娘娘がやってきた

 金糸の刺繍でふんだんに装飾されたカンフー服。崑崙からのお客と会う際には、礼服の替わりにこれを着る。

 着替えた俺は泰山娘娘を出迎えて、その様子に唖然とした。


 白いシャツに、レースのフリルが裾を巻いているドット柄の黒いドレス。一言で言うなら、原宿系ゴスロリ。


 ……ロリ巨乳がゴスロリ……。


 その上、髪もやや赤みを帯びている。前に会ったときは黒髪だったのに染めてきたんだ。


 いや、似合ってるよ?

 背は低いし、可愛らしいお顔だし、巨乳だしね……巨乳は関係ないか。ラノベの表紙にありがちで、オタク受けするんじゃないかなぁと思うよ。

 でも、崑崙の天女がゴスロリって、どこから突っ込んだらいいのか悩むだろう? これ。


「娘娘様。今日のお召し物はどこで……」

「先日、ネットで見てな? 可愛いだろ?」

「ええ、まぁ……」


 ……崑崙の天女がネット検索して衣装を決めているだなんて、さすが二十一世紀だな。


 しかし、礼服然とした派手目のカンフー着を着る俺が、ゴスロリ幼女を連れてスイーツ巡り?

 おかしいだろう? 怪しいだろう? 

 東京では、衣装なんて好きなものを選んで着ればいいと言ってもだ。これはちょっとないだろう。


 俺は頭を抱えた。だって、男性用のゴスロリ服なんて持ってない。並んで歩いて似合いそうな服が手持ちにない。クラシカルな濃い色のスーツに皮のジャケットでも持っていれば何とかなるかもしれない。だが、その手の服は持っていない。

 どうする?


 俺が衣装で悩んでいるというのに、泰山娘娘は早くスイーツ巡りしたくてたまらない様子。「行くぞ? ほれ、ほれ」と服の袖を引っ張り幼女らしくない言葉使いでニコニコしている。

 

 (まぁ、知り合いに会うこともないだろう)


 娘娘を連れて歩く時間もそう多くはない。俺は諦めてこの姿のまま出かけることとした。


・・・・・

・・・


 俺は舐めていた。

 娘娘と食べ歩くことの恥ずかしさを理解していなかった。

 葉風等が逃げたのは、泰山娘娘が試験官であり妖狐のまとめ役だからではないと気付いた。一度は経験して二度は嫌だと逃げたに違いない。


 とにかく、一流ホテルのスイーツバイキング、ブッフェでストロベリーフェアへ連れて行った。味もいいだろうし、種類もある。ここならばと考えたのだ。うまく行けばここだけで終われる。


 幾種類ものケーキやタルト、ムースなどが赤く可愛らしい果物で彩られ、女性のお客さんが多いのも理解できた。


 娘娘は喜び勇んで、トレーに山のようにスイーツを乗せていった。

 文字通りの意味で、山のようにだ。崑崙もここまで鋭角な山頂ではない。食べ終えたらまた運んでくればいいじゃないかと思っていた。だがそれは間違いだった。

 目の前に高く積まれたストロベリー系スイーツが……どこに入るのかと不思議で仕方ないのだが、見事に数分で消えたのだ。つまり、一度にたくさん持ってこないなら、その場で食べた方が良いくらいの速度で消化していくのである。


 娘娘の胃袋、つえぇええええ!

 ……天女に胃袋あるのか知らないけどさ?

 糖尿病も肥満も無いからと言って、食いすぎだろう!?


 ゴスロリ幼女にしか見えないのに、山のように積まれたケーキをパクパクと口に入れ、それでも止まらない様子は周囲から奇異な目で見られるよね? 他のお客さんは手品でも見ている気持ちだったのではないだろうか。

 焼き肉食べ放題での運動部系大学生でもここまでの量を数分で平らげる猛者はいないだろう。

 あれか? TVの大食い選手権にでも出した方がいいのか?

 一位をとるのは約束されているようなものである。


 口の周りにクリームをつけて、いくら食べても止める気配のない娘娘をジト目で見守ることしかできなかった。


 これだけ食べたのだから満足するだろうと思っていたが、娘娘のスイーツ欲は満たされていなかった。


「よし、次じゃ、次!」

 

 素敵な笑顔で、次をせがむ幼女風天女。


 何て言うのだろう。

 全てに達観するために必要なのは、修行じゃない気がしてきた。

 天女のスイーツ巡りへの同行こそが最適な修行なんじゃないかと思えてきた。


 仕方なく、チョコレートフェアを開催しているケーキ屋へ連れて行く。


「おお、これはなかなか……」


 ショーウィンドウに様々な種類のチョコレートスイーツが並んでいるのを見て、舌なめずりしている。餌を目前にした肉食動物や、好みの男を見つけた蝶子のようだ。


 これはなかなかじゃねぇよ! ほんとにまだ食べるのかよ。

 あんたさっき、商品が無くなって給仕が困る程食べてたじゃねぇか!


 今日ほど、変化へんげの能力を持っていて良かったと感じたことはない。

 先ほどのホテルでも、帰り際の店員の表情が忘れられない。「二度と来んな!」と身体全体で俺に訴えていた。五千円もしない料金だったのが、ほんっとーに申し訳なくて、五十万くらい払わないといけないんじゃないかと罪悪感を感じた。

 先ほどのホテルに行くときは、顔変えて行こう……いや、変えて行かねばならんと脳内のノートに書き込んだよ。


 だからバイキング形式は避けて、ケーキ屋へ来たんだ。でも……。


 うん、凄いよ?


