掴めない真意
あの後俺の部屋で、葉風が淹れた紅茶とケーキをいくつか楽しんだ泰山娘娘は、これまで見たこともないほどご機嫌で崑崙へ戻って行ったと、感謝の言葉とともに玖音から伝えられた。その時の玖音の喜びように正直なところ驚いた。あんなに晴れ晴れとした笑顔で俺の両手を握り、嬉しそうな玖音を見たのは初めて。
無碍にできない天女とどう接しようかと悩んでいたのだろう。
ロリ巨乳天女との
和泉のリハビリも約束通り二週間で終え、あとは選考会で良い成績を出せることを祈るだけ。
最後の治療を終えて、
「これでもう大丈夫です。でも、何か違和感を感じたらすぐにいらしてください」
そう伝えると、深々と頭を下げて
「ありがとうございました。こんなに早く治ると思っていませんでした。それに、怪我をする前より調子がいいので、タイムを測るのは楽しみなんです」
そして、
「失踪した兄が助けに来てくれたのだと思えて……ここに通うと心強かった。先生、選考会の結果がどうなろうと全てを出し切って満足できそうです」
「そうですか、お力になれたなら嬉しいです」
力強く握ってくる和泉の手の感触を嬉しく感じ、笑顔で別れた。
俺に出来ることは許される範囲で全てやった。患部周辺だけでなく、全身の気の流れを正し、腕や背筋などにも霊気を送り活性化させた。最大限の調子で選考会を迎えられるだろう。
だが、0.01秒を争うトップアスリートの世界は厳しい。
万全な体勢は整えたが、選考会で良い成績を残せるかは結果が出るまで誰にも判らない。
そりゃあ、霊気功を使って和泉の身体を強化することはできる。だが、それでは和泉の力と努力で掴むことにはならない。現在持つ力を振り絞って戦うべきだ。俺に出来るのは、和泉の最高な状態を用意すること。そして用意できた。
(頑張れ、和泉)
温和な母の面影を残す和泉の健闘を俺は祈った。
「本当にいいの?」
和泉と別れたあと、葉風は俺に訊いてきた。
ああ、和泉が選考会を生き残れるようにするという話か。
「いいんだよ。あとは和泉は自分の力で……」
「ううん、そうじゃなくて、総司が実の兄だって伝えなくてってこと」
机でカルテを書き終えた俺はベッドに座り心配そうな葉風に微笑む。
「そっちの話か。それもいいんだ。多分、多分だけど、和泉には判っている。詳しい事情は判らなくても、俺が兄だと判っている」
「だったらどうして……」
悲しそうだが、不満げな口調で葉風は強く食い下がってくる。
「考えても見ろよ。俺は不老不死の尸解仙だ。仕事をするにも、戦うにも不便だから十歳の姿をとらずに三十歳のこの姿で過ごしている。和泉は……俺の家族は人間だ。歳をとっていくだろ?」
「でも、それは
年相応に外見を変化させていくのは難しくない。
だけど、それは外見だけだ。一緒の時間を過ごしても、人間と尸解仙では内面は異なる。どうしたって異なってしまう。
「……そうかもしれない。だが、いいんだ。家族には家族の、俺には俺の生き方がある。それはもう離れているんだ。そして交わるとしても今回のように一時的なものさ。和泉は、俺のそういう気持ちを感じて理解してくれたように思う。それにだ……」
「それに?」
「今の仲間は……家族は葉風達だ。俺はそう思っているよ」
立ち上がって葉風の肩に手を置き、「死なないってのは不便なこともあるのさ」と笑った。
死を迎える者達は迎える者同士で、迎えない者達は迎えない者同士でコミュニティを作り生きていくしかない。その理由は、生き物にとって最大のリスクが死だからだ。リスクの有無によって様々なことへの感覚が異なってしまうのは仕方ない。病気の心配がある者と心配がない者では、食事一つとっても危機感に差が出る。
だからわかり合えないことも出てくる。そしてわかり合えないことが理由で軋轢を生むことも考えられる。
俺はそういう状況を家族と向き合いたくはない。
身体の組成が基本的には同じあやかし同士ですら、仙人と同じ不老不死の仙狐以上の妖狐と、死の危険がある河童や人魚とでは、様々なことへの反応が異なる。それはやはり死のリスクへの感覚の差が生んでいる。
河童や人魚等は、霊力を強め霊格をあげていけば不老不死に至ることもできる。だから人間とは違い、共生できる。
だが人間はそうではない。どうしたって寿命を延ばすのがせいぜいだ。
「償おうだなんて考えることはない。普通に仲良く生きていこうぜ」
俺は葉風にそう伝えて、受け付けの蝶子のところへ、この後のスケジュールを確認しに施術室を出た。
◇ ◇ ◇
私達妖狐は、殺生石を回収し浄化する。それが泰山娘娘から言いつけられた仕事。
総司は回収の際に私達の護衛も兼ねている。
……殺生石に近づくだけでトラウマで苦しむというのに。
その様子を見ると、償わなければと思ってしまう。
「だけど総司は償う必要はないと言う。……そうね。そうなのかもしれない。ありのままを受け入れて総司は生きているんだもの。彼の
(普通に仲良く生きていこう……ね)
笑顔でこの部屋を出て行った総司の言葉はその通りだと思う。
「……私のことどう思っているのかしら?」
受け入れる気持ちがあるのは判る。でも真意がどこにあるのか判らない主人が立ち去った椅子を眺めた。
腰のポケットでスマホが震える。
取り出して耳に当てると、風凪の声。
「葉風姉さん! ちょっと来てよ。朝凪が変なことになって……」
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