第13話
ミコトはじっと膝を抱えていた。
切り株だらけになった森の中。少しだけ地面が落ち窪んだ場所に入り込んで身を潜めている。驚くほどに無表情で、じっと虚空を見つめていた。ただ、背後で連続する轟音が聞こえる度に、白い肌に爪を喰いこませ奥歯を静かに軋ませる。
「ィーようっ、元気?」
一瞬で隣に人形が現れた。一応横目で確認して、予想通りだったのですぐに視線を戻した。こんな事が出来るのは知る限り一人だけだ。脱色させた髪の人形が、柄が悪そうな座り方でそこにいる。
「空気読めない奴はいらない……」
「そんな奴いんの?どこだよぶっ飛ばしてやる」
「空気読まない奴はもっと嫌い」
「分かる分かる」
ひひひ、とワルドは笑った。
「暗いなぁ、オイ」
「こんな所にいたら奏に怒られるよ、ワルド」
「ああまあ、そうなんだけどよ。煙草探しに行くって言ってんだけどさ。大変なんだぜ探すの……ってああ、空気読めてねぇのって俺か」
「そうだよ」
一際大きな音が辺りに響いた。爆発ではない。何かが崩れるような音だ、いや揺れている地面から察するに、おそらく奴が切り崩した地面が音を立てている。
「凄いぜ。調べて来たんだけどよ。ブリテン諸島ってあいつが消し飛ばしたんだってよ」
「リオンに聞いた……」
どさどさどさと何もない所から古臭い本が出てきた。ヨーロッパはほぼ壊滅しているしデジタル資料は機獣のせいで消失。おまけに現在世界は日本語以外見失っている状況だ。普通は読めないはずだが、この人形は暇さえあれば本を読み潰し語学を学んでいる。間違いはないだろう。
「まあこの光景見れば納得だけどな」
首を伸ばして地平線を眺めるワルドの視線に倣って、ミコトも視線を上げた。どこまで行っても何もない。木や森、集落とかいう次元ではなく、地面の起伏すらほとんどない。
見える景色は地平線までの荒野が続くだけ。どこまであの人形の究極機構は破壊の指を伸ばしたのか。おそらく成層圏辺りから見ても変化がありありと見えるほど。比喩でも何でもなくあの人形は独力で星を削ったのだ。
ふと大きく地面が揺れた。
それを最後に空気も地面も一斉に震えるのを止める。それが意味すると事は一つ。
「……時間だ」
「──なあ、ミコト」
立ち上がったミコトを、ワルドはしゃがんだまま呼び止めた。彼はじっと地面を見つめていた。
「あいつのさ、どこがそんなに良かったんだ?」
ぶん、と空間に穴の開く音がミコトの足を止めた。振り返ればワルドの目の前の景色が一部だけ変わっている。この事態だ。どこに繋がっているかは明白で、そしてその質問の答えを対価にしているのも分かった。
「分かんないよそんなの。リオンじゃなきゃ駄目だったのか、他の誰でも良かったのか。分かる訳ない」
「……そっか。ま、そりゃそうだな」
「──でもね」
ワルドはふとミコトに視線を戻していた。光につられる羽虫と同じ。眩しい物がそこにあったからだ。
「リオンだったんだ。あの時、そこに居てくれたのはリオンだったんだよ」
既にミコトは踏み出していた。ワルドの前を通り過ぎて、空間の穴に向かう。
「……意味わかんねぇよ」
ワルドは追いすがるようにそう呟く。そうするとミコトは足を緩めないまま、顔だけをこちらに向けて、そして。
「分からないだろうね」
やっぱり、自分だけの宝物をこっそり自慢するような、そんな眩しい表情で言うのだ。
「なあ、でもさ」
ミコトの背中に言葉を投げかける。というよりは、投げつけると言った風だった。返事を期待した訳じゃないからだ。眩しい物に目が引かれて、という風ではなかったがミコトもまた先程のワルドのように自然と振り返る。
「結構お似合いだよ、お前ら。勘だけどよ」
そう言うと、少しだけ気恥ずかしそうにミコトは笑っていた。
◆
都合6度目の暗闇がリオンを飲み込んだ。
1度目はミコトを庇い、2度目3度目4度目は辛くも回避して、5度目は左腕に掠らせ、そして続けざまの6度目は体勢の崩れた体で避けれるものではなかった。
リオンは右腕の糸を咄嗟にカリヴァーンに伸ばしたが、彼は糸が巻きついた己の腕を肩口から切断して対応した。リオンの抵抗を予期して、いつの間にか切れ目を入れていたらしい。思考という面においても負けていたのだろう。
