第9話

食いついた。




深い森だ。〝ミミズク〝では補足しきれない。所詮は機獣。そこまで自由に意思疎通ができるわけでもない。とはいえ森の周囲は四方が広い草原地帯ステップだ。


少々泳がせてみても、そこを回遊させていれば問題ない。そも、カリヴァーンから逃げる事などそもそも不可能である。




ただ、カリヴァーンとしては少し意外な結果である事も事実であった。


そもそもが食いつけば重畳と言うだけの思い付きだ。


リオンはここに這いつくばっていると思ったのだ。奴はどうしても、そうしていなければならなかったはず。




「哀れな奴だ」




さて、釣られるのがあの絵の少女であれば最上。それでなくとも、あのリオンが自分の命を賭してでも隠したいもののはず。


しかしそれにしても、驚く。あの臆病リオンが。




「哀れ、哀れな」




逃げられはしないのに。木々の間から漏れる月明かりが、満面の星空が、やがて来る夜明けが全て我が兵だ。繋いだ首輪は決して緩いものではないと思ったが首輪で駄目なら、まあ。とりあえず手足の1・2本ほど斬り落とす事になるだろう。


気がかりなのは、一つ。カリヴァーンが属する組織で、くれぐれもと言い含められる言葉。




『忘れるな。リオン=アルファルドは──』




小さく極光は笑った。


望む所。”世界の危機”こそが、我が千七百年の待望である。


つー、と中空に指で線を引いた。その延長線上にある木々が切断され傾ぎ、倒れる。そして炎に包まれた。手始めに小さな世界が炎に呑まれていく。







ああ、何て恐ろしい奴だ。


アルトリウス公の傍らで政敵を次々と謀殺していたとは聞いていたが、話半分かと思っていた。では"敵味方問わず"カムランの丘を焼き尽くしたという逸話も真実だとみるべきか。




(……いや、そんなもの、もう)




小賢しく情報を整理しようとする思考を投げ出した。リオンはそのまま岩壁に背を預けて、そのままずるずると座り込む。いや、そのまま投げやりに寝転がった。




(痛い……)




ああ痛い。本当に痛い。


ただそれはいつの間にかひどく淡白な感覚になっていた。痛いぞすごく痛いぞと訴えてくる体の意思を頭が飽きて聞き流しているような。道中は痛みに喘ぐこともなく無心に、いや、何か考えていた。確か──。




(何、だっけ)




と言うかそもそもここはどこなんだ。


倒れ込んだ場所から、頭だけをずりずりと動かして辺りを見た。ぎぃ、ぎぃ、と無機質な軋音が耳の奥で聞こえる。


鬱陶しい眼帯が頭から外れた。”金と銀の糸で縫い付けられた瞼が露出する”。当然、その目では何も見る事はできない。


ならばとゆっくりと右目を回す。ああ、こちらも駄目だ。景色の色が半分違う。水晶体が放射線でやられたか。ごりごりと眼球が頭の中で擦れる音がする。




(ああ、ここは、あの場所か……)




いつかミコトと二人で来た大きな岩宿だった。一度は見ておきたいと思っていたから、自然と足が向いたのだろうか。暗く静かな場所だ。深く息を吸いこむと苔の匂いがする。。そうしていると痛みは甘い痺れに変わって、何とか立って歩くぐらいは出来そうだ。




「ジョータロ──……」




その姿を探そうとして思い出す。道中で壊して捨てたのだ。その残骸が落ちていても不思議じゃない場所に心当たりがあったから。ミコトは悲しむだろうが、憂いは無くなった。もう自分が出来る事も思いつかない。




(終わりか……)




"進行が止まらない"。きっと心臓が止まるまで続くだろう。


あんなに気を付けていたのに。着たくもない硬い革の服を常に着込んだ。食事の時でさえ手袋を外さなかった。羽虫にさえ怯えた。ミコトに触れたのだって今夜だけだ。


そんな努力が、一息で吹き飛んで消えた。




(ミコト……)




大丈夫だ。ジョータローは見つからぬように破棄した。あれならば彼女が"人形至上主義"の連中に追われる事はまずない。やれる事はやったはずだ。




「────……」




ミコトにしたってそうだ。ワルドの能力なら捕まる方が難しい。あの二人の元にいるのが一番いいのは最初から分かっていた事だ。




(よく、やったよ……)




