第7話


こんな世界滅ぼしてしまいたい。


ミコトが口にしたその言葉が嘘ではない事だけは分かった。怒りからの言葉だった。どこか投げやりな言葉でもあった。


「君は、それを恥じるように言うんだな」


責めるような口調になってしまっただろうか、と言った後で気になった。


「世界を恨んでも仕方ないように思えるが」


今度は取り繕うような口調になった。言い方一つに苦心している事が伝わったのだろう。ふふ、とミコトは小さく肩を揺らした。お蔭でその小さな体から強張りが抜けたようだ。


「今も、世界中で誰かが死んでる。生きようとしながら、死んでる。ちょっと不幸だからってさ、そんな事できないよ。私は生きてるもの。お腹が空いていないもの」


文明が機獣に食い荒らされる時代だ。北米南米、アジア、欧州、アフリカ。ほぼ全ての国家が壊滅し、機能麻痺している状況だ。

確かに、彼女は世界で一番不幸なわけではない。


何事もなかったかのように彼女は立ち上がって、ベッドに乗り窓を開いた。鬱屈した空気が外に流れていく。


「それに、未来には希望がある」


くるりと月夜を背にしてミコトは言った。小奇麗な言葉だ。世界を滅ぼしたいと言った同じ人間の言葉とは思えない。


「ほらだって、明日には、世界は変わっているかもしれないし。知らない内にあいつ等は壊滅して、だからあの刺客が最後で、あとは平和な日が続くかもしれないし」

「おいおい」


つられるようにリオンは笑った。ミコトも曖昧な表情ではあったが笑っていたからだ。

その頬に涙が伝なければきっと誤魔化されていただろう。一瞬遅れてミコトは涙に気づいて、慌てて拭う。


「……ミコト」


表情を隠すように背中を向けようとしたミコトの手を思わず掴んだ。月の光で陰って見えない彼女を優しく引きずり出す。ぽたぽたと彼女から流れ落ちた雫がシーツに染みを作る。


「ちが、違うんだ、ごめん……」

「違わない。言ってくれ」


ミコトは手を振りほどこうとするが、頑として離さなかった。徐々に、徐々に彼女の抵抗は弱くなっていった。


「……君の」


そうすると、ミコトが脆い何かで咄嗟に蓋をして封じたそれが顔を出した。


「……君の、せいじゃないか……っ」

「え?」

「私が明日に楽しい事があるかもしれないなんて思ったのは、君が来たせいだ」

「……随分な、言い掛かりだ」

「違う、違うよ。君のせいだ」


彼女はよく笑った。でも泣きも怒りもしなかった。よく知っている。それは怖がっている人間の特徴だ。


「一人だけの体温に肌寒さを感じるんだ、物を食べる時、虚しい食器の音がきっと前より寂しい。前は平気だったのに、今はもう……」

「……直に慣れるさ」

「無理だよ。だって……」


単純に、ミコトはもう限界だった。些細な事で感情が吹き零れてしまうほどに。だから、治まったように見えても、ほんの少し揺れるだけで零れてしまう。


「私は、だって。どこに逃げてもきっと、また、君に……っ」


憤りながら、寂しがりながら、悔やみながら、恥じながら。ぽたぽたと伏せた顔から水滴が落ちていく。酷い嗚咽が混じり始め、うまく、言葉にならなくなり始めていた。


「君に……!」

「ミコト」


それでも何とか伝えようとするミコトの頭に手を置いて言葉を遮った。きょとんとした顔のミコトがこちらを向く。その瞬間に両側から顔を捕まえて、無理矢理視線を固定させる。真っ赤な鼻と目尻に首筋、それに両側から潰された頬があまりに不細工でちょっと笑った。


