ムジナ達

 日常業務を終えた俺と葉風は、カップルのように歌舞伎町を歩き、霊気を漏らしているが居ないか探した。平日でも、深夜の歌舞伎町には人通りが多く、そしてそこら中に猥雑な空気が感じられる。


「見つからなければ、このままどこかへ入って……」


 腕を組んで歩いているうちに何かのスイッチが入った様子の葉風は、仕事で歩いているのか、それとも別の何かを期待して歩いているのか判らない状態になりつつある。ちなみに俺達は、いつもの外見とは変えている。


 神渡ビルの近所だと俺の顔を知る者は多いし、俺ほどじゃなくても葉風を知っている者も居るだろう。だから、今日の俺は三十代前半サラリーマン風に紺のスーツを着て、顔もちっとだけ優しい感じに。葉風も、いつもの和服が似合う端正な顔ではなく、二十代半ばの女性風にスーツを着て、顔も丸顔の可愛い感じで歩いている。

 

「葉風、もう少し真面目に」

「あら、大真面目ですよ?」


 冗談で誘ったと受け取られたのは心外だと言わんばかりに、上目遣いで抗議してきた。


「そうじゃなくてだな」

「もう~判ってますよ。……でも、たまには甘い時間があってもいいじゃないですか」


 (うーん、葉風が蝶子化してる。そりゃ俺も葉風となら……いやいや……)

 

 組んだ腕にギュウっと力を込めて「イチャラブしたいんですよ」というつぶやきを無視し、それまでよりも集中して周囲を見渡す。人の姿がある路地を確認しながら、ゆっくり歩き回る。


「見つけました」


 葉風の口調がお仕事モードに変わり、路地の端にいる女性を目で指した。

 確かに、霊気が漏れているが居る。


「やはりあやかしだな。あの霊気は覚えた?」

「大丈夫」

「よし、じゃあ、面倒くさいことは抜きで、近寄ったら捕まえるぞ? どうせ仲間がどこかから出てくるだろう」


 向こうはこちらに気付いた様子はない。俺と葉風は自分達の霊気が漏れるのを抑える。抑えておかないと向こうにもバレてしまう。あやかしなら霊気を感じられるからな。

 そして酔いが回った男と、それを支えている女の風を装って、霊気を漏らしている女性にフラフラと近づいた。


「ふう、ごめんな。飲みすぎてしまった」


 葉風に謝りながら、女性のそばの壁際に寄りかかる。この間も女性の様子を伺っている。こちらから注意を逸らした瞬間を狙って捕まえるつもりだ。逃げられても捕まえる自信はある。だが、他のあやかしには逃げられるかもしれないからな。


「大丈夫? 少しここで休んでいこうね」


 俺に合せて演技する葉風。

 だがな、そんなにベッタリ抱きついて酔っ払いを介助する女性はいないぞ?

 まぁ、男にベタ惚れしてる女を装ってるとでも言うのだろう。

 しかし、これでは動きづらい。捕まえようと動くとき葉風を突き飛ばすわけにもいかない。


 耳元で「少し離れろ」と言うと、「チッ」と葉風らしくもなく舌打ちしたあと身体を離す。


 呆れたように俺達を見ていた女性あやかしは道行く男性えものを物色し始め、俺達から目を離した。

 「行くぞ」と目で合図すると、外見だけでは判らない、葉風本来が備えている俊敏さを発揮し、女性を背後から羽交い締めにした。そして、俺が近づいて背中をパンッと軽く叩く。女性の霊気の流れを乱した。

 少し乱しただけでしばらくすると回復するが、これで逃げることはできない。


「お仲間はどこ?」


 クスッと笑って葉風が背後から女性に訊く。


「お前達、あやかしだったのか」


 弱々しくも悔しげに俺に言う。


「まあね、それで仲間はどこだ? 早く言えば、おしおきは軽く済む。言わないなら、俺達よりも怖いお姉さんが、もう止めてぇ~と泣き叫んでも許してくれないおしおきが待ってるぜ。神渡ビルの玖音。あやかしなら聞いたことくらいあるだろう? 怒ったら邪神並みに怖いぜ」