自分で自分を褒めてやりたかった。動けるとは思わなかったのだ。ミコトの為にとはいえ、恐怖を飲み込んで、痛みを引きずって、自分の意思を通した。脆い心でツギハギの体で、よく、頑張った。少しだけ自分に誇りをもって死ぬ事が出来る。それだけで。




(良い、終わり方だ……)




ずっと願っていた。むしろ出来過ぎている。あんなに可愛らしくて、温かくて、優しい少女の為に死ねるのだ。




「……ああ、くそ」




──だと言うのに。


まだ、未練がましく誰かが心の奥で泣き喚ている。


想像してしまった。彼女と迎える何気ない朝を。紅茶を手に語らいながらの夜更かしを。共に跨ぐ季節の変わり目を。休日の無計画な散策を。そんな時間を、もう一度だけでもと。




(……悪いが、諦めてくれ)




泣き喚く自分がまるで切り離された別人のようで、寝付けない子供をあやす様に優しく語り掛けた。次第に泣き声は弱まっていく。


悔恨はほんの心の一欠片。優しく溶けて薄まって、波打っていたものが凪いでいって、眠気がやって来て、瞼が閉じて行って、その拍子に──。




「あぁ、結局、一人ぼっちか……」




そんなどうしようもなく情けない声と、涙が零れた。




──その、瞬間だった。




「リオン……?」




それは静かで弱々しい、震えた声だった。


困惑して、しかし。痺れて、奮えた。




「──何、で……」




瞬間移動が可能なのだ。ワルドは可能な限り遠くへ連れて行ったはずだ。




「どうして、どうやって……!?」




この短時間で戻って来るにはワルドを従わせるしかなく、それは奏を従わせるのと同義だ。


打ち倒しても、殺しても駄目。ただ、従わせる。あの二人を、だ。


そんな事が、出来る訳ないのに。


だけど確かに彼女がそこにいると、どこかで確信していた。




「来るな、ミコト」




何とか絞り出した声はミコトに負けず劣らずか細かったが、届きはしたようだ。一瞬だけ暗闇の向こう側で、気配の主が足を止めた。




「来ないでくれ……」




それから動きがないまま、一秒、二秒、三秒ほどが過ぎて、参ったとばかりにリオンは笑った。




「──などと言っても、君は、来るのだろうな」




暗闇の向こうで、ミコトがリオンと同じような顔で笑っているのが分かった。


ずり、ずり、ずり、とミコトは近寄って来る。その間に、何とかリオンも地面に転がった体勢から、壁を背に押し付け支えるようにして、何とか座った体勢に戻る。




そして、ほんの一メートルほどの距離にミコトが来た。その姿を見た。




挫いた足を引きずって、動かなくなった左腕を抱えて、顔の半分を出血で真っ赤にしているミコトを見た。




「ミコト……」




凄惨な怪我に思わず目を瞠り壁から背を離そうとするが、動けない。




「リオン……っ」




また同時にミコトもリオンの体の凄惨さに目を見開いていた。




顔の半分と、左の小指と薬指と、首筋とが”ブリキ”に浸食されている。彼女からはどう見えているのだろうか。


