スイーツ欲天母

 荼枳尼に相談した夜、俺は早速少女達を救出した。相手は人間、その上、面倒事は全部田坂に回せるとなれば、楽な仕事で気を遣うこともない。準備するものもないから早めに動いたんだ。


 少女達の救出はムジナ三人衆に任せ、俺は店長を含む関係者全員を、以前に高木郷太にしたように四肢を動かせないように気を乱してやった。ちなみに、郷太のときと異なり治療してやるつもりは全くない。少女達のアキレス腱を切って風俗店で働かせ、その上マフィアに売り払うような奴らだ。

 死のうと一生四肢不随だろうと知ったことではない。人として許されない領域に踏み込んだ輩にかける情けはこれっぽっちもない。


 そして事後処理は道求会の田坂にやらせた。島克明から連絡が来ていたため、俺の顔を見るなり下手に出て、揉み手をしながら伺いをたててきた。


「こいつらが使用していた店舗の権利も貰っていいと言われているんですが、それで宜しいので?」


 嬉しそうにそう確認してきたから、あまり阿漕あこぎな商売に使わないならと念を押した上で認めた。

 どうやら以前から狙っていた店舗の中に入ってたらしく、


事後処理あとのことは全てやらせていただきます。決して巽さんにはご迷惑かけないようにしますんで」


 俺を拝みそうな勢いで嬉々として動いた。

 こいつらも薬物の売買に手を染めているという噂がある。俺は警察の人間じゃないから、積極的に調べて動くつもりまではない。だが、うちの関係者や客からの情報で尻尾を捕まえたら、その時はきっちり痛い目に遭わせるつもりでいる。それまではせいぜい喜んでいればいいさ。


 だが、一つの大きな問題が残った。

 傷ついた少女達をこれからどうするかだ。

 身体の傷は俺の霊気功と葉風達の通力で治せるし、治した。しかし、心の傷は俺達には治せない。

 彼女達はそれぞれ実家から逃げてきている。両親からのDV、地域でのイジメなどの問題を個々に抱えていて、実家に戻るつもりはないという。


 人間社会にはこの手の子達を保護する施設がある。児童保護法適用外の十八歳以上の子でも、避難し居住を許される施設はある。そこならカウンセリングを受けながら、社会に馴染む期間を過ごせる。

 但し、原則二ヶ月。


 俺はここに引っかかっている。公的な支援を受けているが、民間の非営利施設だから仕方ないということも判っている。

 だが、二ヶ月で社会に適応できない子はどうする?

 多少は延長を認めて貰えるだろうが、それは子ども達にとって十分な期間なのか?

 心のケアも不十分なまま社会に飛びこまされて、再び辛い目に遭わないだろうか?

 大学で高等教育を受けるチャンスはどうする? 与えられないのか?


 いろいろ考えると、どうしても迷ってしまう。

 

「ムジナ達にこれまでの償いとしてやらせなさい。その子達が自立できるよう支援させなさい」


 玖音に相談したら、こう返事が返ってきた。

 奴らは今後の生活手段を手に入れた。俺達の手伝いをしているけれど、それはこれまでの悪行への償いとは言えないだろう。

 あとは彼女達へのカウンセリングをどうすべきかだ。


 信頼できるカウンセラーによって心のケアができるならと考えていたところ、予想外のところから立候補者が出てきた。


 俺は泰山娘娘に悩んでいる理由を話した。

 中華系マフィアの抑えをお願いするために呼び了承してもらい、今は、用意していたスイーツをパクついている。口にクリームを運ぶ手を止めずに娘娘は言う。


「そのカウンセリングとやら、我が手伝ってやっても良いぞ?」


 え? ポジティブ・ロリ巨乳天女が?

