Please stop me
まさか同じ交差点の中に結夢達一行がいるとは思わず、探偵は螭子と建物の陰に行く。
「この寒いのに悪いけれど、龍に戻るのは可能かい?」
「タクシーとか使えば良いのに」
「道路は混む。しかもタクシーより君の方が何倍も速いだろう?
…………怖いんだよ車に乗るのは」
「正直でよろしい。免じて龍になるよ。……何見てんのさ、探偵さんの助平」
「なっ」
龍になる瞬間を、螭子は誰であろうと見せた事がない。本人としては恥ずかしいのだろうか。
「……ほら探偵さん、乗った乗った。
早くしなきゃメリーのコンサートに遅れる」
探偵はすっかり螭子のテンションに振り回され、雪が降り始めた空へ、彼女の背に乗って飛んだ。
◇
その時飛び去った螭子と思しき龍を湊は見ていた。
「……龍?」
だがまさか、結夢達の探す連れがその龍だと思いもしなかった湊は、スマホのカメラで写真を二、三枚撮るだけであった。
「……湊、どうしたの?」
「いや、今変なものがいて……写真撮ったんだけど見る?」
◇
「……新澤さん、これ……」
「あー……螭子ちゃんっスね、この龍」
「チコ……リュー……ヨーカイ……?」
湊はすっかり混乱してしまった。無理も無い、知らない者にとって妖怪は常識の外の存在なのだから。むしろ結夢の順応力こそ異常というものである。
「大丈夫、湊?黙っててごめんね。でも、驚かせたくなかったの……」
「…………」
湊はすっかり聞く耳持たずで、目の前の非常識を受け入れたくないようであった。
「これは夢……とても厭な夢よ……」
彼女がそう呟いた時であった。
と、湊の姿が突然消えた。
「……え?」
彼女がどこへ消えたのか、その時の結夢も新澤も理解が追いつかなかった。
◇
探せど探せど見つからない、仕方なく二人で東京タワーまで向かう事にした。
「湊に、悪い事しちゃった……。湊の為とはいえ、騙す様な事しちゃった……」
「仕方ないっスよ結夢ちゃん。オレ達妖怪っていうのは、そういうモンですから」
新澤のおごりでコンビニスイーツを買い、イートインで二人でそれを食べている。
新澤は『くりいむ
抹茶の苦味がキツく感じられて、今の気分で食べるべきでなかったと後悔する。
外ではしんしんと雪が降り、積もった量はいつもの東京よりも多いと思われた。
「……早く東京タワー行かないと、足止め食らいそうっスね。急ぎましょうか」
「……はい」
コンビニを出て、新澤は東京タワーとは反対の路地へ入った。
「……え、新澤さん?」
「急ぐ、って言ったっスよね?」
次に新澤が結夢の前に出てきた時、彼は【
真っ白な牛の様な、独特の姿である。
書物でしか見た事の無い姿だったが、それがそのまま現実に出てきたみたいだ。
「背中に乗ってください。コブが邪魔かもっスけど、少しの辛抱っスから」
排気の苦酸っぱい匂いを肺一杯に溜め、新澤は地を蹴る仕草をする。結夢はその
「それじゃ……
東京の黒々したアスファルトを一蹴。
白い賢獣は高層ビルを難なく駆け上がっていく。
硝子に足跡の一つも付けず、しかし結夢を落とす事もなく。
彼はビルの屋上まであっという間に辿り着くと、そこから東京タワーへ向かって大ジャンプをかましたのである。
ジェットコースターの如き進路をとる新澤に、結夢は叫ぶ。
「流石にこんなの聞いてない!!」
「あれ、ジェットコースター苦手なんスか?
変だなぁ、ガイドブックには皆大好きとか書いてあったのに……」
「そのガイドブック間違ってるから!!皆が皆大好きな訳じゃないからぁぁぁ!!」
凄い風圧、恐怖は東京タワーに着陸(?)すると共に収まったが、心臓の高鳴りだけはどうも治らなかった。
「……東京タワーに着いたは良いけど……」
そこに探偵さんも螭子もいた。いたのだが、彼らは眠っていた。
他の人も皆、何故かこの寒空の下眠っている。この異様な光景に、結夢はすぐ辺りを見回した。
すぐ近くに、白髪の少女がいた。
色素の薄い肌、モコモコで暖かそうな装いの可憐な少女である。
「……貴女……そこの猫さんのお友達?」
「探偵さんを起こして」
結夢の勘は、この少女は危険だと訴えていた。何故か鼓動が早いままというのが何よりの証拠である。
この少女から、厭な気配を感じるのだ。
「……皆、楽しい夢を視てるの。今起こすのは可哀想だわ」
「夢は所詮夢よ、起きれば無になるわ」
「この世界そのものが夢でも?」
少女の言葉に結夢は黙る。
思わぬ方向の問いに、つい考えてしまったのだ。
「……そうよね、夢は見てる内が華よ。
醒めてしまったら虚無。なら、醒めない夢を見られるなら皆幸せ。
永遠に幸福なら、平和そのものでしょ?
しかもそれが、皆の望む偶像なら尚更」
偶像……その言葉で、少女の正体が結夢には分かった。
「あなたは……メリー・ドラクーニね?」
少女の反応は微笑むだけであった。
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