生贄
「判りました。悌雲を早速動かします。しかし、和泉さんの症状が怨気によるものだとしても、その意図は何でしょう?」
玖音のところへ行き、和泉に起きている異常について説明すると頷いて動き出して良いと許可を貰った。
「それは判りません。怨気の詳しい情報を掴めればよいのですが、俺も葉風もそこまでは……」
葉風と顔を見合わせ、玖音に悔しさを伝える。葉風は外からの怨気を防ぐことはできるけれど、怨気を分析して和泉に記されたマーキングを祓うことはできない。玖音も祓いは守備範囲外のはずだ。俺達は、呪いを発動している術者の排除や術を発動させないようにすることは可能だ。また発動している呪いからの怨気を遮断することもできる。
だが、発動している呪いの無効化はできない。
「そうですか。ですが、妹さんの呪いを祓わなければ落ち着きませんね」
「ええ、それはそうなんですが、手段がありません」
「……手段はあるにはあるのですが、できることなら頼りたくないのですよ」
眉に皺を寄せ、玖音はやや困った表情をしている。だが、和泉にかけられた呪いを祓える手段があると聞いて俺は玖音ににじり寄る。
「!? 手段があるのですか?」
「
「姉さん! それは……」
「ええ、そうです。代償が必要になります」
神渡ビルにある稲荷神社は神道系の女神、
だが、荼枳尼は霊気が集まる神渡ビルになんとか足がかりを作りたいと、以前から営業に来ていた。
「社を設けよとはいわぬ。ただ、部屋を一つ用意してくれれば良いのだ。代わりに我もそち達の仕事を手伝うぞ? 憑き物落としが得意な我だ、悪い話ではないであろう?」
霊気が濃い神渡ビルは女神にも居心地が良いのか、ここに住み込もうとしている。だが、
「部屋が必要なら俺の部屋を空けます!」
和泉の呪いを祓うためなら何でもするつもりでいる。その気持ちを玖音に伝える。
「部屋ならまだあります。
「さすがに社は無理ですしね」
状況を理解している葉風に玖音は頷く。
「ですが、考えていても仕方ありません。荼枳尼に来て貰うよう連絡をとりましょう」
玖音は立ち上がり、俺と葉風を置いて屋上へ向かった。
十数分もすると玖音は戻ってきた。
「これから来るそうです。何を要求してくるか用心しておかなければ……。要求次第では断らねばならないことも、総司は理解してくださいね」
ゴクリと喉が鳴った。汗はかかない俺だが、背筋に冷汗が流れたような気もする。
何せ相手は女神だからな。でもあの
どうか無事に和泉の祓いをお願いできますようにと俺は祈った。
・・・・・
・・・
・
荼枳尼。
俺の第一印象は「火遊び好きな、いけない未亡人」……これしかない。
衣装の選択といい、態度といい、かなりあざとい。
ボディラインを強調しているくすんだレッドのワンピース着て、パッチリとした瞳をやや細め眼鏡越しに誘うように俺を見ている。
濃い目の口紅をチロッと舐めるんじゃねぇ!
とにかく、性愛を司っているというだけあって色気は半端ない。蝶子を上回る色気の持ち主などいないだろうと思っていたが、上には上がいる。
色気だけで身体構成されてるんじゃないか?
「玖音よ。相談があるということだが?」
朝凪が嫌うのは間違いないほど豊かな胸を揺らし、ツカッ……ツカッと神社の前で跪く玖音と俺達に近づく。
「荼枳尼様、実はお力をお借りしたいのです」
跪いたまま顔をあげずに玖音は伝える。
「ほう、ということは、このビルに我の部屋を用意するということだな?」
ニヤリと笑い、荼枳尼は腕を組み、勝ち誇ったように胸を張る。
「はい。我らと同じ階に用意させていただきます」
「ふむ、やっとか。それで、他には?」
「他には……とは?」
「判っておるのだろう? 長く待たせたのだ。部屋を用意するだけではな」
薄紫色の細いフレームを指でクイッとあげて玖音を見下ろす。
「では何を御希望でしょうか?」
「そうさな、ここには尸解仙がおるだろう? 一晩でよい。我の相手をさせてもらえぬか?」
舐めるような視線で俺を見るのはやめろ。
「それは……」
玖音が顔をあげ言いよどんでいると、葉風が俺の肩をしっかと抱き、キツい視線を向けて絶対拒否の姿勢を荼枳尼に伝えている。
「ほう、そこの尸解仙には妖狐の連れ合いがおるのか……それも一興……」
「まだ連れ合いではありませんが……ダメです!」
ユラリと色気を更に強めた荼枳尼に葉風は抵抗する。
(正直に連れ合いではないとか言っちゃダメじゃないか? ま、それよりも、葉風に守られている風なのが何とも情け無い)
「まだ連れ合いではないと? ならば、先に手をつけさせて……」
ほら、荼枳尼調子に乗っちゃった。
しかし、困った。和泉のことだからできるだけのことはしたいが……。
俺がどうしようか悩んでいる時に、
「あ、総司さん、玖音さん、葉風さんも……ちぃーっす! このおっぱいでかい人誰っすか?」
タイミングが悪いというか良いというか、朝凪、お前のこと好きだぞ。
「荼枳尼様、私はお相手できませんので、この者などどうでしょう?」
状況が判らないまま、俺達をキョロキョロと見ている朝凪を売る。罪悪感はあるが、ここは鬼になる。
「ふむ、妖狐も……味を見たことはないな……。我が乗っている妖狐は歳も歳だからのぉ、考えたことはなかったな」
お、朝凪が選択肢に入った。脈あり! そうそう、地狐に成り立ての
「さらに、この者は若いですし、
朝凪に興味を示したのをいいことに俺はたたみ掛ける。
「ふむ、それは面白い。我の好みに仕込んで……」
朝凪を品定めするように上から下まで見回す荼枳尼。
自分が話題になっているのは判っていても内容についてこれず、キョトンとしている朝凪。
「な、なんすか? 何かあるんっすか?」
「お前、眼鏡美人も好きだよな?」
「ええ、そうっすけど、おっぱいでかい人はちょっと……」
この場で眼鏡をかけているのは荼枳尼と朝凪だけ。眼鏡美人と言われれば、荼枳尼のことだとすぐ判る。朝凪は荼枳尼の正体も知らずに、豊かな胸を見てフンッと鼻を鳴らした。
(そんな生意気な態度とって、あとで知らないからな)
「そこだ。今のお前は感情が高ぶると霊気が発散してしまう」
「ですねぇ、でも治療しているっすよ? あ、中野さんの護衛も続けているっす。フラれたからって仕事をさぼるような妖狐じゃないっすからね」
それは偉い。朝凪、仕事とプライベートを分けられる男だったんだな。
見直した!
