなんす、暇っすね」
「ああ、おはよう。じゃあ、今日は私に付き合いなさい」
「へ?」
ベージュのワンピース姿の風香は、席についたばかりの朝凪の肩をしっかと掴んでニヤリと笑う。
あ、これは……風香の憂さ晴らしに利用されると、俺と葉風は顔を見合わせる。
「付き合うって何するんすか? あ、これからコーヒーを……」
「コーヒーなら私が奢ってあげる。いいから付き合いなさい! 姉さん、総司、お邪魔したわね。この御礼はいずれ……」
「ああ、いつでも来いよ」
な、なにするんすかぁあ! と風香に引きずられながら朝凪の声が部屋の外まで続く。
「確かに風香は強いな」
「ええ、私の妹ですもの」
朝凪の幸運を祈って俺達は苦笑する。
「それにしても島のところにあやかしが……か……」
「今日連絡つけるんでしょ?」
「ああ、荼枳尼がわざわざ伝言していったんだ。それに島は客だしな」
「判ったわ。後でアポとっておく」
風香が……きっと空元気だろうけれど、それでも元気そうだったので安心したのか、しっかりとした表情に葉風も戻っていた。
俺は頷く。
「ああ、頼んだよ」
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