全身に、無限に近い光子の突進を受けた。肉と肉、関節と骨、細胞と細胞、核と核、染色体と染色体、DNAの隙間、塩基と塩基の間にまで刃は差し込まれた。
攻撃の余波は大きく地面を抉って巨大なクレーターを作りリオンをその底に沈めた。
「……終わりか」
カリヴァーンは、千切れた己の腕を一瞥する。糸は解けているようだ。拾い上げて傷口に押し付ける。
大きく抉れたクレーターの底は光が届き切らぬほどに深く大きい。だが東の空は明るくなり、冷えた朝の光が漂い始めている。
穴の底に着くとカリヴァーンは傷口から手を離し大きく一度肩を回した。既に傷はない。彼は修復機能も一級品だった。流石に駄目になったジャケットを捨てると、少しだけ歩いて目の前に立った。
「人間を止めて人形に近づいて、そして人形からも離れていくな」
まさに糸の切れかけた人形だった。
膝は折れ、片腕は取れて、首はぎしぎしと軋んでいる。どこにどう力が入って立っているのか分からない。糸の切れた人形でないのなら、燃え尽きた焚き木だ。触ればそこから崩れて灰になりそうだ。しかし痛みも恐怖も感じぬガラスの目は、まだ何も変わらず透明な視線を真直ぐに伸ばしている。対して、カリヴァーンは言いしれぬ恐怖を感じ始めていた。
(大きな、手)
幻視する。見えない、空を覆いそうなほど大きな手だ。
それが穴の底に広がる暗闇に見え隠れしている気がしてならない。目の前の壊れかけた人形をなおも動かそうと糸を手繰る、巨大で真っ黒の手。
一瞬だけ躊躇したのは恐怖からではない
本当に破壊していいのか。リオン=アルファルドの事は知っているつもりだ。だが、いざこうして目の前に立ってみると、〝手〝はむしろリオンを壊させようとしているのではないかとすら思う。いつの間にか己にも操り糸が纏わりついているのではないかとさえ思えてくる。
しかし逡巡は一瞬である。これがパンドラの箱だろうと禁忌の果実だろうと構わない。地獄と絶望が世界を包むのなら、それは彼が最も望む事だ。
「──余所見か。カリヴァーン」
それは噴き上がる感情の奔流のような声だった。それが余りに目の前の姿と合っていなくて、一瞬鼻白む。そしてそのせいで、見るべきはこんな命消えかけのボロ人形ではないと、気付くのが遅れる。
「────……っ」
危機感と殺気と焦りが、事実確認より先に来た。突如強大な存在感が近くに現れた。
「──リオォおおおおおおン!」
だが、その声の主の到来は、カリヴァーンの想定の内。彼はリオンを正しく評価している。彼が命を賭けて守る存在ならば、間違いなくリオンを見捨てる人間性を持っていない。
だからこそリオンとの戦いに専念したし、事実その選択肢は正しかった。常に四方の光景を把握し、警戒の網を広げていた。
「付いてきて──!」
だからこそ警戒網の中に声の主が存在しない事に驚いて、一瞬の時間を奪われる。しかしたかが一瞬。四方でないのなら、答えはおおよそ一つ。
「──ああ、来いミコト……」
「:Blast!」
──それは遥か上空。
顔を上げた時には既に魔力の爆発に押し出された空気の壁が迫っている。笑止。空気など、彼の光の兵に比べれば牛のようにノロマで、ウドの様に鈍く無駄だらけ。
「来い」
弾き落として分解する。津波の様な空気の塊が、極光の残光を散らして消える。しかし逃れた一部が地面に衝突して、砂塵を纏い巻き返った。
想定内。直ちにその砂塵も一つ一つ切り刻んで霧散させる。もはやあの二人を生かそうなどと思っていない。
「時間切れだ」
そら、朝の光が満ちてきた。目ざとく隙を付こうとするリオンの羽根に軽く力を振るう。ビスケットのように容易く羽根は粉微塵。地面が割れ空気が裂けやはり砂塵が起こりたちどころにそれも分解される。
「──いいや、時間通りだ」
ブリキが軋む音に紛れる様な声だった。
リオンが地面を蹴る音と、カリヴァーンが振り向きざまに光刃を放ったのが同時。しかし、弱い。見れば、迫り来るリオンの姿は影の中。そしてカリヴァーンは朝日に背中を向けている。
(位相干渉、逆光か──!)