……見直したが、それはそれ、これはこれ。俺と
「おっぱいの大きい女性とのコミュニケーションには気持ちが萎えるよな?」
「そうっすね、萎え萎えっす」
「つまり何があっても感情は高ぶらない……はずだ。そして……」
「まだ何かあるんすか?」
さすがの朝凪も怪しい雰囲気に気付いたようで警戒し始めた。
「うむ、これは大事なことだからきちんと聞け。お前は体交法を試したいと言っていただろ?」
「そうっすけど、フラれてばかりで予定がたたないんす」
うん、そうだね。俺が神渡ビルに来てからの五年間だけでも、十人くらいにフラれているよね。
「知っている。そこでだ。荼枳尼様がお前に体交法を教えて下さる」
「でもおっぱいでかいっす。……えぇええええ? 荼枳尼様ぁ!?」
「感情を高ぶらせずに体交法が経験できるというお得な機会なんだよ」
「ちょ、ちょっと待って下さいっす」
相当慌てている。あと一押しで言いくるめられる。
だが、あと一押しとなると……。
次の手を考えているところに、俺の肩から両腕を離さずに葉風が口を開いた。
「朝凪、ベッドの下と本棚のグラビア写真集の裏……」
「げ、げぇ! 葉風さん、何故、
動揺しつつ宙に目を泳がせている。
これは効いたようだ。
「曇兵衛と夜な夜な楽しんでるそうね」
「あ、あいつ! バラしたんっすか?」
「……他にも……」
「それ以上、玖音様の前では止めて下さいっすぅ~」
「姉さんも私も、その程度のことで目くじらたてないわ。でも……」
「な、なんすか!」
「風香に教えたらどうなるか……判るわよね?」
葉風、情け容赦ない。
朝凪、最大の天敵とも言える風香に、おもしろおかしい情報を教えたら、神渡ビルで働く女性陣に言いふらすのは間違いない。それどころか、朝凪の写真付きの立て看板作って貼り出しても不思議じゃない。
「ひ、卑怯っす!!」
「卑怯でもいいの。何とでもお言いなさい。私は夫(予定)の貞操を守らなければならないの。黙って生贄におなりなさい」
生贄って……正直に言っちゃったよ。
それに、夫(予定)って……小声で予定と付けたとこは葉風らしい。これが蝶子なら断言するだろう。
「げぇ! 巨乳に売るんっすかぁ!」と朝凪が騒ぐ。
だが、
前門の
ギラギラとした光を瞳に浮かべ、口端をあげた笑みを浮かべる荼枳尼が朝凪の横へゆらぁりと近づき、言葉通りに首根っこをガシッと捕まえた。
「じゃあ、明日まで借りるわね」
玖音はこちらを見ようとはしない。これは俺のためを思っての態度ではないな。妹想いの玖音らしい、葉風の気持ちを思っての態度。
このままだと葉風が返事しそうだ。それは情けないと思い、朝凪への罪は俺が被らなければと返事した。
「死なない程度で、ご存分に」
そう言って、一階下の十四階の空き部屋へ案内した。鍵がかかっていない空き部屋の扉をあける。
「総司さん、酷いっすぅ~」
荼枳尼に抵抗できない朝凪は、開いた扉を見て観念しつつ泣き言を吐いている。可哀想という気持ちはある。
悪いことしてるよなぁとも思うが……。
「すまん、朝凪。これでWin-Winなんだ」
朝凪の瞳を直視して断言した。
「この朝凪は負けているっすぅうううう」
うん、そうだね。
しかし、この状況で朝凪の勝敗はカウントされないんだ。
「勝利はいつでも敗北の先にあるんだ」
適当なことを言って誤魔化す。
「まず負けなきゃいけないのが嫌っすぅうぅぅぅ………」
そうだろうね。……悪いが俺には何も聞こえない。
首根っこ捕まえられたまま、部屋の中へ放り投げられ徐々に遠ざかる朝凪の声。
「では、邪魔しないでね?」
良い顔をした荼枳尼が扉を閉め、カチャリと鍵がかけられた音がする。
(朝凪、生きて帰ったら……酒でも飲もう)
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