第Ⅵ夜 Never think that war, no matter how necessary, nor how justified, is not a crime.

「は?」

 聞き間違いをしたのかと思った。

「嘘だろ?」

 目の前にいるのは、自分が手を下せばすぐに有無を言わせず殺すことが出来る食糧である。殺せば何も言わない。首を絞めるだけでその口は塞ぐことができる。

「嘘じゃないわ、貴方に人を食べさせないの」

「おいおい冗談だろう。ただでさえ君のせいでこの物語の方向性がぶれているのに、更に方向性の違いを進ませる気なのか?」

 解釈違いだ。

 そろそろ思われても仕方ないぞ。

「そんなこと関係ないわ」

「……絞めるか?」

「それは脅し?」

「僕は人間を食べる食人鬼なんだけど」

 カボチャの仮面の下、じっと見つめる瞳は、暗くて何色なのかは分からない。カボチャが重そうな以外は、普通の女の子なのである。

 伯爵が置いていったジャック・オ・ランタン。伯爵は怒るだろうが、僕は人間を食べないと生きていけないのである。

 それに、お兄様にお供えしないといけないし。

「そんなこと知らないわ」

 この正義感に溢れた少女はなおもこう続ける。

「しかし、確実なことがあるわ。人間が人を殺してしまうことが悪であるように、貴方が人間を食べるのも悪である」

 目の前の少女はなおも続ける。

「ならば、貴方がすることも悪じゃないの」

 何も知らない少女は恐ろしいものだ。

「なるほど。君の言い分は確かに正しい。人間の考えならば僕のすることは悪だろう。けれど、もし君が、吸血鬼だとしてね。君は自分が死ぬかもしれない時に人の血を飲まずに居られるのかい?それは人間的でない非道なことだろうが、自分はもう既に人ではない。君もおんなじさぁ、もう人間でないのに、人間の理屈に当てはめて良いことを言ったように思ってるだけ。親殺しは確かに八つ裂き刑になる非情な殺人だが、君がその親から虐待を受けていたとして、殺して周りが責めると思うのかい?」

「……っそれは」

「さぁ、どうなのかい」

 口籠った少女は、ふるふるカボチャ頭を震わせていた。所詮は幼い少女、僕と生きている時間が違う。

「まだ例はたんまりあるさ」

「でも私は……」

 僕の思う限り、規則を犯してない人間はいない。この少女にも一度や二度、やってはいけないことをしたことはあるはずだ。

 愚かな人間は、そんなことを考えずに、常に自分が正しいことをしていると思い込んでいる。嘘、偽り、ルールを破る、それは多過ぎて数え切れないくらいだ。

 エイプリルフールに嘘をついて楽しんだりするくせに、嘘はいかんと言う。

 誰かに迷惑をかけたことのない人間はいない。しかし、それが悪であるとは思わないだろう。何故ならばいちいちそれを病んでいては、すぐに精神を病んでしまうから。

 人間というものは都合のいい時に悪を正当化するものだ。殺しというものは、戦争においては正義である。殺せば殺すほどその人物は英雄になれる。

 平和な時代においてそれは悪であるだなんて、都合が良すぎるとは思わないか?

 あぁ、愚かな人間はそんなことに気付きはしないのか。

「暗殺を依頼されたアサシンは悪かい? 殺すのが民衆を痛みつけた悪党だとしても? 戦争を勝たせた将軍は悪かい? 何百人殺したっていうのに国に帰れば讃えられ凱旋する英雄さ。暴漢に襲われそうになった女性が必死で撃った拳銃で暴漢を殺したら、その女性は果たして悪なのかい? 犯罪者なのかい?」

 何が悪で何が善か、それは曖昧で線引きを明確にされているわけではない。場合によっては人を殺しても悪ではないのである。

「だから、人を食べないといけない僕が人を殺して食べようと、僕には何も罪はない」

 品行方正な真面目ちゃんなど、この世界には誰一人いない。そういうものがいるならば、何かエゲツない秘密を抱えているか、自分にはそれを言わないか、無知で自分に矛盾があることに気づいていないか。

 何か嫌なことをされた時に、君は他の誰かにその人の愚痴を言わないかい?見方を変えれば人の悪口を、自分に嫌なことをした悪人と正当化して愚痴るのだ。

 人生というものは、常に良いことだけではないのだから。

「さぁ、君の反論を聞こう」



 目の前のカボチャ頭の少女は、重そうな頭をブンブン振っていた。ジャックオランタンに頭の重さがあるのかは分からない。

 ただ、あとで実験してみる価値はありそうだ。

 おおよそ、考えているんだろう。僕への反論を搾り出すがいいさ。

「……愚かね」

 けれど、僕の予想は外れた。

「私が反論したところで貴方はねじ伏せに来るでしょう。貴方は反論をして受け入れる気はないのよ。結局は、色々御託を並べて自分が人間を殺すことを正当化してるだけなのよ」

「君は僕が思っていたよりも賢いみたいだ」

「……嬉しくないわ」

「伯爵が君をここにおいて帰ったこと、正解だったかもしれないな。僕は君に興味が湧いたよ。面白い。君くらいの子ならば、喚いて反論すると思っていた。それも見るのは面白いが、殺してどんな悲鳴を上げるのかの方が興味がある。その逆の君には、ここに置いて飼う方が面白い」

 カボチャ頭の少女はなんとも言えない顔を見せた。その表情はとても見えづらいものだった。

「……それって褒められてるの?」

「いや、褒めているというよりも、僕の感想だな。僕の独り言だ、気にしないでくれ」

 怪訝な顔をした少女はそれが予想してなかったことだったからか、しばらくの間固まったまま。

「貴方は自分の意見を突き通す気でいたのではないの?」

「それは君だよ」

 なおも少女は表情を強張らせたままだ。

「議論の場において、他人の意見を聞くつもりのない愚か者は確かにいる。しかし、その愚か者には何を言っても無駄なのだ。どんなに正論を言おうとその愚か者の耳には入らない。彼にとって、自分を咎めるものは自分を非難するもの、否定するもの。こちらが君の意見を聞こうとしても、君は僕が意見を突き通す者だと考えて辞めただろう。それは、第一に君が自分の意見を曲げる気がないからさ。勝手に自分の中の基準に従って僕を分かったようなふりをして見せただけなのさ」

 分かったようなふり、僕にはキツネにつままれ多様な顔にしか見えないけどね。

「まぁ、君は大人だった。けたたましく僕を口で非難しなかった分、良い子さ」

 少女は何を思っているのだろうか。非情な僕には分からない。理解出来ない。

「人間は豚や牛を食べることに抵抗は無いさ。僕も同じ、いちいち同情してはやってられない。悪だと知っている。けれど、感謝をして美味しく食べてあげようじゃないか。フォアグラにしたり、クリスマスケーキにしたり、チーズにしたり、僕はみんな美味しく食べたさ。人間と同じ。殺されたものに感謝をして食べるのさ」

 生きていくためには非情にならねばならないことがある。それが僕は人間を食べるということだったのさ。

「お分かりかい? カボチャちゃん」

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