弱い。ゼロではないが、リオンの進行を止められない程度には弱い。
判断は一瞬。転がりながら横に飛ぶ。が、リオンもまた移動してカリヴァーンと朝陽が作る影の中から動かない。だが一瞬リオンは減速して、その一瞬で準備は終わっている。
「──究極技巧(アルテマアート)」
辺り一帯の光を捻じ曲げ平伏させ、一途に導く。朝陽は再び陰り、カリヴァーンの指さす方に光あり、破滅が訪れる。既に世界は光で満ちている。"先程までの様な情けない威力"ではない。その破壊の波はカザフスタンから中つ国との国境まで及ぶだろう。
──その一瞬前。丁度、上空から落ちてきた少女を、優しく羽で受け止めるリオンを見た。
二組の透明で純粋な目が、残光の様に暗闇に浮いている。
危険だ、とカリヴァーンは寒気と言うものを改めて自覚する。
だがカリヴァーンは臆するように作られていない。
だがカリヴァーンは怯むような造りではない。
だがカリヴァーンは躊躇うような機構は組み込まれていない。
ただ無感動に最強の己を振るうのみ。
──極光剣。
世界最高の一振りは顕れた瞬間、その延長線上500kmの何もかもを蒸発させた。
そして巨大な不可視の一振りが動く。
それが振るわれた瞬間、丁度一頭の狼が122km地点でカリヴァーンがいる方向を向いていた。一瞬の光を見たと脳が理解する前に蒸発して消えた。
全ての光景が凝縮された一瞬の視界。20km地点でも、81km地点でも、294km地点でも。
鳥が、猫が、人が、機獣が。一瞬のこの世ならざる光景に目を奪われながら絶命する。
光の剣に重さはない。
故に振り切るまでに懸かる時間は何気なく腕を振るう時間に等しい。一秒の半分の半分にも満たない時間で、山が丘が家が村が風が雲が光の中に呑まれて消えていく。
ただ、腕の振りも半ばという所で肘の辺りに下から衝撃が走った。
カザフスタンという国の半ばほどを削り取るはずだった究極の一振りは上空に逸れて、雲海の二つほどを掻き消す程度の結果に終わる。
(馬鹿な)
やがて闇が晴れ、カリヴァーンの腕を襲った衝撃の正体が露わになる。なんて事はない。足だ。下から腕を蹴りあげられただけ。
予想外だったのは、その足がおそらく女の物だった事。リオンは既に満足に動けない。故に少女が伸ばされたリオンの羽の上を渡ってきていた。
人間が放つ威力ではないと思ったが、なるほど。あの足は、確か。
「ああああああああああああああああああああああああ──!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおォ──!」
リオンが羽を使ってミコトの体をカリヴァーンの向こうに放り投げ、そしてミコトはカリヴァーンの背に魔術砲を叩き込んだ。
少なくないダメージがカリヴァーンに叩き込まれる。が、未だ致命ではない。相討ちだ。カリヴァーンもまたミコトを攻撃していた。攻撃のほとんどは相殺されている。
同時、ミコトの体は魔術の反動でカリヴァーンから遠ざかる。
カリヴァーンはその体に繋がっている糸に気付いた。
糸はリオンに繋がっていて、その体を少しだけ引っ張り上げていた。
──そして、リオンは最後の拳を握り込む。
だが、カリヴァーンは予想していた。リオン=アルファルドならば想定を超えてくると想定していた。故にカリヴァーンから奪う一瞬の時間がもう一つだけ足りていない。
ミコトの姿はカリヴァーンからは見えない。振り向く時間すらない。リオンを弾けばまた背後に残る砂塵の中に戻してしまう。それは致命に欠ける。故に狙ったのは二人を繋ぐか細い糸。冷静にそれを切断した。
「ぐ──っ」
リオンは為す術もなく失速する。
そのまま飛び込むはずが、一メートルほど前にリオンは止まった。その透明な視線は変わらず純粋にこちらを見据え、その足は前に進もうと力を貯め、その力の右手は決死の拳を握っていた。
ただ、折れそうなその膝は、こちらを見上げる視線は、処刑を前に首を垂れる敗者の物だ。
「見事だった」
確実に首を切り離す為、別れの言葉の分だけ力を貯める。背後ではリオンの名前を呼ぶ声と更に魔術を推進力に用いてこちらに戻ろうとする気配。間に合う訳もない。