「私もそうだ。きっと逃げた先、町々で私もミコトの姿を探してしまう。また偶然が君を運んで来てくれないかと」


一瞬の沈黙の後。ずび、と恥も外聞もなくミコトは鼻をすすりあげた。


「……なんでわかるの?」

「ん?」

「私が考えている事」

「君も分かるよ。私の考えている事が」

「似ている、から……?」

「そうだ」

「……そんな訳ない」

「本当だ」

「……何か、心理を読む変な技とか。リオンの事だから」

「いいや。本当に色んなものが似ているんだ。境遇や過去も、多分後悔なんかも」


き、と強くミコトはこちらを見据えた。

バカな言葉を否定してやろうと言う気概が見える。あまりに馬鹿らしく思うのか、下手な慰めの言葉だと思われているのか、嘲るように口元が曲がる。


「じゃあ……、じゃあ君も何かから逃げているって言うの?」

「ああ。彼等に名前はないがな。君になぞらえるなら"人形至上主義"の奴等だ」


つらりと言った言葉に一瞬ミコトは鼻白む。

"そんなの聞いた事もない"とミコトは呟き、"そうだろうな"とリオンは返した。適当にあしらわれているように感じたのか、む、と額に皺を寄せる。


「君も、人を殺しても何とも思わないって……?」

「顔も名前も数も覚えていない」

「じゃあ君も、笑っている人が憎くなるの……?」

「ああ、大嫌いだね。私より幸福な人間も、自分が惨めなようで。不幸な人間も、自分の弱さが際立つようで。情けなくて、自分が一番憎くなるがな」

「嘘吐き、君はそんなに弱くないじゃないか……!」

「私も、君は強い人だと思ってたよ」


じゃあ、じゃあ、とミコトは尻すぼみに言葉を小さく萎ませて、最後にまた俯いて鼻をすすった。


「──じゃあ」

「ああ」

「じゃあ、さ……」


しと、しと、とミコトが硬く握った拳に水滴が落ちた。その上から強くその手を握る。大きく目を見開いてから、くしゃりとミコトは表情を崩した。


「リオンも、まだ、私と一緒にいたいって思ってるの……?」

「そうだよ」


──言ってしまってから、言ってしまったなと思って、言えるのだなとも思って、なら仕方がないかと、覚悟のようなものを決めた。

ミコトが鼻をすすると、ぽたぽたと、リオンの手袋の上に涙が落ちた。


「ほ、ホントに……?」

「本当に」


ミコトは俯くようにしてこちらに頭を預け、そのままリオンの体に手を回した。ぎゅ、と強く服を握って引き寄せられる。

耳と鼻の頭と、それに目尻までも赤くなっている。女子らしくない音を立てて鼻をすする。


「ミコト」


彼女は世界の亀裂のようなもの。彼女を境にして世界は容易く割れる。口だけの優男が何かできる問題ではない。守れもしないし救えもしない。彼女の心を少しでも、とそう思う。


「私はな、本当は見栄っ張りな嘘吐きで怖がりで、弱虫なんだ。本当に嫌になるくらいに」

「……ふふ、知ってる」

「それでまあ、何だ。それでも良ければだが」


きっと、彼女を守る事においては奏達より数段劣り、彼女の望みを全て叶えてやる事もできない。きっと本当の意味で彼女を救う事も出来ないだろう。


彼女に人殺しの才能が無いなど嘘だ。

窒息しそうな濃度の魔力にそこからなる異常な威力の魔術、兵器を生み出す《神の指先》の能力に、麻痺した死生観、そして破滅願望。死神が誤って人として生まれたのかと思うほど、彼女は死を自在に操るだろう。


