【Ⅰ】PeaceⅢ「お前は何も分かってない」
さて、旅の支度も整い、愛は着ていた制服を畳んで、ミスリルの小箱と一緒に、街で購入した、肩掛けの革の丈夫なバッグに大切にしまい込んだ。これもラインヴァルトが買ってくれたものである。ラインヴァルトから簡単にモンスターとの闘い方を教えてもらった後、護身用の短剣を二差し譲ってもらったのだった。
「ライン、なんかごめん。それからありがとう。なんでこんなに良くしてくれるの?」
「……実は、俺にお前くらいの妹がいて、長い戦争で亡くしてるんだよ。お前を見てると、それを思い出す」
「え?そうなの?……私、聞いちゃいけないこと、聞いちゃったなぁ」
「ここじゃあ、普通だよ。あのさぁ……お前って『悪魔崇拝(あくますうはい)』って知ってるか?」
「なにそれ?」
「……分からないんだったら、いっか。いやな、ここらへんで、戦争が絶えない原因の一つなんだよ。種族間争いがさ」
「種族間争い?」
「まぁ、いずれ分かるさ。取りあえず時間も無いし、急ぐぞ!」
「あ、ちょっと待ってよ!」
**
馬を借りて、ラインヴァルトと愛は、メノーの森からシャトリ山脈へ抜けることにした。そしてⅡ(バンジ)の国へ向かった。メノーの森は、昼間にも関わらず、薄暗く湿っていて、腐臭と植物の匂いの混じった独特な匂いを放っていた。ラインヴァルトと愛は、森をゆっくりと馬で歩きながら話していた。
「いつ来ても慣れない場所だね。ここ」
「長い戦争でたくさん戦死者も出た。家族と生き別れて孤独になった亡骸(なきがら)が、この場所に集まるんだよ。だから呪いの場所でもある。王政がしっかりしてたら、こんな危険な場所はとっとと焼き払っちまうんだけどなぁ……」
「王様って、そんなに酷い人なの?」
「ヨハネス=ヘンラインって王なんだけど、Ⅰ(シャオ)の国からⅢ(ギーシャ)の国まで統率している現国王だ。疑心暗鬼で欲深い。懐疑心(かいぎしん)の塊で、人を全くもって信用していないんだよ」
「最悪だねー。国民が可哀想」
「だから、お前が『変な格好で』うろついていたら、魔女か、何かだと思われて、火炙(あぶ)りの刑にされるんじゃないか。って俺は間違いなく思ったね。分かるか?お前は」
「変な格好って……あのさ、これにはちゃんと『制服』って名前があって……はぁ、言っても分かんないかなぁ」
カルチャーショックを受け、心底凹(へこ)む愛。しかし、くよくよしていても仕方ないと、ラインヴァルトの身体に必死に手を回してしがみつきながら、振り落とされないように、シャトリ山脈に向かったのだった。
**
馬を下ろし、そして宿に着いた。辺りはすっかり日は暮れて、夜になろうとしていた。ラインヴァルトは宿屋で夕食を摂りながら、愛と打ち合わせをしていた。
「ちょっと黙って聞いてくれ。こっから重要な話をするからな。明日、シャトリ山脈の山間にある汽車に乗るんだよ。最近、山賊はめっきり見かけなくなったけど、割と危険な場所だから、気を付けろよ」
「そうなの?山賊って?」
「容赦なく人殺しをする悪党さ。……国境警備が整う前は、Ⅰ(シャオ)の国が、良く被害の対象に遭ってたんだよ。田舎の村落に出没しては、金品を奪ったり、女や子どもを攫(さら)ってたんだ。いい迷惑だったんだよ。今は、シャトリ山脈が竜鉄鉱の生産地でもあるし、治安も回復してきているから、大丈夫だと思うんだけど……なんか嫌な予感がするんだよなぁ」
「私、何かあったら、必死で闘うから!こう見えても、実は弓を習ってたんだよ!」
愛はそう言って、拳を振りかぶり、空を切るようにして、ラインヴァルトに見せた。ラインヴァルトは愛を見て、くすくす笑いながら言った。
「そりゃあいいな。ただ……ホントに気を付けろ。Ⅰ(シャオ)の国は、ホントに、このせいで貧しくて。あぁ、本当にいたたまれないよなぁ。少しは王政がしっかりしてくれるといいんだけど」
「……あのさぁ、ライン、帰ったらこれ、国民の生活費の足しにしなよ」
そう言って、愛はミスリルの小箱から『二枚の板チョコ』を取り出し、ラインヴァルトに差し出した。
「……断る」
「え?なんでよ!大変なんじゃないの?私、元の世界に帰ったら、好きなだけ食べられるし、遠慮しなくていいんだよ?」
ラインヴァルトは愛の目をじっと見つめると、溜め息を吐き、そしてゆっくりと言った。