──その一瞬、カリヴァーンはリオンの吊り上がった笑みを見た。それで判断が遅れた訳ではない。だが突如目の前に降ってきたそれに、思考は塗り替えられた。
「立って! 勝って! リオン!」
黒い金属の塊。
高度機器など存在するのも難しいこの時代に似つかわしくないそれは、フラッシュバン。閃光弾。あるいはスタングレネード。それは地面に一度バウンドした後、閃光を撒き散らした。
「ああ──!」
あらゆる景色が消え去ったのと同時、目の前の壊れかけた人形がもう一歩を踏み出して、ずっと握っていた拳を振り抜いた。
◆
ミコトはリオンに閃光弾が使えるかもしれないと聞いてはいた。気付いてくれ、こちらを見てくれと閃光弾を放った。使うならここだと、気付いてくれとリオンを見つめる。
信じるまでもなかった。そうでもしなければ勝てないのだから、そう動いた。
だからだろう。カリヴァーンは視界に入ったそれを見てから行動し、リオンは一歩踏み出しながら分かっているとでも言いたげに一瞬だけミコトを見た。
無機質な閃光弾による光の奔流は一瞬だったが、それは十秒ほどにも引き伸ばされて感じられた。拳が届くのと光が晴れるのがほぼ同時。届いた拳は出鱈目で、カリヴァーンの胸を貫いて、そのまま斜めにその体を引き千切った。どしゃりと、その体が地に落ちる。
地響きと轟音で彩られた戦いの最後としては、静かな決着だった。ばらばらとカリヴァーンの体から細かい部品と歯車が落ちていく。ミコトはそのすぐ近くに着地した。
「勝っ、た……?」
朝焼けが長い影を伸ばす。その影に隠れて、カリヴァーンの残骸はよく見えない。ああしかし、肌に突き刺さるようだった脅威はまるで無くなってしまっている。
ただそれでも恐怖がこびり付いて目は離せない。目を逸らした瞬間に首から上が無くなってもおかしくないのだ。だから、とん、と後ろから肩に手を置かれた時は変な声が出て飛び跳ねてしまった。
「ミコト。私は君に迎えに来てもらってばかりだな……」
「り、リオン。あいつは……っ」
「大丈夫。奴はもう何もできない」
リオンはそう言ってカリヴァーンの方を顎で指した。
「魔工人形はある程度破壊されると、自ら機能を停止させる。そして──」
ぼう、とカリヴァーンの胸の辺りから何かが浮かび上がった。幾つかの歯車が折り重なって出来た球体。温かい光を纏ってゆっくりと艶めかしく動くそれは、ああ、"心臓"だと誰に言われるまでもなく思わせるものだった。
「万が一にも壊されないための"命乞い"だ。あれを破壊する事で、"まっさら"な契約状態に戻る。誰でも簡単に契約できる状態だ」
「命乞い?」
「人形は主人の為に壊れ果てるまで働く事を求められる。それをきっと、"生みの親"は不憫に思ったのかもな」
誰でも契約が出来る。ああ確かにそうなれば破壊される事は少なくなるだろう。あともう少しの僅かな手間でこれほど強い手駒を手に入れられるのだ。でも、やはりそれも悲しい事じゃないかとミコトは思う。
「ミコト。カリヴァーンを」
「……うん」
二人が近づくと、カリヴァーンは視線だけをこちらに向けた。それだけでびくりと体が警戒する。
「……まさか、お前に終わらせられるとはな」
カリヴァーンは腕を広げて地面に転がったまま視線も動かさず口だけを動かして、近寄ってきたリオンにそう言った。
「二人か。なるほど、君達は正しく二人だったのか。それが勝因か」
羨ましいな、とカリヴァーンはどこか投げやりに言った。
一瞬の沈黙。カリヴァーンは空を仰いで何か思いに耽って、それからこちらに視線を戻し、口を開いた。
「頼む。助けてくれ」
「は……?」
ミコトは耳を疑った。誰がそれを口にしたのか分からなくて思わず周りを見渡す。誰も居ない。自分とリオンの他には目の前に一人──いや一体しかいない。
「頼む」
もう一度はっきりと口が動いて、カリヴァーンの口から命乞いが零れた。
彼は戦士の時代に生まれた物だ。短い時間にもその口ぶりや行動から高潔さや冷静さ、誇り高さが見て取れた。それが余りにも今放たれた言葉にそぐわなくて半ば放心する。
