新たな家族
ニセウは樹齢五百年を越えるナラの木の精。
子猫は、人間が二日ほど前に木の根元に捨てていったのだという。
いつもならば、狐やリスなどが根元に居る。乳を与えてくれる獣もいる可能性もある。
だが、この二日は何も居なかった。もっと暖かい場所を探して移ることは珍しいことではない。
このままならば子猫は死ぬだろうと確信していた。
弱い生き物が生きられずに死んでいくこともニセウは見慣れている。
生き物の遺体は土に還り、それはニセウ達の養分になる。助ける理由などなかった。
だが、今にも死んでしまいそうな子猫が、ニセウの根元に身体を必死にすり寄せ、そして弱々しく幹をペロペロと舐める様子に気持ちが動いた。
ニセウが憑依すれば、魂の
そしてどこかの街まで行けば助かる可能性もあるだろう。
過去に何度か別の木に憑依したことはある。
目的を果たしたら戻ってくればいい。
そう考えて子猫に憑依した。
ところが、憑依した途端に子猫の魂は消えた。死んでしまった。
残念だが、仕方がないと戻ろうとした。
だが、子猫の身体から抜け出せない。
やはり樹木の精は動物の身体には馴染まないのだろうか?
それとも憑依した途端に死んだことが影響しているのだろうか?
とにかくこのままでは、子猫の身体の死とともにニセウ自身も死んでしまうかもしれない。
焦ったニセウは、どうにかならないかと神の子池を目指して歩いた。
神の子池には神が居る。助けて貰えるかもしれないと歩いた。
神の子池の直前で動けなくなったところを俺達が助けたという。
「なるほどな。それで玖音様はニセウを……もう現世の身体じゃないだろ?」
葉風の膝上で抱かれているニセウから霊気を感じる。身体の周囲だいたい十センチ程度に霊気の光が見える。なかな強い霊気の持ち主のようだ。
陰陽師のような修行した人間のうち、相当のレベルの者ならばこの程度の霊気を発する可能性はあるかもしれない。だが、猫が、それも子猫が発するような量ではない。樹木の精が憑依しているとしても、想像を超えている。
この状態になるとしたら、現世の肉体を捨てて、あやかしや仙人のように霊気が物質化した身体を持ったと考える方が自然だ。
『はい。玖音様に診ていただいたら……』
魂が亡くなったとき、憑依していたニセウが子猫の身体に適合してしまったらしい。動物の精ならば憑依を解けただろうが、ニセウは樹木の精。身体も死に、憑依した時点と異なる状態となった身体から抜け出せなくなった。
身体だけを霊気化し、ニセウを無理矢理分離することは玖音の通力でできる。だが、動物の身体から樹木の精を取り出すなど玖音も経験がない。身体を霊気に変える際に、ニセウにも影響が出る可能性がある。
霊気化した子猫の身体と分離しないなら、総司で経験した特殊な尸解と変わらない。その方法ならば経験があるので、ニセウに影響なく可能だ。
リスクがある分離か、子猫の身体に留まるか。
玖音はニセウに選択を迫ったという。
『……この子猫は、今にも死にそうな状態でも冷たい
樹木にならば、憑依を繰り返して遠くへ行くこともできる。でも、自由に歩き回ることはできない。しかし、この子猫の身体ならばそれができる。自由に歩き回れることは新鮮で楽しかった。
『……ですので、これからは子猫のあやかしとして生きていこうと決めました。お二人にもご恩返しできるかもしれませんしね』
葉風に抱かれたまま総司を見ている。愛らしい子猫の顔だが、そのキトンブルーの瞳には理知的な光があった。
「動き回ると、今まで経験したことのない危険とも遭うだろう。それでも良いのか?」
『ええ、それも玖音様から言われました。ですが、消えるかもしれないリスクもあったのです。ならば危険なのは同じではないかと』
「そうか、おまえがそう考えて決めたのならいい」
「ええ、私達と一緒に暮らしましょう」
瞳を閉じたまま葉風に身体をすり寄せ「みゃぁあ」と細く鳴いた。
『ありがとうございます。宜しければおそばにいさせていただけたらと』
「ああ、構わない。……
ニヤッと笑うと、身体を起こして鋭い視線を向けてきた。
『失敬な! そのようなこと……』
だが、子猫の姿で怒ってもちっとも怖くはない。
「あはは、すまない。許してくれ」
「そうですよ。ニセウは粗相なんてしませんよ」
ニセウを抱きかかえて葉風が頬をすり寄せている。どうやら愛らしい家族が増えて喜んでいるようだ。
「風香や風凪も喜んでくれるだろうな」
「ええ、特に風凪は面倒見の良い子ですし」
「旅行は途中で終わったけれど、まぁ、また行けばいいか」
「ええ、今度は南側へ行きましょう」
抱きかかえた
「ところで、ニセウという名には意味があるのか?」
『はい、どんぐりという意味です。遠い昔、
なるほど、ナラの木の精だからどんぐりか。
「これから宜しくな、ニセウ」
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