「お前は何も分かってない。確かに気持ちはありがたいよ。しかしな、お前の『その甘いところ』がいつか命取りになることを知っといた方がいいと思う。実際この先に何があるか分からないし、旅が長くなるかも知れない。……確かに『月の涙(フル・ドローシャ)』は『お前にとっては』山のように、腐るほどあるかも知れない。けどな、この世界では何が武器になるか、お前には全く分かってないだろ」
「……はいはい、そうですか。ごめんなさいね」
自分の好意を無碍(むげ)にされたのが気に食わなかったのだろうか。愛は食べ終わった食器を重ねると、ふて腐れて、そのまま肩を落としながら、部屋に戻って行ってしまった。ラインヴァルトはその姿を見て、「先が思いやられる」と肩を落としたのだった。
**
そして翌朝。空を雲が濃く覆っていた。再び馬に乗って、二人は山脈まで目指し、出発した。ラインヴァルトは朝早く起き、馬に飼い葉を食べさせ、水を飲ませて軽く手入れをした。そして愛に朝食を食べさせて、準備をさせた。しかし、愛は「昨日のこと」が尾を引いていたのか、道中二人は殆(ほとん)どと言っていいほど、口を利かなかった。
そして、山脈鉄道まで来た。ラインヴァルトは、近くにある馬小屋に借りた馬を繋ぐと、愛を連れて建物まで入って行った。建物は築年数が経過して、やや古くなっていたが、頑丈なレンガの作りのしっかりとした建物だった。ぱちぱちと薪が燃える暖炉が、構内の待合室で音を立てていた。
「いらっしゃい。一人二百ギルだよ」
「二人分、お願いします」
ラインヴァルトは銀貨を四枚、小銭入れから取り出すと、愛と自分の分の切符を購入した。そして、駅で汽車を待っていた。
「ライン、ごめんね。私……大人げなかった」
「いいよ、別に。ただ、お前を見てると元の世界に帰れるか、俺が心配だからさ」
汽車が来て、多くの人が車内から降り、人混みでごった返していた。ラインヴァルトは愛の手首を掴んで、人混みに流されないようにしていた。そして、汽車に乗り、シャトリ山脈の頂上までゆっくりと汽車は登って行った。
山間から見える採掘場。Ⅱ(バンジ)の国、メノーの森。そして緑色の木々。様々なものが窓から見え、愛を楽しませた。話によると、ゆっくりと頂上まで、一時間掛けて汽車は登り、またゆっくりと一時間掛けて下って行くらしい。愛は窓に張り付いて、子どものように景色を眺めていた。
「おい、ちょっと……窓に貼り付き過ぎだぞ」
「いや、珍しくってついついね。あ、なんか線路の先に誰かいるよ。なんか置いてるみたい……え?」
「お前!それ……ホントに言ってるのかっ!?」
――その時だった。激しい爆発音がして、汽車が大きく揺れた。その後、山間の線路が崩れて山肌が岩雪崩を起こした。線路は爆発により、寸断されてしまった。汽車に一緒に乗っていた乗客は、急な事態に慌てふためいているようだ。乗務員はパニック状態の乗客を、落ち着かせようとしていた。しかし、汽車は寸断された線路の崖っぷちまで、一定の速度を保ち、なかなか止まってくれない。このままでは落ちるだろうか……そのギリギリで、激しい音を立てながら汽車は停車した。
「危なかったね。落ちるとこだったよ」
「……いや、油断するな。まずいことになった」
すると、しばらくして、停まった汽車の中に、三人の体格のいい毛深い男達が、斧や棍棒を振り回し、汽車の窓や出入り口を叩き壊して車内に入ってきた。運転手や乗務員は見る影もなく、振り回された斧で、身体が真っ二つに裂かれてしまった。そして息をしない人形と化していった。乗客も数人、ザクロのように頭が割られているのが見える。辺りの人達は次々に、亡骸となって倒れていった。
「きゃあ!」
愛は、ほのぼのとした環境から、一気に激しく、残虐な光景に変化していくのを見て、悲鳴を上げた。それと同時に、震えあがって動けなくなってしまう。ラインヴァルトは、怖気づいている愛の手を強引に引くと、座席の下に潜り込んだ。息を殺しながら様子を見ていると、逃げまとったり、必死に抵抗している紳士や貴婦人は、見るも無残な姿で、山賊の手によって、次々に亡骸に変わっていく。そして山賊達は金品を漁っていた。愛はその惨事を見ながら泣きそうになっていた。そして、恐怖心を必死に口を抑えながら押し殺していた。
「……山賊だよ。出やがったな」