「知りたい事は何でも話す。今から君達の不利益になる事は一切しない。小間使いにでもなろう。だから──」
「カリヴァーン。無理だ」
対してリオンは驚く事もなく、否を付きつけた。これが"命乞い"の機能なのか──いや、それは人形たちが"命乞い"をしないから設けられた物。彼等が矜持も何もかなぐり捨てるのは決まって──。
「分かっている。そんな物は君達が私を掌握すれば全て手に入れられる物だ。だが必ず。必ず後悔させない何かを見つけて捧げる事を誓う。だから──」
「違うんだカリヴァーン。私達は君とはどうあっても相容れない」
何故なら私達はこの世界を滅ぼすつもりだからだ、とリオンは告げた。
今度はカリヴァーンの目が驚きに見開かれる。ゆっくりと震えながら顔を持ち上げ、ミコトを見る。すると、リオンの言葉が真実だとカリヴァーンは察したらしい。驚きから呆けた表情に変わって、ごとんと頭を落としてまた空を仰いだ。
「っく、っくははははは……っ、そうか、ははは、そうか──!」
己を奮い立たせるような笑い声だった。あまりに悲痛でその奥には狂気が露出している。
ばさりと土煙が舞った。それはカリヴァーンがこちらの目を潰そうと握った土だった。だがもはやほとんど機能していない彼の動作は弱々しく、少し埃が立っただけだ。
そして力無く笑いながら、カリヴァーンはもがく様にうつ伏せになると、ずるずると這いずりながら逃げていく。
「すまない。勝手な事を口走った」
「いや、それは構わないけど、あれは……」
「……伝承とは違いカリヴァーンとエクスカリバーは別の物ではない。カリヴァーンが湖に放棄されて、その後の蔑称が頭に"かつて"と言う意味の単語を付けた物だったらしい」
失語郷のせいでどこの言葉なのかも分からないが、とリオンは続ける。
「円卓などと言えば華やかで聞こえはいいが、その実は策謀蔓延るバイキング崩れ達の狭い世界でしかなかったそうだ。詳しくは知らないがな、歴史書や小説に小奇麗に書かれている人物ほど薄汚いものだと、以前カリヴァーンは零していた」
結果として、カリヴァーンは主から引き剥がされる事になった。度重なる裏切りは、アルトリウス公を疑心暗鬼にし、忠臣と逆賊の境を見失わせた。彼以外には味方など誰一人としていなかったのに、アルトリウス公は騙され謀られ脅されてカリヴァーンを放棄した。
そして、カリヴァーンの庇護が無くなった王はあっさりと死んだ。カムランの戦いなどと呼ばれる戦は、"かつて王の剣であった者"が晒された王の遺骸を見て蛮族も逆賊も円卓の騎士も全てを皆殺しにしただけの出来事だ。
「歴史書に書かれているのは残された者がそのあまりの薄汚さを諸国から隠そうとしたものだ。だがその一節に──」
「アーサー王は、ブリテンの危機に再び現れる……」
こくりとリオンは頷いた。静かにカリヴァーンを見据える。
「何故、こんな理性的な男がそんな物をと、私も思ったが」
「なら……」
「禁忌人形(ヴァンドール)なんて言うのは壊れた人形に過ぎないんだ。終わらせてやってくれ、どうか」
小さく頷いてミコトは立ち上がった。進み始めて一メートルもいかない所で腕が動かなくなったカリヴァーンには一秒足らずで追いついた。
「アルトリウス。どこだ……。早く、私はここだ……。アルトリウス、アルトリウス……っ」
視覚も聴覚も機能していないのか、近付いてきたこちらに反応を示さない。ただ主の名前を途切れ途切れに呼んで、どこに居るんだ、早く来てくれと叫んでいる。
「もう、おやすみ」
静かに背中側から浮き出て来ていた心臓を握り潰した。かさりと乾き切った木の葉の様な感触だった。
「──ああ、アルトリウス。そこに居たのか。遅かったな」
するりと抜け落ちるようにカリヴァーンから鬼気迫る様子が消えた。何も映らぬ瞳で虚空を見つめ、彼だけが聞こえる声を聞いている。
「世界の危機なんだ、強敵だよ。だが大丈夫、お前がいてくれるなら、私は負けない。今度こそお前を守ってみせるよ。だから今度は、二人きりで──」
きぃ、と軋むような音を最後に、カリヴァーンは機能を停止した。
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