そんなミコトを、きっとリオンはちっぽけな少女のまま死なせてしまう。

しかし、それでもいいと言ってくれるのなら。


「一緒に逃げようか。世界の果てまで、二人きりで」


不思議となんの気負いもなく、それを口にする事が出来た。


「──うん」


その時のミコトの声と表情があまりに色鮮やかで言葉に詰まった。

喜色一面ではない。

リオンが、そうしたように、彼女も幾つかを諦めて寂しげで。でも、明日も続く二人きりに喜んでくれていて、ああでも、多分そのすぐ奥にある現実に、悲しげで。

それでもいいよと微笑む彼女は、慈愛に満ちていて、刹那的で、本当に美しかった。


「リオン?」

「まあ、巻き込むのはお互い様という事で。死んでも恨みっこなしだが」


お茶らけた言葉で雰囲気を濁した。ただまあ、我に返る事も出来た。肩の力が抜けたのが伝染したのか、ミコトもふにゃりと笑う。


「あ」

「ん?」


ミコトがふにゃふにゃとした笑みを引っ込めた。おずおずとこちらを見上げる顔には何だかバツが悪そうな感情が伺える。


「ね、少し聞きたいんだけど、いいかな……?」

「ん?」

「じ、実はね、リオンにも従属の契約を結んでたんだけどさ」

「んん?」


言葉の意味が上手く理解できずに、数秒固まった。


「あれ。人間を支配するやつ」

「なにぃ!?」

「ご、ごめん。で、でもしょうがないじゃないか。最初はどこの誰だかも分からないし。それに私に危害を加えないようにって暗示だけだしさ、それに……」


じ、とミコトはこちらを覗き込む。リオンの瞳の奥に何かを探すような視線だった。


「私、リオンは支配できてない気がするんだ」

「自分でも君に支配されている気はしないな」


道理で危機感もなく若い男を招き入れる訳だ。最大の謎が解けた。


「そう、なんだ……」


ミコトはじーっとこちらを覗き込んでいたが、やがて込み上げるように微笑んだ。


「なんだ、それは嬉しい事なのか?」

「うん。そうだね」


その心中を詳しく理解する事こそ出来なかったが、くすぐったいような嬉しさが伝播してリオンも笑う。


「リオン、色んな所に行こうね」

「ん? ああ」

「色んな景色を見て、色んな人と会って、色んな物を食べたいな」

「それだけでいいのか?」

「十分贅沢なんだけど。……ああ、そうだ。一応確かめとこうかな」

「何を?」

「君が私の契約下にあるかどうか。確かめる方法があるから、やっておこうか」

「どうするんだ?」

「簡単だよ。私が言う事の反対の事をしてほしい。まず──」


まずミコトは大きく手を広げるように言った。反対なので小さく腕を組む。右を向いてと言われたので左を向いて、手を閉じてとの指示に拳を作り、振り返ってと言われたので前を見て、目いっぱい目を見開いてと言われて、軽く目を閉じる。


「……やーい」


唇に暖かい感触がした。目を開けると、一瞬だけ触れるように口付けをしたらしいミコトが得意そうにはにかんでいた。


「……おーい」

「あ、い、嫌だった?」

「嫌じゃないがな、その、……いきなりだと照れるだろう」

「て、照れるって……」


口にしたのが自覚を促したのか、かーっとミコトの顔が茹で上がった。そして相手が取り乱せばもう一方は落ち着くもので、自然とミコトの頭を撫でる。一人だけ冷静になったのが気に食わないのか、耳まで赤くしたミコトがこちらを睨むのでさっさと手を離す。


「……待って。まだ、終わってない」

「は?」

「リオンからは、駄目だからね」

「あ、ああ。分かった」

「そ、そうじゃなくて……っ」


今にも唸り出しそうなほど、ミコトはやきもきと落ち着かない。

何か言おうと口を開いては閉じてを繰り返して、そしてやはりどうしようもなかったのか、こちらを涙目で見上げてきた。

流石にそこまでにはミコトの言葉の意味も理解していたので、両頬に手を添えてこちらから唇を重ねた。

ミコトは一瞬だけ驚きに目を瞬いていたが、やがてまたいっそう頬を染めて、目を閉じた。一度離れて、今度はもう一度ミコトが顔を寄せて来て、唇で触れ合う。


「……一緒にいてね。できればずっと」

「ああ」

「死が二人を分かつまで、になると思うけど」

「分かってるさ」


それはきっと一年、半年、一か月、一週間、三日、いや。恐らくその程度すらも無い。あっという間に終わりは来る。

終わらせるのはミコトを狙う敵か。リオンを狙う宿命か。ああ、あの恐ろしい二人組かもしれないし、そこらにいる機獣かも。

か細い旅路は、きっとすぐに途切れる。後悔はないだろうか。分からない。正しかっただろうか。分からない。


『──警告。敵性反応です。登録個体に該当。登録番号0004"極光"』


だって、信じてもいない夢物語を語る時間さえ、世界は与えてくれなかった。



「……敵性反応?残党かな」


最初に反応したのはミコトだった。赤色に明滅するリズを指でつついてこちらを見る。


「な──」


対してリオンは、その言葉が示す意味に思考を消し飛ばされていた。しかしそれも一瞬。戦慄く唇をぎ、と噛み締める。窓を開け放ち、外に飛び出た。一見何の変哲もない空と森を睨むように観察する。