一瞬だけ足を止めたミコトは、すぐに歩みを再開して、リオンの目の前まで来ると膝をついてこちらに手を伸ばした。




人のものではなくなった部分に触れられる事に一瞬の恐怖を覚えるが、目を瞑り彼女に身を委ねた。




「いた。よかった、リオンだ……」




その声は安堵に満ちていて、こちらが泣きそうになる。


失望したのではないか。こんな化物染みた姿を気味が悪いとみられないだろうか。そんな不安があっさりと溶けていく。




おそるおそる、自分の頬にあるミコトの手を握って、頬から退けた。




「……すまなかった」


「え……?」


「私は、君の隣にいていいような人間ではなかった」


「そんな事ない」


「いや──」


「ない」




頑なな態度に思わず笑ってしまう。が、きちんと笑顔を作れなかった。ブリキに変わった頬が引っ掛かって、上手く表情を作れない。




「リオン、話して」




また、そこにミコトの手が伸びる。今度は顔も近い。黒曜色の瞳に吸い込まれそうになる。


話すとは何のことか、と聞き返す必要は無いだろう。リオンの体の事だ。




「言い訳がましくて、あまり話したくなかったんだが……」




リオンは左の小指で、右の眼球に触れた。こつん、とブリキとブリキがぶつかる音がした。




「以前、私の義足を見たのを覚えていると思うが、あれも元は人の足だった。後は鼻と喉もそうだ。この左目は、ちょっと違うが」




顔の右半分を覆っている眼帯を外す。瞼は出鱈目に糸で縫い付けられている。




「私の体は傷付いたら治らない。全て特殊な金属に変化する。ミコト、すまない。騙しているつもりはなかったが」




頭の底に違和感。誰かが虫が足掻くようなか細い音で何かを訴えてきている気がする。じわりとブリキ色の視界が広がって──。




「私はおそらく人間ではない」




自分でも驚くほど抵抗なくリオンはそう口にした







目を開けば網膜が焼けた。音が鳴れば耳の奥が貫かれた。




体を動かせば筋が引き千切られ、骨が擦れて、皮が捻じれた。痛い。動けない。目を開けられない。音が拾えない。怖い。痛い。苦しい。




このリオン=アルファルドが生まれて一か月の出来事はこれが全て。




呻きもがくだけのリオンに痺れを切らして、左足を切り落としたそいつはリオンの体の事を伝えた。憶えているのは絶叫として初めて耳にする自分の声と、潰れる喉の感触と異物感。針の穴に釘を打ち込むくらいに無茶な感覚。人間の脳では本来感じるはずのない感覚に吐き散らしながら、ブリキに侵された。




『お前の臆病さは備え付けられたものだ、取り除けはしない。だが、これで動けるな』




足と、喉と鼻と耳と、全身が少しずつ異物にすり替わっている。いや違うか。むしろその異物の方がしっくりと来る。それを証明するように、異物感は滲むように少しずつ広がった。とにかくそれで何とか動けるようにはなったのだ。痛みに慣れたのだろう。