 そんな高度なことできるの? と俺は一瞬固まった。


「総司、我を誰だと思っておるのだ?」


 スイーツ欲に溺れた天女だと思っているとは言えず、パフェからクリームをスプーンで運ぶ様子を無言で見守っている。


「我は天母。人類に必要な……大いなる母の慈愛の女神だぞ? 知らぬとは言わせん」


 うん、知りませんでした……って、お約束の反応したくなるけど自重する。

 だって、パフェを速攻で食べ終えたと思ったら、今度はクリームがたっぷり乗ったシフォンケーキを、子どものように嬉しそうに食べてる目の前のロリ天女が、母の慈愛の女神と言われてもね。

 ……綺麗な天女衣装を汚すなよ……。


 滋養強壮の女神ってんなら即信じるんだが。


 いや、泰山娘娘が母の愛情の女神だってのは知っていたんだけど、最近娘娘と会うたびに、スイーツ欲の女神としか感じなかったからさ。


「玖音に会うために、月に一度はここに来る。我とたくさん会いたいという総司のために、頻繁に来ても良いと思っていたのだ。そのついでにその少女達の話し相手になれば良いのであろう?」


 おい、いつ俺がもっと会いたいと言ったか答えろ!

 女神だからと俺がいつまでも大人しくしていると思うなよ!

 ……と言いたい気持ちをグッと堪える。

 子ども相手にマジになったら負けだよね。例えそれが数万年生きている子どもだろうとね。


「カウンセリングって話し相手になればいいというものではないと思うのですが?」

「愚か者だなぁ総司は。人間社会で暮らす方法は、お前達が相談に乗ってやればよい。我は心の傷を癒やすために話すのだ」


 「馬鹿な子ほど可愛いというのは間違っていないな」などとほざいているが、心の上に刃を置いて聞かなかったことにする。


 まぁ確かに、泰山娘娘は聖母と称される天后娘娘てんこうにゃんにゃんと並ぶ女神の最上位。

 スイーツ欲に溺れているだけのロリ巨乳天女と馬鹿にしていてはいけないのかもしれない。


 今時、空きマンションはたくさんある。島克明や田坂のツテを使えば借りるのは難しくない。

 五人が生活するために必要な当面の賃料や生活費も、俺の稼ぎだけで捻出できるだろう。どうせ使い道などさほどないのだから、有効に利用すればいい。

 彼女達にいずれ必要になるお金を稼ぐためのバイトも、ムジナ達の事務所と神渡ビルに入っている商業施設がある。そして泰山娘娘とあやかし達がカウンセリングすれば……。

 うん、彼女達が自立できるようになるまでサポートできそうだ。

 ……やってみるか。


「で、では……娘娘様、お願いできますか?」

「うむ、構わんぞ。母の愛は世界を救うのだ」


 かなり調子に乗っているが、自信がある証拠と良いように考えよう。


 こうしてこの件は方針も決まり、担当も決まった。

 あとは少女達の状態を見ながら対応を考えよう。


 懸念事項もなんとかなったと安心していたら、何かを思い出して話し出した。


「そうだ。崑崙にギリシャの神でゼウスという伊達男が遊びに来ておってだな」

「はぁ」


 他国の神が崑崙に?

 まぁ、神様同士の付き合いってのもあるのかもしれないな。


「天女達と温泉で酒を酌み交わしながら楽しんでおったんだが」

「はい」

「その時に一つ頼み事されたのだ」


 泰山娘娘あんた並みの面倒事なら関わりたくないぞ?

 

「捨て猫や捨て犬を見かけたら、預かっておいてくれと言われたな。なんでも玖珂駿介くがしゅんすけという日本人が引き取りに来るから、それまででいいとか……」

「預かってって言われてもですね」


 七階にある動物用簡易ホテルはいつも満室で、予約希望者も後を絶たないと風凪から聞いたことがある。妖狐達が霊力使って癒やしているから、宿泊後のペット達はとても元気になっていて、飼い主から喜ばれているというしな。

 他に預かれる場所などこのビルにはない。


「まぁ、気に留めておいてくれ。ゼウスという神も突然遊びに来て飲み食いした上に、天女達に色目使っておったからな。この我にもだぞ? 我には総司が居るというのに……」

「……」


 何も聞かなかったことにしておこう。

 それにだ。パフェの器を直接舐めるのはやめて欲しいんだよ。

 あんた、最古の女神だろ?

 その自覚を持てと言いたい。


 そのゼウススケベおやじとやらといい、泰山娘娘ロリ天女といい、実態を人間に知られたら崇められなくなるからな?


 そうなってからじゃ遅いって覚えておけよ。


 カウンセリングに関してはとても感謝したし見直した。泰山娘娘への評価は、巽総司おれの中でストップ高までいった。……だが、その評価は、パフェの器を逆さにして垂れてくる溶けたクリームを舐めている姿でストップ安まで下がったよ。

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