芦屋栄再び

 俺達が殺生石に近づくと、そこには猿か人型の何か……あの霊気の塊は式神……がおよそ二十体居た。

 それらも奪おうとしているのか、殺生石にのそのそと近づいていた。


「させない!」


 俺は葉風から飛び降り、殺生石に近いところにいた猿のような式神を蹴り飛ばした。

 

 ゾワッと、背中から殺生石の霊力を感じる。十数メートルは離れているのに、悪意に染まった霊気を強く感じる。


「クッ!」


 ゾワッとする悪寒に体内の気が乱れる。

 気を正そうとするのだが、思うように整えられない。

 手足に力が入らなくなり動きが緩慢になる。


 (くそ! 俺がやらなきゃいけないってのに、どうして俺はまだ……)


「やはりですね」


 少し離れたところから聞き覚えのある声が聞こえた。声のする方へ顔を向けると、そこには陽の光に照らされた芦屋栄が、陰陽師らしき男達と共に立っている。


「……栄……」

 

 悌雲と、九尾の狐の姿のままの葉風達が式神を殺生石から離すように跳ね飛ばしている。

 思うように動けないが、それでも芦屋栄に向けて足を運んだ。あやかしには不利な術師は俺が相手しなくてはいけないんだ。


「やれ!」


 栄の声が静かな荒れ地に響く。彼と共に居た男達が俺に向かって動き出した。

 次々と迫る男達は二十名ほどで、白い札を手にした和装服。

 ……芦屋家の陰陽師達だろう。


 玉藻前となった妲己が倒されたように、あやかしの天敵とも言える陰陽師。それが芦屋栄を除いても二十名ほど居る。簡単にやられることはないだろうが、葉風達が危険だ。

 「離れろ!」と叫びながら男達の前に立った。


 葉風達はその場から飛び去り、少し離れたところにある岩の上に逃げた。殺生石の回収はできずにいるのは、背後から感じる悪寒で判る。


「あなたのことは調べさせて貰いました。巽総司、殺生石で命を落としそうになり、妖狐のおかげで尸解仙となったそうですね」

「何故それを?」


 尸解するまでの事情は、俺と妲己の娘達四人、そして崑崙の天女や仙人しか知らない。玖音達が俺の事情を外に話すことはありえない。葉風がそのことを今も気にしていることを知っているのだから、神渡ビルの他のあやかし達にも話すはずがない。

 とすると、崑崙で出会った天女や仙人。だが……。


「仙人にもいろいろ居るじゃないですか。修行を投げ出し、崑崙から追放された者とかね」

 

 ああ、確かにそういう話は聞く。とすると俺が知っている仙人のうちの誰かか……。


「そいつらから聞いたのか」

「ええ、あなたが殺生石によってトラウマを植え付けられ、気に乱れが生じるということもね」


 じりじりと近づく男達と距離を測りながら攻撃の機会を探る。手足に力は戻ってきていない。だが、あいつらの相手ができるのは俺だけだ。

 葉風を……風香達を守り、殺生石を回収する。

 それが俺の役割だ。

 弱気になるな、気を静めて乱れを正せ。


 男達が式札を投げつけてきた。式札は猿の姿の式神に変わり、俺に襲いかかってきた。力はさほどでもないようだが、動きがかなり早い。なるほど、今の俺に対しては、呪力が強い式神よりも素早く動ける式神のほうが有効と考えたのか。……悔しいが間違っていない。


 (それでも、安倍晴明が使った式神の十二天将じゃないだけマシか)

 

 十二天将ならば、今の俺には倒せないだろう。

 素早さも攻撃力も防御力も、目の前の猿どもと比較にならないからな。

 この拳を当てるだけでも苦しみそうだ。


 ささやかな希望に縋りつつ、可能な範囲で気を練って式神に拳をぶつけ破壊する。

 だが、いつものように動けない俺は、たびたび攻撃を受け傷を負った。


「弟の仇、討たせていただきます」


 栄の冷たい声が聞こえる。


 葉風達も通力を使って、火や雷を落として式神や術師達に攻撃を仕掛けている。しかし、それも想定して準備していたのだろう。葉風達の攻撃は、呪術に守られた式神と男達にダメージを与えるには至らない。


「クソッ! 動け、動け……」


 俺を取り囲む式神の輪は徐々に縮まってきた。

 何とか致命傷は避けているものの背や肩に多くの傷を負わされている。呪術が込められている攻撃だ。完全に防御できないと見た目以上にダメージを喰らう。そして今の俺は防御に回すほど、霊気をうまく扱えない。攻撃で手一杯だ。


 (ちくしょう、俺は乗り越えられないのか)


 俺は力が入らないまま抵抗を続けていた。背後に回られないよう移動しつつ、左から迫る敵に裏拳を当て、正面からの敵の攻撃を避ける。殺生石から敵を離そうとしているのだが、敵も判っていて距離を縮めようとする。殺生石を奪われてはならないから、有利な位置取りを取れずにいる。