「──リズ!もう一度探査をやり直せ!今すぐだ!」

「り、リオン……?」


ぱたぱたとミコトが慌てて靴と上着代わりの白衣を身に付けながら駆け寄ってくる。


「すまない、黙っていてくれ……!」


ありえない事だった。確かに"極光"は追っ手に向いてはいるだろう。だが"あれ"は他もこなせる。大規模戦闘も、暗殺も、殲滅も、密偵もだ。リオンを追うよりももっと困難な任についているはず。


『探査完了。登録個体0004"極光"。敵性反応です』

「──馬鹿なっ、なんでこんな所にッ!」


カザフスタンの首都部ならばともかく、奥地の過疎地域だ。文明が機獣に変わる今は、機械は奴等の目だと言っていい。それ等を避けて移動したのが逆に捜査範囲を縮めたか──。


「……リオン!」

「──っ、ミコト」


ぎゅ、と皮手袋越しにミコトがリオンの手を引いた。その顔を見て一瞬驚いた後、我に返る。


(落ち着け。大丈夫だ……)


さっきの魔術師達でさえ、村人に聞き込み探査に始まり、この結界の攻略に時間をかけたはずだ。"あれ"はとても恐ろしいものだが、魔術師ではない。


反応は村の入口。結界には穴が空いているが、あれも近づかなければ相当に気付きづらい。大丈夫、ゆっくりと反対側から逃げればいい。回避するのはそう難しくはない。

──キン、と甲高い音。次の瞬間だ、光の束が上空を横断した。


「──ッ」


思わず目を腕で庇い、その隙間から空を見る。


──束などと言う可愛いものではなかった。天蓋のように光は周辺一帯の空を覆い尽くしている。そして、それが通り過ぎた後。上半分を卵の殻ように削り取られた結界が、現実の空を露わにした。


「極光……」


極光(オーロラ)が揺れている。それも北極や南極で見られるカーテン状の美しいものではない。渦を巻きながら先程の光に追随して、すぐに消える。当たり前だ。こんな低い高度でオーロラなど普通起こり得ない。しかし故にこそ、それは"極光"の存在を教えている。


そしてまた、この結界の存在が既に看破されている事も間違いないだろう。心当たりはある。奴はこの"類の物"に敏感であるはずだ。加えて言えば、奴の攻撃が"見えるはずもない〝。ならば、“見せた”のだ。


「リオン……?一体……」

「今度は、"私の敵"だ……」

「え」


"人形至上主義"の?と聞くミコトに頷きで返した。ミコトの手を引き、木の影に隠れる。強い光の下は駄目だ。容易く見つかってしまう。


「くそ、何でこんな所にあいつが……!」

「そんなに怖い人なの……?」


ミコトの言葉に、小さく首を振る。


「……人じゃない。魔工人形(アンティーク)だ」

「え?だから、それは魔術師が操って」

「操られていない。奴等は主を持たない人形だ」

「……それは、有り得る事なの?」


いや、とまた首を振った。道具は一人でに動いてはならない。例えば車。例えば掃除機。銃、ミサイル。PC。それ等が勝手に意思を持つ事など、人類はきっと許さない。


「ありえない。そんな事が可能だと知れれば、人形なんてものは全て廃棄されるだろう」

「じゃあ、どうして」

「さてな。何か絡繰りはあるんだろうが、何千年以上前から奴等はそうやって同胞を増やしている」


早口で捲し立てるように説明する。とにかく時間がない。


「ミコト。ワルド達を呼──」


あの二人を加勢に回せないか、敵同士をぶつけられないか。それでなくてもミコトを。考えを巡らせながら、ミコトの方に顔を向けた。──むぎゅ、と温かい感触がリオンの頬を両側から挟んだ。