ラインヴァルトは、愛に小声で言った。そして、愛に逃げるように作戦を言った。
「いいか?あいつらが奥の車両に入っていったら、俺と一緒に窓を破って逃げろ。振り返ったり、立ち止まったりするな」
無言で何度も頷く愛。山賊達はその後、周囲を見回して、一通り殺戮(さつりく)が終わったのを見て、ぞろぞろと奥の車両に入って行った。ラインヴァルトは立ち上がると、腰に帯びた短剣の柄で、汽車の窓を叩き割り、愛の手を取って、割れた窓から脱出した。山賊は殆(ほとん)ど、奥の車両に入っていったようだった。残党は外には見当たらなかった。ラインヴァルトは愛を連れ、汽車の線路が上がって来た方向の、逆方向に走るようにして、シャトリ山脈の山間、木々の込み入った場所まで、愛を誘導していった。
**
少し線路から離れ、山の中腹まで降りた地点まで来た。二人は切り株に腰を下ろし、休憩をしていた。少し緑の濃い場所で、愛は激しく肩で呼吸をしながら、必死に自分を落ち着かせようとしていた。ラインヴァルトは、腰に付けた水筒を愛に差し出した。愛はそれを受け取ると喉から音を立てて、水を飲んでいた。そしてやっと落ち着いたようで一言言い放った。
「あー、びっくりしたぁ!」
「悪い予感がすると思った。お前、もしかして……人が死ぬの見るのは、初めてか?」
無言で何度も頷く愛。そしてラインヴァルトは思った。彼女が「いかに幸せな世界で生きてきたのか」を。しかし、この場で隠れているわけにはいかない。ラインヴァルトは、引き続き立ち上がると、Ⅲ(ギーシャ)の国まで愛を連れて行こうと思い、改まって話を始めた。
「こうして落ち着いてる場合じゃないぞ。話を戻そうか。今、俺らがいるのは、この地図で言う、ここらへんだ。シャトリ山脈のⅡ(バンジ)の国側。つまり西の方だな。線路は崩れてしまったから……仕方ないな。これから歩こうか。険しい道だけど、歩いて行けない距離じゃないしな」
何事もなかったかのように、淡々と話を進めるラインヴァルト。その感覚に、愛はやや違和感を感じていたのだった。
「ちょ、ちょっと待って!あの山賊に殺されてしまった人達は……どうするの?」
しかし、ラインヴァルトは、悲しさといたたまれなさを入り混じらせて言った。
「お前に前も言ったよな、俺。この世界では、自分の身は自分で守れないといけないって。勿論、国境警備や軍人警官もいるんだけれど、主要都市以外は全くと言っていいほど機能してないんだよ。悲しいけど、世界中腐ってるのが現実なんだよ。お前はこの国に、いや、この世界に本来いちゃいけない人間なんだよ!」
「……そう言ってもさ、帰り方が分からないんだよ!どうしたらいいのよ!!」
取り乱す愛。しかしラインヴァルトは冷静に言った。
「だから探すんだろうが。……さ、日が暮れないうちに行くぞ。こんな所にいると、暗くなって遭難しちまう!」
そう言うとラインヴァルトは、東の方角目指してコンパスを持って歩きだした。愛は抑えきれない悲しみと失望感で複雑な表情をしていた。
**
さて、線路に残っていた山賊達は、乗客達から奪った金品などを分け合いながら、線路の上に胡坐(あぐら)を掻いて話していた。
「今回も大量だなぁ」
「うへへ、そうだなぁ。やっぱり、『王都レンダ』の人間は違うぜ」
「……お前ら、なーんか、大事なもの、取り逃しているんじゃないかぁ?」
「へ?これだけあれば十分だろ?今日のとこは」
「なんか、チラッと噂に聞いたんだけどよ……『月の涙(フル・ドローシャ)を持った異国人の女』が、この時間に汽車に乗るって話を俺は聞いたんだよな。そう言えば……見かけてないよなぁ」
「おい、馬鹿野郎!お前、それを早く言えよ!こうしてる場合じゃない!お前、何やってんだよ、そんなものよりも月の涙(フル・ドローシャ)の方が大事だろうが!!」
「へ?だって、この純金の指輪、結構いい値段がしますぜ?」
「馬鹿野郎!いいから立て!急げ。そして山をくまなく探せ!まだ、麓(ふもと)までは降りてないはずだからな!」
山賊は奮い立って、血眼になり、愛を探し始めた。ラインヴァルトと愛は、そうとは知らずに、Ⅲ(ギーシャ)の国の国境、ガロの谷の近くにまで、着き始めていたのだった――。
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