相談

 全国的広域暴力団のトップ島克明しまかつあきの娘、島令華しまれいか

 事件に巻き込まれ亡くなった本妻の子は令華だけという。克明が四十代後半で産まれたせいか令華を溺愛している。


 令華は呪いによる霊障で苦しんでいた。通常の病院では治療できずにいたところ、俺の噂を聞いた克明が連れて来た。呪いによる根本的な障害は取り除けないが、霊障で生じる気の乱れを定期的に治し、苦痛だけは取り除けている。 

 

 ムジナ達を捕えた翌日、俺は島克明の家を訪れた。もちろん事前に連絡は済ませ、令華の治療と他に話もあると伝えてある。

 

「このところ顔色が良くなってきましたね? 何か運動されています?」


 令華の治療はベッドが無くても構わない。必要なのは、リラックスしている彼女の背中に触れられることだから、克明が温かく見守る居間で治療している。この時だけは、警備役の男達も部屋の外へ出ている。服の上からの治療なのだし、俺は気にしないのだが、克明は治療のときは他の誰も部屋には入れない。

 それは、俺さえ居れば自分と娘の安全は確保されていると信用してくれてのものか、それとも令華が気楽に居られるようにと思ってくれてのものかは判らない。


「はい、散歩の時間を増やしてます」

「そうですか。陽の光を浴び、体力をつけるのは大切なことです。でも、無理のない範囲でですよ?」


 気の流れを正して背中に当てた手を離す。


「今日はこれでおしまいです。来月また来ます」

「お父様とお話があると聞いてますので、私は部屋へ戻りますね」


 俺と克明に明るい笑顔で挨拶して、令華は部屋を出た。

 彼女を見送り、克明の前に座る。


「巽先生、いつもありがとう。おかげで令華も明るくなった」


 深々と頭を下げる克明。


「これが仕事ですから、気にしないでください。それに、障害の原因を取り除けずにいますし」

「先生が令華の夫になってくれれば、一生安心なんだがなぁ」


 克明はとんでもないことを言い出した。


「あっはっはっはっは、それでですね? 今日は二つお話があるんです」

「ああ、そうだったな。可能なことはするから言ってみてくれ」


 俺は本題を後回しにして、令華に関することから始める。


「令華さんの障害の原因を取り除けます」

「そ、それは、本当ですか?」


 ガタッと音をたてて椅子から身を乗り出した。


「ええ、但し、ちょっとお高いんです」

「いくらですか? 令華のためなら数億でも出しますが」


 再び椅子に腰を落ち着けて訊く。

 

「いえいえ、そこまでは。一度だけで五百万かかるんです。というのは、私よりもずっと霊障に詳しい専門家が居まして……」


 解呪が得意な荼枳尼に頼んだのだ。すると……、


「欲しい家具があるのよねぇ……」


 そう言って、ネットで開いて見せた家具の値段が五百万だったのだ。

 家具のことは内緒にして、霊障治療に五百万円かかると克明に伝えた。


「五百万? そんなもので済むならすぐにでもお願いします」

「そうですか。では、日程を調整し今夜にでもご連絡します」


 神渡ビルにいる時の荼枳尼は暇だが、外で何やら仕事しているらしく、我がビルの商売繁盛の立役者で、きっちりしないと口やかましい、座敷童わらべネトゲ廃人五人衆が荼枳尼に文句を言わない。

 今朝、朝凪を連れてプールに向かう途中の姿を見かけたから、呼べばこれからでも来る。だが、朝凪が急用に振り回されるのは可哀想と思い、スケジュールをたててやろうと思ったのだ。


「それともう一つ。新宿でこういう話があるのご存じですか?」


 俺は家出少女を使い、アキレス腱を切って働かせている店と、中華系マフィアが関係していることを話す。


「いや、その話はまだ入ってきていないな。それで、どうしたいと?」

「その店を潰し、酷い目に遭っている少女達を助けたいんです。ただ……」

「なるほど、後のことを気にしているのですな? 判りました、任せておいて下さい。先生はお好きにやってくださって結構です」

「ありがとうございます」

「道求会の田坂に言っておきますので、お好きに使って下さい。後始末も田坂のところにやらせます」


 よし、話を通しておけば安心。

 この案件では、少女達を救い出し店を潰すことよりも、残った店を取り合って衝突が生じることのほうが問題。人気が出る店というのは立地がいいので取り合うのだ。こういうときは仕切る存在が必要で、そこを克明に預けたかった。


 中華系マフィアに関しては、実はまったく心配していない。

 どうしてって?

 俺は崑崙で修行していたんで中国にはコネクションがたくさんある。有り体に言えば、日本でできることより中国でできることの方が圧倒的に多い。

 泰山娘娘に伝えたら、すぐにでも話を通してくれるだろう。


 マフィアとやり合うより、娘娘に会う方が俺には大変なんだ。近所歩き回って美味しそうなスイーツ、それも娘娘が好みそうで、更に食べたことがないだろうと思われる商品を探す手間がだな……。だが、この際は我慢する。



 島克明の邸宅から神渡ビルへ戻り、荼枳尼に話す。

 令華の状態を話すと、荼枳尼は面白そうに答える。


「へぇ、そうなの。でも、それ、解呪するのは令華ちゃんじゃなくて、父親のほうね」

「え? そうなんですか? 克明に何か取り憑いているようには……」

「障害が身内へ降りかかる呪いの一種」

「ああ、なるほど」


 霊障にはさすがに詳しい。俺の話を聞いただけで状況を把握している。


「明日、一緒に行きましょう。令華ちゃん経由で父親の解呪してあげる」

「ん? 克明を直接じゃなくてですか?」

「そんなことしたら、父親が責任を感じちゃうでしょ? 令華ちゃんも父親を見る目変わっちゃうかもしれないし」


 いろいろ頼み事しているから口には出せないが、島克明だってこれまで多くの悪事に手を染めてきたはずなのだ。だから呪われたのだろうし……。ちっとくらい罪悪感や責任感を感じた方がいいんじゃないか。

 そうは思うが、令華には罪はないのだと思い直した。


 荼枳尼の気遣いに感謝して、話題を変える。


「最近、朝凪はどうですか?」

「クスッ、調教の成果が現れ始めたわ」


 調教? 何それ、聞いていないんですけど。


「ど、どういう?」

「我が居ないと駄目になりつつあるわね」

「へ?」

「日中は指示を欲しがるし、夜は添い寝したがるし、しもべとしても精の供給源としても育ってきているの」


 聞きたくなかった、その現状は聞きたくない。


 うわぁ、朝凪ぃいいいい! 

 順応力高いといっても、そっちに進んじゃ駄目だろう。


「えーと、それで……今後も朝凪への責任はとって貰えるので?」

「あら、見捨てたりしないわよ。サディストじゃないの」

「それならいいのですが、捨てられたりしたら朝凪は……」

「性格変わっちゃうかもね」


 そんな悲しいことを自分で言わないで欲しい。

 俺は、アホなほど素直な朝凪が好きだ。

 変わらないで欲しいと願っている。

 ずっと今のままの君で居て欲しいって、低音ボイスで耳元で囁いちゃうぞ! 


「絶対に! 絶対に捨てたりしないでくださいね。この世界には製造者責任というものがあるんですよ?」

「判ってるわ。あの坊やを無碍に扱ったら、このビルから追い出されそうですもの。こんな居心地の良いところから出たくないわ」


 近況を聞きたいだけだったのだが、思わぬ所に悲しい現状があることを知った。

 ……それにしても、荼枳尼と添い寝したがるなんて……巨乳嫌いは治ったのかな?

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