「逃げよう」


ミコトは笑っていた。楽しい事は始まったばかりだとばかりに、その顔に悲壮感はない。


「……ああ」


ミコトに負けじと、不敵な笑みを浮かべてみせた。それを見てミコトは可笑しそうに声を漏らす。ぐい、と今度は両手でリオンの手を取って、ミコトは歩き出した。すいすいと鬱蒼とした森をすり抜けて行く。


「おいおい。このまま行くのか」

「あれだね。やっぱり身一つって言うのがロマンチックだよね」

「……まあ、うん」

「……言いたい事があるならどうぞ」

「ヒキニートが言うロマンは涙を誘うぞ」

「……ひ、人妻だからセーフです」


じとり、とミコトがこちらを睨む。せっかく人が楽しもうとしているのにと言いたげだ。


(……楽しむ、か)


きっと終わりは近い。あてどのない。終わりのない。短い旅路。だけど一人ではない。


「ふむ、ロマンチックがお望みかね、そこな人妻マエストロよ」

「その二つを引っ付けるのは止めて」

「人妻エストロよ」

「うるさいよ」


苦笑しながら、そうごちるミコトの手を一度解いて握り返した。小さく、お互いに震えていた。顔を上げれば森の中。進む先はずっと濃霧の様な暗がりが続いている。


「ミコト」

「うん」

「一緒に逃げよう。世界の果てまで」

「うん」



──がちり、と音がした。


いや、正しくは重なった。


一つは、リオンのどこか深い所で歯車が動いた音だった。

一つは、木の間の闇から伸びた腕がリオンのこめかみに銃口を押し当てた音だった。

一つは、その銃が引き金を引いた音だった。


「ああ、お前はやっぱり人形だなぁ」


気付けばリオンはその場から飛び退きナイフを構えていた。銃弾を避け、ナイフで牽制しながら、──ミコトの手を振りほどいて。


「責めやしねぇよ。哀れな奴」


冒涜的な色の金髪が揺れている。


「じゃあな」


それは一瞬だった。飛び退いたばかりのリオンは一歩踏み出す事も出来なかったし、声も発せなかった。言い訳も、名前を呼ぶ事も。


残像のように残るのは、手を振り解かれて愕然とする少女と、二度目の空間跳躍を行って少女の背後に立つ男。少女の肩に置かれた手。舞う白い散り花と。


「ぁ……」


連れ去られた。一瞬の事で整理が付かなかったが、残像と手から消えた温もりと、一人ぼっちの静けさと底冷えが事実を付きつける。


「リオン」


泣く暇も悔やむ隙も、絶望する時間も怒りに任せ己の喉を裂く猶予もなかった。


残像と夜闇の間で紫煙のように、"極光"が揺れている。ぽつりと立つそれを、リオンはただ呆然と見つめていた。


ふー、とそいつは口から紫煙を吐いた。いや違う。それもまた彼の力がもたらす極光だ。


「妙な所で会うものだな」


不快の闇の中、彼の姿は浮かび上がった。ぼさぼさで癖のある茶髪に、無精髭。そのくせ、首から下は真黒なスーツにベストにネクタイ。何とか闇に紛れたいんだと以前彼は言っていたが、とてもじゃないがその威容は隠せない。


「自然が作った魔法空間か。幻想的で静かで美しく、臭くて気色が悪いな。嫌な場所を思い出す」


足元から、風に舞う土煙のように。冬の日の白息のように、または紫煙のように。無遠慮にこちらに歩み寄る、その体からも残像のように。ほんの少し赤い極光が漏れている。


「なぜ、ここに……っ」


憶えている。忘れるはずもない。こんな仄かな灯火が、肉も鉄も命も大地も国も全て切り刻む刃に化す。ああ、いつか見た焦土の匂いがする。


「エクス、カリバ──……」

「おい」


低い、唸るような声だった。


「その名前で俺を呼ぶな」


音もなく、光もなく。ただ辺り一帯がすべて吹き飛んだ。

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