殺生石回収へ

 さぁ、まずは玖音に報告するぞと神渡ビルの屋上へ到着した。

 いつもは誰も居ないのに、こんな早朝に玖音、風香、風凪、そして悌雲が稲荷神社の前に集まっていた。


「どうかしたのか?」


 やや緊張した雰囲気から、ただ集まっているわけではないのは判る。


「殺生石が見つかったの。それもこれまでに発見したものより強い霊力を放っている殺生石が」


 俺と葉風に、風香がこんな早朝に集まっている理由を伝えた。


「どこで?」

「青木ヶ原樹海、富士の樹海」

「は? 俺達、富士山に行っていたんだ」


 風凪が教えてくれた場所に俺と葉風は顔を見合わせて驚いた。


「仕方ない。悌雲の報告も今し方のことだ」 


 玖音が、みんな見回し口を開く。


「全員揃った。これより殺生石の回収に向かって貰う。総司は葉風に、悌雲は風香に乗って向かいなさい」


 「はい」と全員揃って返事し、俺は再び九尾の白狐となった葉風の背に乗る。風香と風凪もそれぞれ茶色い九尾の狐に変わり、悌雲は風香の背に跨がった。


「私は浄化の準備を始めています。気をつけて」


 見送る玖音を残し、俺達は空を駆け上がった。


・・・・・

・・・


 殺生石の回収は、霊力の低い者には危険を伴う。妖狐で言えば仙狐クラス以上の霊力でないと、毒や呪いを受け、最悪は死に至るからだ。だが、霊力が高い者にとってはただの石と変わりはしない。

 だから、通常なら葉風、風香、風凪の誰かと俺が居れば良い。にも関わらず、仙狐以上の妖狐が三名と俺、そして案内役の悌雲が向かうよう指示されたのだから、今回の殺生石が持つ霊力はかなり強いのだろう。


 殺生石は、相当強い霊力の悪意を持ったあやかしが死ぬとできる。

 もっとも有名な殺生石は玉藻前たまものまえのもの。

 殷王朝末期の紂王の后として有名な妲己が、その後日本へ渡り二千年の時を経て平安時代の末期に玉藻前たまものまえとして鳥羽上皇を病に倒れさせた。だが、陰陽師の安倍泰成あべのやすなりによって正体を見破られ、その後討たれて死に殺生石となった。殺生石は玄翁和尚によって破壊され日本全国へ飛び散った。


 殺生石は玉藻前のものだけではない。様々な種類のあやかしの石がある。そしてその危険性故に陰陽師や僧侶によって破壊されてきた。だが、破壊されて粉々になってもまだ霊力を放ち続ける石が残っている。


 妲己の娘である玖音等四姉妹は、その石の回収と浄化を泰山娘娘から命じられている。

 

 殺生石の霊力が強いことで、玖音達が真剣になるのは危険だからというだけではない。玉藻前の……つまり彼女達の母、妲己の石であるかもしれないからだ。殺生石を浄化する際、生前の想いや記憶が見える。それは彼女達にとっては伝えられていない母の想いかもしれない。

 悪女として名を馳せた妲己。

 だが、それでも彼女達にとっては母である。その想いを知り、そしてできることなら大切にしたいと思うのは不思議なことではない。


 俺は、万が一に備えて彼女達の護衛役を務める。今まではそれだけだったが、葉風と連れ添うと決めた今は違う。俺にとっても、無視できない想いかもしれないのだ。


「それで、殺生石はどのようにして見つかったんだ?」


 葉風の横を駆ける風香。その背に乗る地狐頭ちこがしらの悌雲へ訊く。

 霊力が強い石ほど、広範囲に影響を与えるから見つかりやすい。玖音達は数十年に渡って捜索しているから、既に見つけていてもおかしくないはず。そんな俺の疑問に、白のダウンジャケットを着込み寒さを防いでいる悌雲が、堅物らしい真面目な顔で俺の問いに答えた。 


「はい。今回の石は溶岩に埋もれていたものが表面に現れたのです」

「雨風の浸食によって?」

「浸食の影響で脆くなっていた崖の一部が、地震で崩れて現れたのではないかと想われます」

「……それで、人間への影響は?」

「近くにキャンプに来ていた男性が一人亡くなったようです」


 そうか、残念なことが……。

 俺はある意味運が良かった。葉風と玖音が居たから尸解仙になれた。

 殺生石の霊力で命を落とさずに済んだのだから。


「……総司、大丈夫?」


 風を切り、宙を駆ける葉風が心配そうに声をかけてきた。


「ちょっとな。だけど大丈夫。……俺も乗り越えなければ」


 俺は単純なのかもしれないな。

 葉風は乗り越えようとしているし、乗り越えつつあるように思えた。ならば俺もと心の底から思っている。まだ自信はない。だが、少しずつでも前に進んでいけばと思える自分が居る。葉風とこれからずっと肩を並べて歩いて行く。そのことを思えば、乗り越えなければと気持ちが強くなる。

 ……やはり単純だな。

 

 富士の裾野に広がる青木ヶ原樹海。

 悌雲が指さす先に殺生石がある。


 近づいてもビビらずにいられるだろうか?

 いや、そんなこと考えるな。

 殺生石は今の俺には何もできない。どれほど悪しき霊気を放っていても関係ないんだ。


 気持ちを引き締め、前方を睨んだ。

 

「あ、誰かが!」


 悌雲の指さす先で動く何かがある。遠目には人型をしているように見えるが、はっきりは判らない。

 だが、悌雲が驚いているのだから、捜索に協力してくれている妖狐ではないのだろう。

 ……俺達の間に緊張した空気が伝わる。

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