 「姉さんには聞かせられない」と葉風は言うが、あやかしと人間の共存が夢の玖音が、この手のあやかしを許すわけはない。骨の髄にまでを刷り込まれるに違いない。俺はそう確信している。……怒った玖音を止められる者など神クラスだけだ。俺達にはどうすることもできないから気が済むまでおしおきされるに違いない。


 神渡ビルの玖音と聞いて、新宿で仕事しているあやかしらしくビビり始めた。


「ちょっと! 言う、言うから、玖音には……」

「さあね。それはこれからのお前の行動次第だ。とりあえず仲間の居場所をさっさと教えろ」


 ここの裏にある雑居ビルの一つの部屋に居るという。仲間は三人。このあやかしは悪狐だが、仲間はムジナだという。リーダーは大ムジナで、気狐並みの霊力を持っているが、他の二名は地狐並みだという。

 逃がさないよう、出口の数と部屋の間取りと聞いておく。


「嘘をついたら、判ってるな?」

「嘘じゃない! 行けば判るよぉ」


 泣き出しそうに言うので、信用することにした。

 あやかし三人なら俺一人の方がやりやすい。


「じゃあ、ちょっと行ってくる」

「それじゃ私はこの悪狐をビルまで連れて戻ってる」

「ああ、宜しく頼む」


 悪狐に教えられたビルへ向かった。


 古い雑居ビルの二階。階段を上がった一番奥の部屋。

 ノックすると扉が開く。隙間に足を挟み、力を込めて扉を掴んで開いた。


「誰だ!」

 

 扉を開けたチンピラ風の男が叫ぶ。

 なるほど、暴力団を装って、誘いこんだ人間を脅していたようだ。


「……やかましい」


 腹に拳を入れ、当然、霊気を乱す。

 悪狐には仲間の情報を聞き出さなければならなかったから、自力で歩けない程度に乱した。

 だが、こいつらはしばらく倒れていて貰わなきゃいけない。

 だから、最低でも一晩は意識が戻らない程度まで乱す。ここまで乱すと、目覚めた時頭痛で苦しいだろうが知ったことではない。


 倒れた男の叫び声を聞いて奥の部屋から二人出てきた。

 二人は俺に向けて通力を使う姿勢を見せる。だが、俺は即座に反応して通力を使う間も与えずに、霊力の弱い一人には回し蹴りを顔に、霊力が強めのもう一人には腰に蹴りを入れた後、顔に拳を突き入れた。


 倒れた男達には目もくれずに、奥の部屋を確認した。

 こいつらは、ここらに幾つもある雑居ビルを毎日変えて、空き部屋を無断で使用していたのだろう。

 何も置かれていない空っぽの部屋を見て、俺はそう感じた。 


「どうやら嘘ではなかったようだ。しかし、三人全員運ぶのは面倒だなぁ、ふうぅう」


 力はさほど必要じゃないとはいえ、神渡ビルまで運ぶのは手間がかかるとため息をついた。


・・・・・

・・・


 神渡ビルの四階と五階はカラオケが営業していて、従業員は人化したあやかしと人間が混在している。最近は、ホテルを取れなかった人間が寝泊りすることもある。


 だから、保安上問題がないよう五階には警備保安室があり、ビルでトラブルを起こした人間を一時滞在させられる部屋が幾つかある。ここで働いているのは人化した天狗や夜叉。警察と協力する機会もたまにある部署だ。


 俺は捕まえたあやかし達をそこへ連れて行った。

 長い机に椅子を並べただけの部屋。意識を失ったあやかし三名を床に寝転がして、意識がある悪狐に俺は問う。


「さて、いろいろ教えて貰おうじゃないか」


 女性の悪狐は水冥すいめいと名乗った。捕まえた時は水商売風の少し派手な顔立ちをしていたが、今は違う。判りやすいかどうかは判らないが、イメージを言うと。外見だけで言えば、稲荷に協力して善狐をやればいいのにと思える。

 朝凪が惚れそうなタイプである……巨乳じゃないし……。


 大ムジナは凄山せいざんといい、千年は生きているという。霊力は気狐並みで、その力を使って各地で人間を騙してきたらしい。霊気が濃いと感じて新宿に居ついた。水冥とは十年ほどの付き合いとのこと。