『だが動くだけで、物を見るだけで体は傷付くものだ』




さながら癌細胞。確率で傷付いた細胞がある程度の確率で変化する。違うのは外傷などを受けた際には確実に変化する事。




『故に、その体はもう何年ももたない』




名前。年齢。体の事。世界の状況。なぜか知っている事がいくつかあって、知らない事もあった。男はそれを一つ一つ確かめるようにこちらを見ていた。




ただ一つだけ。視界一杯に満ち満ちているこの銀と金の糸はなんだ。


そう聞くと、初めて男は満足そうに口の端を曲げた。




『ちゃんと見えてるな。その左目は別だ。傷付くような物じゃなし。そもそも瞼が開きもしない。ただ、忘れちゃあいけない。それは──』




男は羨ましそうにリオンを眺めた。侵されていく人の体も、埋め込まれた真黒の眼球をも、嫉妬さえ混じった目で。




『絆を断つ、孤独の王の目だ』







「……リオン?」




すぅ、と意識が浮き上がった。




「あ……?」


「どうかしたの?」


「……いや、どこまで話しただろう」


「孤独の王の目ってカッコいいフレーズまでかな」


「かっこ良いか? かっこ悪いだろう」


「と言うより(笑)っていうか」




顔を掴んで頬を潰した。ふにゃふにゃと呻くミコトは珍妙だった。思わず頬を緩ませると、それに気づいたミコトも頬を潰されたまま器用に笑った。可愛らしい事だ。




「……君が笑うと、悩みがどうでもいいような気になって気持ちがいいよ」


「うんうん、まあそうだろうね」


「……全く」




何だかご機嫌な様子のミコトの頬から手を離す。その笑顔を見ているだけで心が軽くなる。


そんな事が自分にも起きるとは思わなかった。ミコトが無言で話の続きを促している。一呼吸おいて、口を開いた。




「この左目と、その他の体は全く発祥の違うものだ。そもそも眼窩に嵌っているだけで、これは眼球ではない」


「そうなの?」


「無関係というわけでもない。この〝眼球もどき〝は殊更異物で、使うだけで体が軋んだ」


「……使えるの? それで」


「目としては使えない。だが、毒が滲み出るように、こうして封をしても漏れてくる」


「絆を、断つ……?」


「そう。そういう毒だ。私も、ぼんやりとした事しか分からないんだが」




ありとあらゆる繋がりを断つ。誰かを孤立させる呪いの眼球。その気になれば認識する事さえ出来なくするこの眼は、魔術師と人形の契約を断ち切る程度の事は簡単にこなした。




「……すごいね。それは」


「そうかもしれないな」


「でも、無敵の力なんかじゃ、ないんだよね」




分かるよ、と言わんばかりにミコトは苦笑した。彼女もまたそういう力を持っていると話したのはつい先ほどの事。リオンがミコトの言わんとする事を読めるくらいには、彼女もリオンの言葉を読めるのだろう。




「何も無いものだと思っていた。あまりにその力の行使は容易くて、それこそ、体が少し軋む程度の違和感だったんだ。だから、気付かなかった」


「何に?」


「二つだ。二つの事に、私は気付く事が出来なかった。一つ目は、目を使う度、体のどこかが耐え切れずにブリキに変わっていた事」




たまたま、内臓だった。恐らくは腸の一部、腎臓と肺の片方ずつ。膵臓と胃と、そして恐らく脳の一部も。表面化している臓器で一番最初に変わったのは、最初に切断された足を除けば、鼻。




「きっと、こちらが”正しい手順”なのだろう。そういう風に作られた。怪我をして変化するのは副作用だ。その証拠にそれを避けるため、私には”怯える機構”が埋め込まれている」




体が傷付く事に極端な恐怖を感じる機構、それ以外の事を考えられなくなる機構。意志ではどうにもできない所で、それは働いている。




「何度も、何度も。色んな物を見捨てて逃げ出した。だけど、君だけはと、君とならばと思ったのに、私は結局……」


「……そっか。辛かったね、リオン」


「……辛い?」




ミコトの言葉に過去を振り返って考える。自然と埋められた右目に触れていた。




「……君は、契約を解除された人形がどうなるか知ってるか?」


「記憶が消える、だよね」


「正しくは記憶が消え、記録に変わる。過去に感情を伴わなくなるんだ」




ミコトが小難しそうな顔で首を傾げた。その仕草に心を癒されながら、話を続ける。




「彼等にも感情は存在する。主の敵に憤り、傷付けられて怒り、頼られて誇り──。でも、私にその絆を引き千切られれば、冷徹な目で主が死ぬ様を眺めていたよ」




異様な光景だった。棒立ちで主の死体を眺める彼等の姿は、ああ、人間ではないのだなと思わせて、恐怖すらあって、しかし何より──。




「哀れだと、思った」


「うん」


「しかし、続けた。脅しを跳ねのけるなんて、考えもしなかった。──そしてある日、鼻がブリキに置き換わった」




傷付いて変化したものではないからか、鼻がこそげ落ちた訳ではない。ただそこには足と同じように特別な絡繰りが合った。




「臭いを嗅ぎ分けられるようになった。便利だったよ、正直。感覚的だったものが全て数値化されたかのように正確だった」




自分だけに許された才能のように思った。いずれ来るかもしれない何かへの備えになるだろうと使い方を模索した。そんな時にふと、代わりに欠けてしまったものに気が付いた。




「──なあ、ミコト。好きな匂いってどういう感覚なんだ……?」




嫌な臭いと好きな匂いの垣根が消えていた。数値が並んでいるだけ。死体と花の匂いに覚える感情が同じになっていた。




「分からなくなるんだ。分からない事に気付く事さえ、ほとんど無くなって。分からなくなった事実も忘れていく。漠然とした恐怖だけが残っていて、そしてやっと気付いた。私が奪ってきた物がどういう物だったか」


