Please stop me

まさか同じ交差点の中に結夢達一行がいるとは思わず、探偵は螭子と建物の陰に行く。


「この寒いのに悪いけれど、龍に戻るのは可能かい?」

「タクシーとか使えば良いのに」

「道路は混む。しかもタクシーより君の方が何倍も速いだろう?

…………怖いんだよ車に乗るのは」

「正直でよろしい。免じて龍になるよ。……何見てんのさ、探偵さんの助平」

「なっ」


龍になる瞬間を、螭子は誰であろうと見せた事がない。本人としては恥ずかしいのだろうか。


「……ほら探偵さん、乗った乗った。

早くしなきゃメリーのコンサートに遅れる」


探偵はすっかり螭子のテンションに振り回され、雪が降り始めた空へ、彼女の背に乗って飛んだ。



その時飛び去った螭子と思しき龍を湊は見ていた。


「……龍?」


だがまさか、結夢達の探す連れがその龍だと思いもしなかった湊は、スマホのカメラで写真を二、三枚撮るだけであった。


「……湊、どうしたの?」

「いや、今変なものがいて……写真撮ったんだけど見る?」



「……新澤さん、これ……」

「あー……螭子ちゃんっスね、この龍」


「チコ……リュー……ヨーカイ……?」


湊はすっかり混乱してしまった。無理も無い、知らない者にとって妖怪は常識の外の存在なのだから。むしろ結夢の順応力こそ異常というものである。


「大丈夫、湊?黙っててごめんね。でも、驚かせたくなかったの……」

「…………」


湊はすっかり聞く耳持たずで、目の前の非常識を受け入れたくないようであった。


「これは夢……とても厭な夢よ……」


彼女がそう呟いた時であった。

と、湊の姿が


「……え?」


彼女がどこへ消えたのか、その時の結夢も新澤も理解が追いつかなかった。



探せど探せど見つからない、仕方なく二人で東京タワーまで向かう事にした。


「湊に、悪い事しちゃった……。湊の為とはいえ、騙す様な事しちゃった……」

「仕方ないっスよ結夢ちゃん。オレ達妖怪っていうのは、そういうモンですから」


新澤のおごりでコンビニスイーツを買い、イートインで二人でそれを食べている。

新澤は『くりいむ善哉ぜんざい』、結夢は『抹茶・ド・ノエル』という感じだ。

抹茶の苦味がキツく感じられて、今の気分で食べるべきでなかったと後悔する。

外ではしんしんと雪が降り、積もった量はいつもの東京よりも多いと思われた。


「……早く東京タワー行かないと、足止め食らいそうっスね。急ぎましょうか」

「……はい」


コンビニを出て、新澤は東京タワーとは反対の路地へ入った。


「……え、新澤さん?」

「急ぐ、って言ったっスよね?」


次に新澤が結夢の前に出てきた時、彼は【白澤ハクタク】本来の姿になっていた。

真っ白な牛の様な、独特の姿である。

書物でしか見た事の無い姿だったが、それがそのまま現実に出てきたみたいだ。


「背中に乗ってください。コブが邪魔かもっスけど、少しの辛抱っスから」


排気の苦酸っぱい匂いを肺一杯に溜め、新澤は地を蹴る仕草をする。結夢はその凸凹デコボコした背に乗っかり、東京タワーを見据える。


「それじゃ……ツノ、しっかり握ってて下さいよ?じゃないと落ちるっス」


東京の黒々したアスファルトを一蹴。

白い賢獣は高層ビルを難なく駆け上がっていく。

硝子に足跡の一つも付けず、しかし結夢を落とす事もなく。

彼はビルの屋上まであっという間に辿り着くと、そこから東京タワーへ向かって大ジャンプをかましたのである。

ジェットコースターの如き進路をとる新澤に、結夢は叫ぶ。


「流石にこんなの聞いてない!!」

「あれ、ジェットコースター苦手なんスか?

変だなぁ、ガイドブックには皆大好きとか書いてあったのに……」

「そのガイドブック間違ってるから!!皆が皆大好きな訳じゃないからぁぁぁ!!」


凄い風圧、恐怖は東京タワーに着陸(?)すると共に収まったが、心臓の高鳴りだけはどうも治らなかった。


「……東京タワーに着いたは良いけど……」


そこに探偵さんも螭子もいた。いたのだが、彼らは眠っていた。

他の人も皆、何故かこの寒空の下眠っている。この異様な光景に、結夢はすぐ辺りを見回した。


すぐ近くに、白髪の少女がいた。

色素の薄い肌、モコモコで暖かそうな装いの可憐な少女である。


「……貴女……そこの猫さんのお友達?」

「探偵さんを起こして」


結夢の勘は、この少女は危険だと訴えていた。何故か鼓動が早いままというのが何よりの証拠である。


この少女から、厭な気配を感じるのだ。


「……皆、楽しい夢を視てるの。今起こすのは可哀想だわ」

「夢は所詮夢よ、起きれば無になるわ」

?」


少女の言葉に結夢は黙る。

思わぬ方向の問いに、つい考えてしまったのだ。


「……そうよね、夢は見てる内が華よ。

醒めてしまったら虚無。なら、醒めない夢を見られるなら皆幸せ。

永遠に幸福なら、平和そのものでしょ?

しかもそれが、皆の望む偶像なら尚更」


偶像……その言葉で、少女の正体が結夢には分かった。


「あなたは……メリー・ドラクーニね?」


少女の反応は微笑むだけであった。

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