I'm not isolate

「……メリー、あなたほどの人が何故、こんな事をしでかしたの」

「あなたほどの、か。

そう、皆私の事なんか忘れてしまう。

夢から醒めたら、ここでの事は忘れてしまうわ。私の事も、ここで起きた事も、ね。

だから先に言っておくわ、私はあなたの言う通りメリー・ドラクーニ。

そして……夢を司る妖怪・バク


ごう、と一頻ひとしきり強い風が吹いて、遠く山から真っ黒な雲がやって来る。


「夢の中でなら、私は何にでもなれる。何だってできる。人を夢中にさせる事も、その人の命を奪う事も」


どうせ夢だから現実じゃ何も起こらないけれどね、と彼女は諦めた様にわらう。


「だから夢の時間は終わり。皆起きなさい」


ふら、と眠っていた人達が一斉に起きた。

その目に、意識は感じられない。


「そこの二人に、悪夢を」

「待て!!」


ビルの上から声がした。


「呼びつけておいて正解っスね」

「……え?」


新澤の目が光る。まるでこの時をずっと待っていたかの様に、ギラギラと。


メリー・ドラクーニ。

多くの罪状で逮捕状が出ている。夢の中と言え、お前はもう逃げられんぞ」


ビル上の声がヒュッと地面に降り立つ。

濡れ羽色の羽がハラリと舞い、その男はメリーに言った。


「烏天狗の、この俺からはな」



警視庁怪事件捜査課、通称【カラス】。

そのエースであるこの男・昏先くらま蒼羽そうは羽をひらひらと舞わせながら、メリーに歩み寄って言う。


「お前は数多くの罪を犯した。自覚は……あるな?」

「ええ……そして今だって、罪を重ねようとしていたわ」


手帳を開いて、昏先は続けた。


「まず、対妖怪の精神攻撃。主にくすぐりなどだが……何人か後遺症を訴えている。

『あのくすぐりが忘れられない』とか、『あの3分間は悪夢だった』とかとか」


……え?

結夢は思ってもみない追及の方向に唖然とする。


「人間に対して、過度な恐怖心を煽る行為。

これは現行犯だから、言い逃れは無しだぞ」

「怯える顔を見るのが癖になって、つい……」


何だろう、昏先が言う罪状では、人間の警察では罪刑を法定出来ないと思うのだが。


「さて、お宅さん前科何犯だっけか?」

「35犯です……」

「はい、んじゃあ禁錮300年な」

「たった300年で良いんですか!?」


……とても人間のスケールじゃない話だ。

300年をたったと言えるのだから妖怪って怖い。

しかも前科多いんじゃないか、いや妖怪の感覚で言えばむしろ少ないのか……?


結夢はせっかく十数年かけて固めた常識を、突拍子もなくガチャガチャ撹拌かくはんされた気分だった。


「……さて、メリー・ドラクーニ。お前には刑務所ムショの方から既に情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地ありとの判断が出てる。だからやり残した事があるなら犯罪行為じゃなければ、一つだけやっても良いがどうする?」


「……じゃああなたが決めて?驚かせてしまったせめてもの償いよ」


おいおいちょっと待て。結夢はまだ頭の整理が付かなかった。だがその瞬間ふと、結夢がここに来る前に願った事がある事を思い出した。


「……じゃあプレゼント交換したい、かな」



こうして結夢、新澤、螭子、化猫、メリー、そして何故か昏先も混ざってプレゼント交換をする事になった。


結夢「皆プレゼントは用意しましたね?それじゃあ同じ大きさの箱に詰めて……。

一人ひとり順番に、皆から見えない様にシャッフルして下さい。メリーさんからはじめて、最期に私が混ぜます。

そして混ざったのを各自選んで受け取る」


螭子「受け取る順番はどうすんの?」


昏先「それも決めるのか。面倒だから五十音順で良いんじゃないか?」


結夢「……私が最初ですね」



各自プレゼントを混ぜ切り、最早どれが誰のプレゼントかも分からなくなった。

結夢は適当に選んで取る。

他の皆も適当に取った。

探偵さんは『名無しだから』と最後の一つを選んだ。残り物には福があるのだろうか。


「それじゃあ……一斉に開いて下さい」


かく言う結夢も、誰の何がプレゼントされるのかとドキドキしながら箱を開いた。


中には小さなクリスマスツリーが入っていた。

この雰囲気からするに、螭子さんだろうか。


「あ、結夢。それは私からのだ」


なんと探偵さんからのプレゼントだった。

センスを感じる。


「可愛いから部屋に飾りますね」

「ああ。そうしてくれると嬉しいよ」


他のプレゼントは以下の通りである。


結夢の手編みマフラーはメリーに。

メリーの腕時計は探偵さんに。

螭子さんの高級バニラエッセンスは新澤さんに。

新澤さんのサンタコスチュームは昏先に。

昏先の宇治抹茶は螭子さんに届いた。


「はぁ、楽しかった!もう思い残す事も無いわ。皆元いた現実に返してあげる」


メリーは突然そんな事を言った。

プレゼントを名残惜しそうに見つめて、何処か寂しそうである。


「私で良ければ……毎晩は流石に大変かもですけど、夢の中で会いませんか」


突然口を突いて出た言葉に結夢本人も驚く。

まさか自分がそんな事を言うとは、全く思っても見なかったのだ。


「……良いの?」

「独りぼっちって寂しいじゃないですか。

私にも出来る事って、その位しかないですけど」

「結夢…………私の事、夢から醒めたら忘れるのよ?あなたほどの子が、そんな事も覚えられないの?」

「いいえメリー、忘れないわ。

少しだけだったけど楽しい時間だったでしょう?その時間を一緒に過ごした友達を、忘れるはずないじゃない」


メリーはそれを聞くと頬を赤く染めあげて泣いた。

結夢の胸に飛びついて腕の中で咽び泣いた。


「……夢で待ってるわ、結夢」

「それじゃあ……メリー・ドラクーニ。

午後……いや現実時間だと午前だな。

11時43分、恐怖扇動罪で現行犯逮捕な」


と、昏先が手錠を掛けた途端、東京の街が大きく揺れ始めた。


「やべ、この手錠掛けたら能力封印されんの忘れてたわ。急いで逃げろ……つっても、夢だから醒めるわな」

「昏先さん、彼女達を現実に帰す為に、一度だけ能力を使わせて下さい。

不都合が起きれば、彼女達は目覚めなくなってしまうかも知れない」


「…………分かった。起こしてあげろ」


「また逢いましょうね、結夢、探偵さん」


彼女の手が淡い光を帯びる。

まるで母親が起こしに来て自分を揺すった時の、あの温もりの様だった。


結夢達はそして、夢の世界の意識を失った。

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