警告

 自室がある十四階に戻り居間へ入ると、同じ階に住む妖狐達が朝凪にお茶を淹れさせていた。助けたを挟むように人に変化した妖狐達……葉風はかぜ風香ふうこう風凪かざなぎの三名がテーブルを囲んでいる。妖狐三名は、玖音くおんの妹達。


「お疲れ様」


 やや茶色い長い髪を背中に流している葉風が優しく微笑んでいる。


「この、このビルで働かせちゃいなよ」


 面白いことが好きで面倒ごとを楽しむ風香は、クリッとした目で楽しそう。


「風香姉さん、事情も聞かずに話を進めては彼女も困るでしょ?」


 しっかり者の風凪は風香が暴走しないように釘を刺す。

 どうやら葉風達も、彼女の事情は聞いていない様子。仕事から今し方戻ってきたのだろう。


 俺も席に座ってお茶を貰おうとしたところ、胸ポケットでスマホが震えた。確認すると蝶子からのメッセージ通知。内容は、『高木武久という方がお見えです。用件は、謝罪と息子さんの治療願い』だった。


「ああ、葉風。その子を着替えさせてから事情を聞いておいて。風香、おまえは余計なことするなよ。風凪は、風香が何かしそうだったら抑えておいて」

「ええ、判ったわ」

「何よ、私へのその態度」

「容赦なく厳しく!」


 妖狐姉妹に用件を伝え終え、各々からの返事を聞いたあと俺は再び十階へ向かった。


 エレベータを降りると、受け付けで本性を隠してすまし顔で座る蝶子の前に高木武久と思われる中年男性と、先ほど見かけた男達が居た。


「ここで話すのも何だ……俺の施術室まで来いよ」


 予定通りの状況。謝罪するなら治療するつもりだ。どうでもいい男の命を奪うつもりはない。どうせ治療するならばと、施術室で話を聞くことにした。

 カーテンを開け、高木達を施術室へ通す。


 ベッドに高木の息子を寝かせるよう言い、俺はベッド脇の椅子に座る。

 高木武久が深々と頭を下げた。


「この馬鹿息子は短気なうえに、巽さん、あんたのことを知らなかったんだ。どうか許して欲しい」


 頭をあげて謝罪したあと、後ろの男達からハンドバッグとボストンバッグを受け取り、俺に差し出してきた。


「これは、逃げ出した娘の荷物と給料……多少上乗せしてある。それと、馬鹿息子の治療費と詫び料。全部で二百万入っている。バカでも一人息子なんだ、これで勘弁して貰えないだろうか?」


 俺は二つのバッグを受け取って立ち上がり、施術用ベッドで仰向けに寝かされてるバカ息子を見下ろした。


「おい、いい歳して親に謝らせて、お前はだんまりか?」


 バカ息子の見た目は、二十代半ばから後半の成人男性だ。泣きそうな瞳で俺を睨んで黙っている。


「そうか、お前自身では謝りたくはないか。じゃあ、治療費は返すから、このまま帰るがいい。死にたくなけりゃ急いで大病院へ行け。……腕の良い外科医が深夜担当しているといいな」


 俺は事務机に置かれたハンドバッグを開き、札束の一つを高木武久へ投げ渡す。


「お、おい! 郷太、謝れ!」


 札束を受け取った武久は息子に怒鳴る。そして、受け取った札束を俺に手渡して、「頼みます」と再度頭を下げる。


「……すまなかった」

「聞こえんな。しっかり声を出せよ」

「申し訳なかった。謝る」


 俺には余程謝りたくなかったのだろう。言葉は謝罪だが、瞳は謝っていない。

 正直なところ、こんな奴は両手両足失って、これから悪さできないようにした方が良いと思う。だが、俺も鬼じゃない。一度は見逃してやる。治療費は貰うんだしな。


「……じっとしてろ」


 郷太の股関節に手を当て、気の流れを霊気で戻す。


「どうだ、動かしてみろ」


 俺から目を離さずに郷太は膝を曲げて脚を動かす。


「動くようになったな。じゃ、もう一度ジッとしていろ」


 足を伸ばして郷太は大人しくなる。今度は両肩に手を当てて気の流れを治す。


「ゆっくり腕を動かしてみろ」


 郷太は言われたとおり、ゆっくりと肘を曲げ、そして胸の辺りに両腕を置いた。


「一つ注意をしておく。今日から二日ほどは安静にしていろ。一時間程度だが、両手両足から気の流れが完全に消えていたんだ。筋肉も血管もダメージをうけて弱っている。ちゃんと飯食って、ゆっくり風呂にはいって、あとは大人しく寝ていろ。無理すると怪我するからな」

「わ、わかったよ」


 この手の輩は、あつものりてなますを吹くようには変わらない。いっとき反省しても、すぐに怖さを忘れる。だから最後に脅しをかけておいた方が良い。


「今回は許してやるが、次はない。金をいくら積まれても治してやらん。……あのにも手を出すなよ。あのを気に入っているという客にも伝えておけ」


 俺が離れると「ああ」と返事して、郷太は身体を確かめるように手で触れつつベッドに座る。


「あんたにも、あの娘にも手は出させん。約束する」


 武久は、息子が回復したのを見て安心した様子。

 

「じゃあ、もう帰っていいぞ」


 武久は、郷太を背負うように他の男達に命令する。だが、「歩くだけなら大丈夫だ」と郷太は立ち上がり、一人で先に施術室から出て行った。男達もその後に続く。


「そうだ。あの芦屋栄という奴に伝えておいてくれないか?」


 戻ろうとしていた武久の背中に声をかけた。

 

「これからも新宿で悪さするようなら俺の敵だとな。……あんたもな」


 振り返った武久に、挑戦的な笑みを見せる。


「……ああ、伝えておく」


 そう言い残して武久も施術室から出て行った。

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