第Ⅶ夜 Bleiche Wangen, Lippen rot —Ach, du bist ja doch nicht meine,Und mein Lieb ist lange tot!

「かぼちゃっちゃっちゃ、カボチャッチャッチャ、じっくりことことカボチャのスープ〜。がぼちゃっちゃっちゃ、カボチャッチャッチャ、カボチャプリンに、カボチャのパイに〜、煮詰めて解かして、食べたいなぁ、食べたいなぁ、目の前に、あるの〜に、食べられないなんて、食べたいなぁ、食べたいなぁ、カボチャのスープ〜。がぼちゃっちゃっちゃ、カボチャッチャッチャ、がぼちゃっちゃっちゃ、カボチャッチャッチャ……」

 気だるそうに節をつけて歌うは白衣の男。その隣でイライラを隠し切れないのは、ワンピースに身を包んだ少女。

 頭にはカボチャをすっぽり被っている。

「うるさい、あー、うるさい!何遍その歌を歌ったら気がすむの!?」

「カボチャちゃんがカボチャスープになったらかなぁ。カボチャスープになりたくなる呪文……がぼちゃっちゃっちゃ……」

 男はなおも繰り返す。

「私はあなたに殺されないわよ!」

「お腹空いた……カボチャスープ食べたい……カボチャプリンでもパイでもいい、とにかく食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい食べたい」

「あー、もう!耳元で繰り返さないで!洗脳する気なの!?」

「洗脳?」

「なんなのよ!」

 何を言ってるんだとばかりに、ため息を吐く白衣の男。その顔は若い男にも幼い少年にも見える。年齢不詳の優男。

「……洗脳するなら、君を監禁して、手錠をして動けないようにして時折鞭を、時折救いを、交互に繰り返して僕のことをなんでも聞くようにするさ。それが洗脳っていうんだ」

「そういうことを聞きたいんじゃないのよ」

「そうかい?……それを僕はしたくて堪らないんだが?とてもとても我慢してるんだが?食べたい獲物を前にお預けを食らってるんだが?君がかぼちゃパイにしか見えないんだが?」

 カボチャ頭の少女は、その様子に呆れるばかり。

「まぁいいさ、こんなにお腹が空くのは久しぶりだ。全部君のせいだ。屋敷に捕まえておいた女をみんなみんな逃すからさ」

「だって、貴方が食べちゃうもの」

「地下牢に繋いでた子を全部逃しちゃって」

「酷い有様だったわ、貴方って本当に人間のことを家畜か何かだと思ってるの?」

「そりゃボクのご飯だもの」

 少女は信じられないとばかりに喚き散らす。

「だからって!」

 しかし、次の言葉を言う前に口を閉ざした。今まで優しい目をしていた男の目が、鋭く貫ぬくようなガラスの瞳をしていたからだ。

 なにか、地雷を踏み抜いただろうか。

「……君の口を塞げれば良かったのに。邪魔なカボチャ頭だ。口を塞いで布を噛ませて、手足を縛って閉じ込めておこうか。ここは僕の屋敷さぁ。まだまだ部屋はたくさんある。君が見ていない部屋もまだあるし、捉えた餌はまだいるのさぁ」

 振り下ろした腕を掴んで、少女はぎょっとしたような驚いた顔を見せる。男はそのまま立ち上がって腕を掴んだまま歩き出した。

「ちょっと!」

 足を動かさなければ引きづられるだけだ。

 少女は動かしたくない足を動かして、あとを追う。地雷を踏んだのだろうか。言い過ぎたのだろうか。……思い浮かぶ最悪のことが頭をよぎる。

「……ちょっと君には痛い目を見てもらうしかないみたいだ。ここが誰の屋敷で君がどんな立場なのか。ボクは君のなんなのか」

 男が案内した部屋は天井から鎖が垂れ下がっていた。

「ご主人様、なんて思わなくていいけどさぁ。君はちょっとボクを甘く見てるんじゃないのかい」

 飢えた獣のような瞳が冷たい視線を送る。

「食べるつもりはないよ、死んでしばらくした体なんて食えたものじゃない。だけれど、ボクに逆らうとどうなるかはたっぷり教え込んだほうがいいみたいだ」

 逃げようとしても、掴まれた腕はビクともしない。男が力を入れているようには思えない。

「なんでっ」

「あぁ、いいよ、カボチャちゃん。君をこの前殺さなかったのは、無抵抗に殺せと言う子を殺しても大して楽しくはないからさ。嫌だ嫌だと抵抗する子を殺すのは楽しいさ。自分が優位に立って、支配しているような気になるからね」

