お宝発見

 蔵に飛び込んで分厚い扉を閉めると、月の光も届かない暗闇になった。中は意外に普通の空気だ。人が立ち入らない場所特有のホコリっぽさがない。


 安心で足から力が抜け、扉を背にして俺と香奈は座り込んだ。

 まだ少し不安げな声で香奈がしゃべりかけてくる。

「おじいちゃんの話、あれ本当だったんだ…」

「ああ、妄想か作り話ならよかったんだけどな」

「うん。クロが、魔法少女に…」

「あの光を浴びたから…だよな。あいつ確かオスのはず…」

「オスとかメスとかの前に。犬だよ犬。それより早く封印のなんとかっていうの見つけて助けにいかなきゃ…」

 犬ですら強制的に魔法少女に変身させる光、人間の俺たちが浴びたら…。結果は考えるまでもない。婆ちゃんも今頃…。


 婆ちゃんはあの場に残った。

 一緒に逃げよううながした俺たちに背を向け、爺ちゃんに向かって一人すたすたと歩いていってしまった。

「二人のように速くは走れん。ここで爺さんを説得してみる。塔矢と香奈は先に行くんじゃ」

 それが別れの言葉だった。

 おそらく婆ちゃんは魔法少女については何も知らなかったはずだ。でも俺たちの慌てた様子に何かを察して時間を作ってくれた。

 早くなんとかしないと。



 蔵の入り口は香奈が触れただけでガチリと音を立てて独りでに開いた。間違いない、ここには特別な力を持った何かがある。



 立ち上がって携帯をつけると、扉の近くに電気のスイッチがあった。それを入れると蛍光灯のつく音と共に中の様子が徐々にあらわになる。


 色彩の洪水が沸き起こって虹色のお花畑のような空間が現れた。右を向いても魔法少女。左を向いても魔法少女。赤い髪、青い髪、金髪、黒髪ぱっつん。ありとあらゆる魔法少女のグッズが集結している。漫画、映像、フィギュア、ポスター、抱き枕、よく見ると二次元だけじゃない、三次元のコスプレ写真まである。手間のスペースに適度に空きを作っているあたり、ここが現在進行形で成長しているのがうかがえる。財力、時間、そしてなによりすさまじい熱量を感じるコレクションルームだ。

 ここなら何日、いや何か月、いやいや年単位だって居られる、俺なら。



「これまさか…おじいちゃんの?」

 流石に香奈も俺が爺ちゃんをき付けたとは思っていないらしい。この膨大さは一介の高校生が集められるレベルじゃない。大人のコレクションだ。



 まじまじ見回すと、大人なゲームの魔法少女のグッズまである。しかもよりによって抱き枕、天井から堂々と吊るしてあるというオマケ付き。俺がかつて描いた下着設定なんて子供のお遊びと言わんばかりの超どストレートなエロ表現。中の設定どころじゃないその先の『奥』の設定まできっちり見えてしまっている。魔法少女とあらば見境なし。ある意味清々しい、別な意味で大人なコレクション。



 香奈の視界に入れたらまずいと思ったがもう手遅れだった。頬を真っ赤にして手がぷるぷる震えている。


「キモにぃ…の、どすけべ!!」

「お、俺のコレクションじゃねえから!爺ちゃんのだろこれ!!」

「こ、こ、こ、こういうの、キモにぃも持ってるんでしょ!!」

「も、も、も、持ってねえし!!」


 完全なとばっちだけれど一時いっとき見惚みとれていた手前、大手おおでをふって反論できないのが苦しい。それに俺も男だ。ピンク色な方面に興味が無いわけじゃない。そういうお店で、ちらっと目に止まってしまって、ふらっと手に取ってしまって、こそっとお金を払ってしまう事も無い訳じゃない。


「男のひとって…男のひとって……」

 香奈が小声でブツブツ言いはじめた。やばい俺と魔法少女の株が大暴落を始めている。

 ああ、やってくれたな爺ちゃん。まさか蔵の中にこんな『お宝』を隠していたなんて、全く予想外だった。



「そ、そんなことより、早く封印のステッキ探すぞ!確か爺ちゃん『まつってある』って言ってたから…ほ、ほら、あそこの神棚とか!」

 楽園を目の前にして、置かれている状況をすっかり忘れてしまっていた。この空間は俺にとっても香奈にとっても目に毒すぎる。


 神棚には爺ちゃんの部屋で見たものとそっくりの木箱が置いてあった。これだと思って手にとったが妙に軽い。

 蓋を開ける前から予感はしていたが、中身は空っぽだった。

 もうここまでくるともう狐に化かされているみたいだった。

 手から箱が滑り落ちた。



 封印のステッキが無い。消えた?盗まれた?おいまさか、ここで行き止まりなのか?

 二人とも仲良く爺ちゃんに魔法少女にされ、お揃いのフリフリ衣装に身を包んで新たな標的を求めて家の外へ…。

 その先は想像したくなかった。


 そんな未来だめだ、考えろ。

 ここに駆け込む前から何か違和感が頭に引っかかっていた。何かが違う。爺ちゃんの言っていた言葉を思い出せ…。そうだ。


「香奈、ここじゃない…」

「ここじゃないって?」

「裏山の神社だ。爺ちゃんはあの時『夜道は危ないから』明日案内するって言ってた。家の敷地の外なんだきっと」

守鉄姫すてつき神社?」

「ああ」

 確証は無いが、もう考えられる場所はあそこしかない。


「ねえ、ちょっと待って…」

 香奈が何かに気づいた。


「ひょっとして守鉄姫すてつきって…ステッキがなまって、そうなったんじゃ…」

 守鉄姫すてつき…すてつき…ステッキ。


「あり…うる……」

「は、ははは……」

 乾いた笑いが香奈の口から漏れた。


 そういえば神社とセットで山の名前も漏れなく守鉄姫すてつきだった。どうやら魔法少女は日本古来の文化らしい。日本史の教科書が書き換わることになりそうだ。まさか卑弥呼ひみこまで魔法少女だった、なんて話にならないよな…。


 その時、蔵の外から犬の鳴き声が聞こえてきた。クロが俺たちの匂いを嗅ぎつけている。

 爺ちゃん(魔法少女)がすぐそこまで迫っていた。

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