 背中から感じる殺生石の気配を俺の身体は嫌い、寒気を腰のあたりに感じる。手足の震えを抑えるにも力を注ぐ。


 (どうしてだ、どうして、こんな時でも……葉風達あいつらを守らなければならないってのに……)


「まったく、そんなだから、地仙への道も遠いのだ」

 

 左右から同時に襲ってきた式神の攻撃を避けるので精一杯で確認できないが、この声は……。


「師父!」

「どれ、説教するにもこのままでは無理だな。手伝ってやるから、気を整えろ」


 父とも慕う恩師の峰霊ほうれいの声に、俺は心強くなった。

 力は回復しないが、それでも気持ちに明るさが戻った。


「そこのお嬢ちゃん達は、殺生石を回収しときなさい」


 葉風達に言い、そして俺の目の前にスゥッと飛び込んできて、襲いかかってきた式神に回し蹴りを一閃放った。峰霊の蹴りに込められた霊気功で式神の姿はフッと消える。

 やはり師父は凄いな。今の蹴りなど軽々と出しているが、俺のとは比較にならない質と量の霊気功で、それこそ十二天将でも倒せるんじゃないか。


「師父、すみません」

「こぉの、愚か者めが。どれほどできるようになったかと見学にきたらこのざまか。身体ばかり鍛えて精神を鍛えとらんから、いつまでもトラウマなんぞを抱えておるのだ」


 小言を言いながら峰霊せんせいが動くたびに式神は消え、状況の変化に対応できない陰陽師達は下がっていく。この分ならもうじき敵は居なくなるだろう。

 その状況にホッとし身体から力が抜け、膝をつく。


「師父、お言葉ですが、精神を鍛えてもトラウマは消えませんよ。カウンセリングが必要なんです」

「どこでそんな小賢こざかしいこと覚えてきたのか知らんが、お前は人間じゃなかろうよ」


 式神を倒しきった状況に、減らず口をたたく元気が湧いてきた。


「ですが!」

「やかましい! いつまでワシに働かせておる! 早く気を練って、あの男どもを追わぬか」


 そうは言われても、怪我を負い疲弊した今の俺は体内の気を正すだけで精一杯。気を練って霊気功を使えるほどには回復していない。


「峰霊師父、今のところは勘弁してあげてください」


 殺生石の回収を風香達に任せて、葉風が俺の身体を支えに来た。


「お嬢ちゃんは甘いのぉ。もっと厳しくせにゃ、こやつはいつまでも甘ったれから抜け出せん」


 周囲から敵が消えたのを確認した峰霊が、俺と葉風を見下ろして苦笑している。


「巽総司。あなたは運がいい。今日のところは帰りますが、次こそは……」

 

 表情は見えない。口調は淡々としているが、悔しそうなのは判った。

 芦屋栄が仲間と共に森の奥へ立ち去る。その様子を見送るしかない自分が腹立たしい。


「悔しいか? 総司よ」

「……はい」


 葉風に肩を借りて立ち上がり、穏やかな声で訊く峰霊の前で項垂うなだれ、敵を逃がした悔しさを滲ませて返事した。


「……アレはまたお前を狙ってくるのだろうよ。その時には……判っておるな?」

「はい」


 「回収終了」という風香の声に続き、「戻りましょう」と風凪の声。


「ほれ、呼んでおるぞ。ワシも後で行く。お嬢ちゃんと先に帰れ」

「……はい。ありがとうございます」


 ポンポンと俺の肩を叩いて、峰霊せんせいは音も無く姿を消した。


 それにしても、わざわざ裾がボロくなってるカンフー着で来たのはどうしてだ?

 いわゆる老師風を意識したんじゃないだろうな?

 ……杖は用意できなかったのかもしれない。

 変に空気を読んだような……師父あの人にはそういったところがあるからなぁ。


「情け無かったな。すまん、心配をかけた」

「峰霊師父も言っていたでしょ? 次があります。今日のところは気にしなくていいですよ。必死に頑張ってるところが格好良く見えましたし」

「格好いい?」

「ええ、自分と戦っていましたね。さぁ、帰りましょう」


 現金なものだ。

 葉風に格好いいと言われ、そして、風香が霊気で覆った上に殺生石とも距離を置いたおかげか、身体に力が戻ってきているのが判る。


 しかし、芦屋栄か……面倒なことを考えやがって。

 それにしても、あいつに情報を提供した仙人は誰だ?

 少なくとも俺のトラウマのことを知っているのだから面識はあるはず。

 いつかその仙人とも戦う羽目にならなければいいが……。


 眉間に皺を寄せている俺を覗くように葉風が見ているのに気付く。  

 俺は表情を崩して、返事した


「ああ、帰ろう」

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