北海道旅行

 俺と葉風が夫婦になると皆の前で伝えた夜、二人は玖音のところへ正式に報告へ行った。俺が身体を休めていたために、スイーツを手に入れられず欲求不満の泰山娘娘も滞在していた。


 上座にあたる床の間の前には泰山娘娘が居て、その横に玖音が座っている。外見だけ見ると、天女服を着ていてもロリ天女が上座で偉そうにお茶をすすっているのは不思議だ。紫色が多い和服姿の玖音の方が、その身体から感じられる威厳や神々しさは上。


 だが、神と等しいとは言え、空狐と最古の天女では格が違うのだろう。頭では理解しているから、違和感というほどの感覚はないのだが、視覚から得られる情報ではどうしても不思議な感じがする。


 俺達は二人の前で伏して、夫婦となることを伝えた。


「我は連れ添ってやれぬからな。総司は葉風を我同様に想い慕うように」


 微笑みを浮かべる相変わらずの勘違い天女。

 いや、娘娘よりもずっと大切に想っているからね?

 恭しく一礼し、口には出さずに心で言い返しておいた。


「総司、葉風のこと頼むぞ? 葉風、仙の連れ添いになるのだ。その意味判っているな?」

「はい。この命が続く限り、総司の妻として生きてまいります」


 やはり玖音の方が威厳を感じる。


 しかし、あやかしが仙人の連れ添いになるのに、そんな重い意味があったの?

 ……知らなかった。

 俺達は不老不死だから、命が続く限りって永遠ってことだよな。

 もちろん葉風とずっと生きていくつもりでいるから何も問題はない。

 だけど、永遠って言葉は重いな。

 ……そんな覚悟していたのかぁ。気持ちを引き締めなければいけない。

 葉風が俺に愛想を尽かしたら離婚もあるのかななどと考えていたけれど、どうやらそうはいかないようだ。


 葉風の覚悟を聞いた玖音は満足そうに頷き言葉を続けた。


宇迦之御魂神うかのみたまのかみ様には私から報告しておこう。そなたは天狐。稲荷の仕事もそうそう無い。せっかくだ。総司のスケジュールを空け、二人でどこかへ旅行にでも行ってくるがよかろう」


 玖音からの提案に心が躍り、さすがは俺達のリーダー! と感謝した。


「ふむ、総司が居ないと不便だが、新婚の二人についていくわけにはいかぬ。仕方ない。旅行先で土産を買ってきてくれ」


 ……娘娘からは小物感しか感じない。いいところもあるんだけどねぇ。

 

 旅行の予定など考えてもいなかった。考えてみると、尸解仙となってから旅行などしたことはない。崑崙では修行の日々。神渡ビルでも休みらしい休みなどとったことはない。


 伏せていた身体を起こし、葉風と顔を見合わせる。


「行ってみたいところがあります」


 娘娘と玖音から旅行の許しが出たせいか、葉風は少し照れたように微笑んでいた。


「じゃあ、そこへ行ってみようか?」


 場所なんてどこでもいい。二人で過ごす時間があればそれでいい。旅先を見て回り、美味しい食事して温泉にでも浸かれるなら、他に望むことはない。


 葉風と頷き合って、玖音達に「しばらくお休みを貰います」と伝えた。


・・・・・

・・・


 翌日、仕事をしばらく休む旨を蝶子へ伝える。


「お二人でたっぷりお楽しみですのね? 羨ましいですわぁ」


 ねっとりとした視線を送ってきたが華麗にスルーする。


 二人で住むための部屋への引っ越しもしなければならない。

 だが、後に入居する予定の者も居ないことだし、それは戻ってきてからでいいだろうという玖音の言葉に甘えることにした。


 ちょうど、集中的に処置しなければならない客は居ない。

 休みを取りやすい時期は多くはない。

 このタイミングを活かさない手はないのだ。


 和泉のトレーニングについては、風凪に頼んでおけばしっかりやってくれるだろうから心配はない。

 一週間から十日程度は体内の気の流れを掴むトレーニングを積んで貰えればいい。


 リハビリの客が来たなら、霊気が含まれたプールにゆっくり浸かって貰っていればいいだろうし。


 俺と葉風は、旅行の準備をさっさと終えた。


・・・・・

・・・


 葉風が九尾の狐の姿に戻り空歩術で移動すれば、北海道だろうと数時間で到着する。

 しかし、今回は列車での旅も楽しもうと話し合った。時間には限りはある。


 けれど、移動中も楽しんでこそ旅ではないだろうか?

 なんて格好の良いことを言ってみたが、実は、俺も葉風も新幹線に乗ってみたかっただけだ。


 殺生石の回収などでは一刻を急ぐ。だから空歩術での移動が当たり前であった。

 しかし、今回は二人きりで過ごすことが目的と言っていい。目的地が北海道であろうと九州であろうとどうでもいいのだ。

 葉風が北海道へ行ってみたいというから、どうでも良くはないか。

 としても、一刻を争ってまで急ぎ目的地を目指す移動ではないのは確かだ。


 俺も葉風も、通常は人化している。

 それも人にも見えるように顕化けんかしている。


 あやかしや仙人の状態には、幽と顕の二種類がある。

 霊気に敏感な能力を持たない人間には、幽の状態にあるあやかしや仙人は見えない。野狐や尸解仙になったばかりの俺は幽の状態だった。霊力が高くなると顕化し、人にも見えるような状態になれる。


 ある程度霊力が高くなると、顕化を解いて幽の状態に戻り、再び顕化するほうが面倒になる。

 だから、地狐以上の妖狐や俺は顕の状態で居る。


 しかし地狐でも、朝凪のようにまだそれほど霊力が高くないあやかしだと、顕化したままの方が疲労する。元が幽の状態のあやかしだと幽の状態へ戻る。ただし、妖狐なら狐、化け猫なら猫、河童や夜叉などの人外の姿なら、そちらへ戻る。

 あやかしにもいろんな種類が居るので、幽の状態を持つものばかりではない……と、まぁ、いろいろあるのだ。


 今回の旅は、人間と同じように切符を買って新幹線に乗る。


 立冬も近づき、尸解仙の俺でさえ肌寒く感じ始めた早朝。

 上野駅で駅弁を買い、俺達は北海道へ向かった。

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