「……辛かったね」


「──ッ」




彼女の声には力がある。また静かに言葉を遮られながらそう思った。


視線もそう。彼女の声や視線、体温でもいい。何かを感じていれば自然と心が落ち着いた。




「──違う!」




でも今はそれに抗うように奥歯を噛み締めた。




「……私が、これまで奪って来たものの正体を知って罪悪感に目覚めたとでも思ったか?」




リオンが人形達を残酷な手段で手にかけていた事で罪悪感に苛まれていると言うのなら、それはひどい勘違いだ。




「違うの?」




そんなに綺麗な理由だったらどんなに良かっただろう。喉から出てこようとしないそれを絞り出そうとすると、顔が卑屈な笑みを作った。




「──私も、ああいう風に、大切な物を忘れてしまうのかと。あんな哀れな存在なのかと、怖くなってしまっただけなんだ」




その瞬間から世界が全て薄氷のようにしか見えなくなった。焦燥にかられて逃げ出した。これ以上変質しないように。惨めな人形に近づかないように。




「リオン」




ミコトがリオンの頭を自分の胸に抱き寄せた。温かく、ゆっくりとした心音が聞こえる。


温かい言葉と、体温と、ゆっくりとした心拍が怖いほどに優しい。




「辛かったなどと、言えるわけがない……」


「……うん、そうだね。ごめん」


「幻滅したか?」


「ううん。でも、ホントに似てるかもしれないと思った。私達」


「……ああ、そうかもしれない」




一瞬だけ、沈黙があった。ミコトが小さく一度息を吸って、吐いて。それから、自嘲するように笑った。




「罰が、当たったのかなぁ……」


「罰……?」


「人をいっぱい殺して、それなのに、私は悪くないなんて言い張って、素知らぬ顔でご飯を食べて、お風呂に入って、好きな人もいて、望みも持って、そりゃあ、神様も怒るよね」


「ミコト……?」


「……だって、私は、許せないもの」




絞り出すようにミコトは言った。




「仕方なくなって、理由があったって、リオンを追い詰めた奴等を許せないもの」


また、そんな己を恥じるようにミコトは言った。


「なんで、なんで、こんな事になっちゃうんだろう……」


「……ああ」


「他に、どう出来たって言うんだ……」


「そうだな……」


「放っておいてくれたらよかったのに。そしたら、そしたらさ。誰も殺したりなんかしなかった」




きっとそうしたら、二人は出会ってはいなかったけれど、口を出すのは無粋だった。これは夢の話。もしかしたらあり得たかもしれない、ありえなかった話。




「ただリオンと一緒にご飯食べて、一緒の部屋で寝て、起きて。時々は旅をしたりして色んなものを見て、そしたらさ、きっと世界を好きになったりして」


「……そうだな」


「そしたらさ、ほら、世界を救ってたかも。仲間がいて、悪人を倒してさ。皆に感謝されたり、時々は悩んだりなんかもしてさ」


「ああ。私も力を貸す」


「ふふ。なら無敵だ。誰にだって負ける気がしない」




無意味な会話だった。だけど言わずにはいられなかった。




「世界を救ったらさ、その後は──」




きっとそんな未来もあったはずだから。その未来に至るための道はとっくに閉ざされているけれど。禁忌の少女は夢物語を語って、ガラクタの人形は誰より優しくそれを聞いた。




「あ」




耐え切れずに、遂に彼女は涙を零して、夢物語は途切れた。


俯いて、しかし彼女はまだ口を開く。




「……じゃあ、じゃあね、リオン」




少しだけ、ミコトの指先に力がこもった。ミコトはこちらを見ないまま、続けた。




「──私が、この世界を滅ぼす魔王になる、と言ったら、どうする?」




何気ない口調だった。きっとリオンの返答次第では、冗談だよ、と返せるように。


しかし確かに意を決してそう言ったのだろう。隠してはいたがミコトは震えていた。声も、腕も、心臓も、細い背中も、うなじの細い産毛も、睫毛も、その奥の瞳も、全て。




「それでも、リオンは──」


「ああ」




だからリオンの言葉にびくりと怯えるように反応した。機獣にも魔術師にも魔工人形にも立ち向かうこの少女が言葉一つに怯えているのが可愛らしくて、優しく指で髪を梳く。




「そうしようか」




──だから、間髪入れずにそう言ったリオンにミコトはひどく驚いてこちらを見て。本当に変な奴だなぁ、と呆れて笑ってくれた。


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