 他のムジナは、若い方が……と言っても四百年ほど生きているらしいが……睨山げいざん、五百年ほど生きている年長のほうが厳山ござんという。それぞれ霊力は地狐並みらしい。

 凄山はハクビシンのムジナ、睨山はアナグマ、厳山はタヌキのムジナだという。


 現代ではムジナも悪狐も生きづらい。特にここ数十年は各地の稲荷の監視が厳しく、人を食うのはもちろん、悪さもすぐバレて困窮していたという。


 実際、今回も俺達に見つかって掴まったしな。


 そこで凄山の案で美人局をして食い扶持を稼ぐことにしたという。美人局なら人間もやっている。あやかしの仕業しわざとバレにくいと考えたとのこと。ある程度貯金できるようになったから、そろそろオレオレ詐欺でも始めようかと話し合っていたという。


「私達は全員変化へんげできるから、防犯カメラに映っても関係ないし……」

「まぁ、能力を活かした稼ぎ方だろうが、甘すぎたな」


 話を聞いていて、少しだけ切なくなっていた。

 山も開発され、昔ほど獣を捕えられる地域は減っている。

 だが、あやかしも命を維持するために食事は必要だ。

 しかし、人間社会で食を手に入れるには金銭が必要で、戸籍やら保証人が必要になるから、あやかしは職に就くのも難しい。そこで困って悪さに走ったわけだ。


「だって、稲荷の善狐だけでなく、仙人まで居るなんて思わなかったんだ」

「いや、俺達がいなくてもそのうちバレて捕まっただろうな」


 あやかしが悪さしていると玖音の耳に入ったら、「ってもいいから捕まえなさい」と全国の稲荷に指令が飛んだのではないだろうか?

 いや、そこまではしないかもしれないな。

 でも、葉風等霊力の高い妖狐を派遣して捕獲させただろう。それは確実だ。


「……そうね、足の洗い時なのかもね……。でも、そしたら……」

「うーん、食べていけなくなる?」

「……うん」


 悪さを続けてきた悪狐は、稲荷の手伝いを許して貰えない。

 ムジナ達も仕事を見つけられるかと言えばやはり難しいだろう。


「玖音ねえさんに相談しようか?」

「このビルで働くのは許してくれないぞ?」

「それは判ってる。でも、何か手段を考えないと……他にも困窮してるあやかしは居るだろうし」


 水冥を警備に任せ、俺と葉風は玖音の部屋へ行き、相談した。




「……BAR薫風の仕事を手伝う組織を作らせなさい」


 水冥達の話を聞いて、最初は「放っておきなさい」と怒りを現わし冷たく突き放していた玖音。

 だが冷静になり、他にも困窮して悪さに走るあやかしが居るかもしれないという点を考えたのか、一つの案を出した。

 BAR薫風へ来るトラブルを抱えた客の内、案件次第では風香や風凪、従業員の妖狐がトラブルの解決を手伝っている。状況の調査などの仕事があり、多くの案件を解決するには手が足りない。玖音のところへ風香から「何とかして」と泣き言が入っていたようだ。

 仕事を軽減するために……探偵事務所のような組織を作り、そこで働かせようというのだ。


「姉さん、それいい。変化へんげは自在にできるんだから、探偵は向いてる」


 玖音の案に葉風が賛同した。俺にも異論はない。


 

 ――BAR薫風からの依頼を中心に調査を行う組織、探偵事務所ムジナがこうして誕生した。


 こうして、良いところに落ち着いたはずなのだ。だが、


「総司さん、尸解仙ですよね? いつでも寝室にお呼び下さい。……ああ、葉風さんと仲がいい? いいんです、いいんです。私は陰の女で」


 と、水冥が勝手なことを言い始め、蝶子と同じく仙人おれの精と霊気を欲しがるようになる。


 しかし、仙人の精やら霊気ってあやかしにとってどれだけ良いものなのだろう?

 そんなことは俺には判らないのだが、水冥と会う機会があると葉風の機嫌が悪くなるのは言うまでもない。

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