 男の声は優しい。

 子どもを諭す親のように優しい声なのだ。

「うん、たっぷり可愛がってあげるよ。もう二度とボクに逆らうなんて思いもしないくらいにね。ボクを「ご主人様」とこうべを垂れて付き従うくらいになったらさ」

 しかし、話す言葉は優しさのかけらもない。

「君に首輪をつけて、一生可愛がって飼ってあげてもいいさ」

 自分を調教するための、方法をただ淡々と話して聞かせるのだ。まるで料理をするかのように、順序を並べ説明する。

「まずはこの部屋、特別製でね、人間にはよく効くガスが充満してる。ボクには効かないんだけどね。幻聴、幻覚を起こすガスさ。瞼が重くなってきたと思う。君がすっかり寝てしまったら、天井からぶら下がっている鎖に君の両手を繋いでおく。この鎖は君の身長だと、君の足が少し浮くんだ。足のつま先がつくかつかないかの微妙なところで吊り上げる。そうすると両腕に負荷がかかってとっても痛いんだぁ。腕が千切れそうになると思うよ。足を頑張って伸ばせば腕は痛くないけど、その代わりに足が疲れる。さぁどっちを取る?その様子を眺めながらボクはお茶を飲むことにしよう。でも、ボクも酷い人じゃないよ。チャンスをあげる。君が「許してくださいごめんなさい」って言ったら、回数ごとに鎖を5センチずつ下ろしてあげよう」

 何か地雷を踏み抜いただろうか?

 それとも、ただ単に気が変わっただけなのか。少女は怒らせるようなことを言った、訳ではない。男の気が変わっただけだった。

 秋の空のように。

「なんっで……」

 意識が遠のく中で少女は聞く。カラカラと明るい男のその変わりやすい気分とやらを。

「ちょっと暇だし、ご飯食べずにイライラしてるから君を憂さ晴らしにおもちゃにしようかなっと。カボチャ頭が邪魔だから切断して顔を拝みたい……というのもあるなぁ。可愛い顔ならそのまま弄んであげるよ、綺麗なら愛でたい」

 本物のサイコパスというのは、この男のことを言うのだなと少女は遠のく意識の中で考えていた。

 もう、言葉は発せない。



「うん、完成っと」

 ごそごそと作業を終え、ふうと汗をかいて一仕事終えたような爽やかな顔をして一息。

「カボチャちゃん、ボク失念したことがあるんだ。カボチャ頭だと、腕が真上に上がらないだろう?だから腕を吊り上げることができないんだ。だから足を吊り上げることにしたんだけど、スカートが捲れちゃうだろう?」

 どうだ、紳士的だろう?と言わんばかりに胸を張って配慮したと宣言する。

 恍惚とした表情を闇の中で浮かべて、男は節をつけて歌う。窓から差し込む満月の光だけが、男を照らしている。地下牢の上にある小さい窓からしか、辺りを照らす光は無い。

「さてボクは、楽しい楽しい拷問を、今か今かと楽しみに、……されど、君は目を覚まさぬ、そればかりがボクの望み」


「さぁ、今宵満月の元で、ショーを始めよう。観客なんぞいやしない、けれど、最高のエンターテイメント」


「ボクが君を手に入れんがために」












「 Bleiche Wangen, Lippen rot —Ach, du bist ja doch nicht meine, Und mein Lieb ist lange tot! Hättest du nur nicht gesprochen Und so frech geblickt nach mir,」

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