トラブル処理(その一)

 神渡ビル十一階はレストランや居酒屋などもある飲食階。神渡ビルで一番利用客の多い階だ。どこもいつも客で賑わっている。

 この階にあるバー、「BAR薫風くんぷう」。以前は葉風がママを務めていた店であり、チイママを風香と風凪が務めていた。いつの間にか俺のアシスタントを務めるようになった葉風が抜けて、今は風香がママをやっている。従業員は全員妖狐。バーテンもホステスも男女ともに全員妖狐が人化して務めていた。


 このバーには一つ特徴があって、客は大なり小なり何かしらのトラブルを抱えている。

 十一階利用客のうち、トラブルを抱えた客の気配を気で悟り、BAR薫風へ足を向けるように、玖音が通力を使って調整しているのだ。そして、ママの風香とチィママの風凪が通力を使って、客の口を軽くしてホステスの妖狐に相談したり愚痴をこぼさせている。その内容が、些細なことや、客の自業自得なら状況がどうあれスルーする。だがトラブルの内容次第では、妖狐達が手を差し伸べる。


 自然の成り行きに任せていると善行などなかなか積めない。ちょっと押しつけ気味なきらいはあるけど、トラブル解決して修行につなげている。だからここは霊格をあげるための修行場と言えばいいだろう。

 トラブルを解決する方にも、される方にも利益があるWin-Winのお仕事であった。


 善狐でも悪狐でも妖狐は通力を大なり小なり使える。だが、格闘戦のような争いは比較的苦手だ。あと、人間の特性とあやかしのでは違いがあるので、交渉も意外と苦手な者が多い。だから、トラブル解決に力業が必要な場合は、俺に協力依頼が来ることもある。


「ねぇ、総司。ちょっと助けて欲しいことがあるの」


 風香がいつになく真面目な表情で助けを求めてくる時は、だいたいBAR薫風での仕事に関係している。


「いいよ。どうしたんだい?」

「実は……」


 風香は、男女の別れ話が拗れた件で手を借りたいという。相手の男が暴力団関係で、別れた後も自宅や会社へ嫌がらせしてくるとのこと。女の方は会社に居づらくなっていて、かなり苦しんでいるらしい。


「それくらいなら、風香か風凪が通力でどうとでもできるんじゃないのか?」


 仙狐の風香や風凪の通力ならば、いわゆる加護のような形で苦しんでいる女性の身辺を守ることも、相手の男や暴力団組織を排除することもできる。格闘戦に持ち込めなければ、仙狐レベル以上の妖狐には俺も苦戦する。


「それが、私も風凪も別件を抱えているものだから、落ち着くまで付き合っていられないの」

「ということは、従業員の誰かが担当しているんだな?」

彩雲あやくもが担当しているわ」


 同じビルに住んでいるから彩雲のことは多少知っている。朝凪と同じ地狐で、通力もさほど強いものは使えないはず。


「なるほどね。判ったよ。相手の男と所属している組織にきっちり怖い目を見せればいいんだな?」

「そうなんだけどね? でも、できるだけ彩雲にやらせたいの」


 風香の意味ありげな瞳で、何を言いたいかを理解した。


「ふーん、昇格が近いんだ?」

「そうなの。ここで少しでもポイント稼がせて、泰山娘娘様が来るまでに、ね?」

「そういうことなら小細工するかもしれないけど……」

「任せるわ」

「二~三日で終わらせる。大丈夫。心配はいらない」


 風香は満足げにニコッと笑う。


「心配なんてしていないわ。彩雲のこと宜しくね」


 ショートヘアの乱れを直すようにかきあげる風香に、安心しろとばかりにニヤリと笑みを返す。


「あ、そうだ。彩雲をここに呼んでくれ。詳しい情報を知らないとな」

「判ったわ。あとでここに寄越すわね。……あ、こちらももう一つ。葉風姉さんのことも宜しくねぇ? 婚外子ができてもいいし、事実婚でもいいわ。お堅い玖音姉さんは結婚しろと言うだろうけど、私と風凪は細かいこと気にしないからねぇ」


 言いたいことを好きなだけ言うと「じゃあね」と手を振って立ち上がり風香は部屋を出て行った。


 うーん、葉風との関係?

  ……俺はどうしたいんだろうな。好意はあるけど正直まだ判らない。

 不老不死の一生を共にするとなれば、簡単には決められない。


 結婚したのはいいけれど、いろいろ不都合が生じたから別れますなんてこと、玖音が許すわけがない。

 長く一緒に過ごして飽きましたなんてのは論外で、そんなこと言おうものならどこかに幽閉されてしまうのではないだろうか。


 好きだけど一時いっときの気持ちで決めちゃいけないよな。

 俺はとりあえず葉風のことを頭から消して、彩雲の件をどうするかに集中した。


・・・・・

・・・


「総司さんが手伝ってくださるので心強いです」


 俺の部屋へ来た、仕事前の彩雲はカジュアルな格好。やや紫がかったグレーのニットワンピースをゆったりと着て、ソールが白い黒のスニーカー。若さを感じる服装だ。

 ラフな背中までのブラウンの髪がふわりとしているところも彩雲の雰囲気を柔らかくしている。 

  

 頭をペコッと下げたあと真顔で説明を始めた。


 男が関係している事務所は、広域暴力団加入組織の一つで、道求会。薬物の取り扱いも疑われている組織で、そのようなことを知らずに付き合っていたが、事情を察した女が別れを決めたとのこと。

 女は会計事務所に勤めている税理士。彼女が担当していた事業主のところへ嫌がらせが繰り返され、先日、事務所を辞めたという。仕事を辞めたあとは、自宅があるマンションにやってきて住民に嫌がらせを始めた。

 精神的に追い詰められていて自殺しそうなところだが、今は何とか踏みとどまっているという。


「そうか、急がなきゃいけないな」


 うーん、これは彩雲の昇格云々など考えず、すぐにでも事務所へカチ込みかけるべきじゃないか?

 そう思わせる話だった。


「はい、可能な限り」


 彩雲も状況が切迫しているのは十分理解しているようだ。これはもしかすると、風香に自分から頼んだのかもしれない。


「彩雲は、通力で何が使えるんだ?」

「お恥ずかしいのですが、変化へんげの他には霊気防壁を張れる程度でして……」

「いや、大事なのは使える技をどう利用するかさ。霊気防壁を張れるのなら、やり様はいくつもある」


 霊気防壁とは、俺も日常的に使っているもので、身体の周囲に霊気で強固な壁を纏わせる技。

 呪術や霊気による攻撃には多少弱いところもあるけれど、物理的な攻撃なら銃弾も受け止められるから、身を守るには適している。


 (霊気防壁を使えるなら小細工も必要ないな)


 予想外の技を使えることを知り、俺はだいぶ気楽になった。

 可能な限り、彩雲の出番を増やす策を考えると、実力行使は俺が担当し、彩雲は……。

 うん、何とかなりそうだ。


「よし、じゃあ、今日明日中にケリをつけよう。それで今から作戦を話す。まず俺が……」

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