 「ここからここまで全部くれ!」と端から端まで指さして店員に愛らしい笑顔を見せている。


 それ全部一度に俺が運べると思ってんのか?


「娘娘様、一度に持って帰ることはできませんし、商品全てが一度に無くなってはお店が困ることになります」


 自重を求めた。常識的態度を求めた俺は絶対に悪くない。


「だが、ここでは食べられぬのであろう?」


 キョトンとした表情で、私悪くないもぉーんとでも言いたそうに返してきた。

 「ショーウィンドウの前で立ち食いはできない」ことくらいは理解していたのだなと、心から安心した俺の心理状態は仕方ないと思う。


「ですから……そうですね、二十個ほど購入しビルへ持ち帰って、ゆっくり食べてはいかがでしょう?」

「二十個など一瞬ではないか」


 知ってるよ!

 さっき見たよ!!

 膨大な量のケーキが手品のように消えていく様子にビビったよ!!!


 だからそうじゃないんだ。

 我慢を覚えろと言っているんだ。


「ええ、そこをグッと我慢して、一つ一つをゆっくり味わうのです。そして次に日本へ来たときにまたお食べになれば」

「おお、次も総司が付き合ってくれるのか?」

「……」


 なんかやけに嬉しそうな娘娘。


 これはあれだ……一度同行した者は、二度と付き合わんと決めて逃げてしまうから、娘娘は俺とも二度と食べ歩きできないと考えていたようだ。……ちょっと可哀想だな。


「もしですよ? これからがあるとしたら、条件がございます」

「なんじゃ言うてみよ」

「スイーツは私が買って参りますので、神渡ビルで大人しく待っていてください」

「ん? それでいいのか?」


 お? 予想外に聞き分けがいい。

 他の者達は、躾けなどせずに振り回されていただけなのかもしれない。


「はい。一度に多くは食べられませんが、その代り、娘娘様がいらした時には必ず幾つかご用意いたします」

「ふむ、ならば回数通って……ハッ? 我にそんなに度々逢いたいと申すか?」


 (ちげえぇよ!)

 俺の心は素直に即答した。だがおくびにも出さずに微笑む。


「ええ、その方がお召し物も気を遣わずに済みますでしょう?」

「そ、そうだが……惚れられても困るぞ?」


 (ちげえぇよ! ポッ! とか顔を赤くすんなぁあ!)

 先ほどよりも速く俺の心は返答した。

 そして娘娘の問いは華麗にスルーして、案を伝える。


「では、端から端まで一個ずつ買って帰りましょう」


 これくらいなら、お店も困らない。

 ……俺も困らない。子連れで、パーティーか何かでの大人数用のケーキを買いに来たとしか思われないだろう。


「うむ、そうしよう。紅茶も用意してくれよ?」

「ええ、ご用意いたします」


 紅茶くらい、俺が淹れてもいいし、葉風達に頼んでも淹れてくれる。

 納得してくれた娘娘にホッとして、店員に注文する。


「なぁ総司」

「はい?」


 なんかこぢんまりしてモジモジしている。

 言いづらそうな雰囲気が、ちょっと不安を誘う。


「……おぬしはどのような服装の女性にょしょうが好きなのだ?」

「え?」

「次回はその格好で来てやろうと思ってな」

「……え?」


 何を言っているのか判りたくないんですけど。


「照れるな。我が好きなら好きと言えば良いではないか。おぬしの相手はできぬが、格好くらいは合せてやっても良いのだ」

「……えーと、では、いつもの天女のお姿でお願いいたします」


 淡いブルーの羽衣を肩に数本下げ、その時々で異なる色の肌着の上に、薄く透き通ったピンク色の布地を幾重かまとったひらひらと風になびく服しか思いつかなかった。崑崙の天女達が着ていて見慣れている衣装だ。


「なんじゃ我の平服ではないか……ああ、飾らぬ普段の我が良いということか。総司は可愛い奴だな」


 (ちげぇよ。 なんてポジティブなロリ天女なんだ)

 俺の心の声も疲れが感じられる弱々しいものになっていた。

 

 娘娘と会話している間に準備ができたようで、店員が声をかけてきた。支払いを済ませて、ケーキがぎっしり詰まった箱を両手に持つ。


「では帰りましょうか?」

「うむ。……手を繋いでもいいのだぞ?」


 ケーキが詰まった箱を両手に持ってるこの格好でそんなことできるか!


 それに、幼女にしか見えない子と手を繋いで歩いたら、良くて父親、悪けりゃ誘拐犯に思われるじゃねぇか。それでなくても巨乳のゴスロリ幼女なんて目立つんだからな。

 

「いえ、大事なケーキを持ち帰らないといけませんので……」

 

 そうかと残念そうにつぶやく娘娘。娘娘の年齢を知らなければ、色気づいたガキめと言いたくなるだろう。


 しかし、娘娘も寂しいんだなと同行して気付いた。帰ったらたくさん会話して、次に来訪するときを楽しみして貰えるようにしなくてはいけないと思ったな。

 ……変な勘違いをどう修正するか……それだけは問題だが……。


 神渡ビルを目指して、手を元気よく振って明るく歩く娘娘の後ろ姿を眺め。俺はそんなことを考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る