第6話 私の盲目 3

               3


 テレビでは、いつも何かしらの犯罪を報道している。毎日のように誰かが罪を犯す。もうそんなものは辟易だとテレビ消すと、そこには犯罪などない真っ黒な世界が広がっている。

 見えなくすることは、とても簡単だった。ひとつボタンを押すことで、全てがシャットダウンできる。とても簡単な世界だ。


 鳥取空港。あいつは鳥取へ一人で来るらしい。この間東京で会った時にそう言っていた。東京から鳥取行きの便は数が少ないし、空港自体が大きいものでない。だから、到着時間を聞いていなかったあたしでも、簡単にあいつのことを見るけることができた。



「久しぶり、待っていたよ。ここからあたしたちの探求は始まるんだ」



 空港のエントランスで見つけたあいつは、朝早くに出たにもかかわらず疲れている様子もなく、眠そうな様子すらなかった。その逆にまだ何もしていないっていうのに楽しそうに笑っているんだ。はたから見ても何か嬉しいことであったんじゃないかってわかるくらい。そして、あたしはこの男が楽しみにしている理由を知っているの。その顔を見て何だかあたしも楽しくなった。



「本当にいるんだな。まあ、当然か」


「はじめにどこに行く?」


「それは、二人で一緒に調べて決めよう。そこも醍醐味だ……と思う」


「ふふ。そういうと思ってたっくさん観光地の案内マップ買ってきたよ。空港とかに置いてあるガイドマップもあるし、ご飯でも食べながら見よう。お腹減ったでしょ?」


 男は、少し自分のお腹に手を当てていた。どうやら、お腹の空き具合を確かめているのだと思う。

 本当におかしなことをする。


「小腹が空いてきたかも……」


 小腹なんて、まるで女子のように言うものだ。

 それは男も思っていたようで、自分の言ったことに少し羞恥を感じてしまったようで、バツが悪そうにあたしを見た。少しの間、見つめ合ってしまったが、すぐにあたしが吹き出してしまう。



「ふふふ、何? じゃあ、食べに行こ!」



 あたしは車にあいつを乗せた。もちろん、愛車だ。軽自動車ではあるんだけど、鳥取では普通に便利がいい。大学にも車で行っていいのだから、なお都合がいいというものだ。



「とりあえずどこで食べようかな〜」


「そうだな。鳥取と言ったら、海鮮じゃないか?鳥取空港だと……、白兎海岸が近いだろ」


「あ! 何か聞いたことある。因幡の白うさぎでしょ?」


「そうそう。海を見ながら海鮮が食べられるところがあるんだよ」


「何? 色々調べているじゃん」



 因幡の白うさぎとは、離島の隠岐島にいた白兎が因幡(本州のこと)に渡る方法はないかと考えていた時にワニザメが出てきた。都合がいいと考えた白兎はそいつらを騙して渡ろうとする。その方法は、ワニザメの家族を一列に並べて、背中を渡りながら数えると嘘をついて渡るんだけど、因幡につきそうになった白うさぎは、計画がうまくいきすぎて得意になってしまい、計画を打ち明けてちゃうの。でも、それを聞いたワニザメは当然起こって白うさぎの皮を剥いでしまう。傷を負ったところに意地悪な旅人が通り、治しを教えるんだけどそれはさらに白うさぎを苦しめるための意地悪だった。途方に暮れている白うさぎにまた旅人が通り、正しい治し方で治療をしてあげて白うさぎを治してあげた。その旅人というのが大国主という神さまだった、って話。



 ここ白兎海岸はその因幡の白うさぎの舞台になっていると言われる場所。



 あたしたちは、車で白兎海岸の道の駅の食事処で少し早いが昼食をとることにした。もちろん、あたしたちが頼むのは、海鮮丼。



「日本海側ってさ。太平洋側と違って荒れることが多いんだけど、サーファーにとってはとってもいい波が来るっていうことで、有名らしいよ」


「へえ!そうなんだ」


「鳥取にもいい波がよく来るっていうことで、県外からもサーファーが来るらしい。そして……」


「そして?」


「鳥取県は人口が一番少ない県だから、穴場らしい。サーファーとかはそれがいいから移住したりしてくる人がちらほらと……」


「ねえ。なんでそんなに詳しいの?」



 と男は何もなかったかのようにまた海鮮丼に向き合っていた。



「お兄ちゃん詳しいな〜! それにな。鳥取の海はな、透明度が高いだけー。県外の海とか行ってみると汚い海っちゃなーって思うんよね」



 あはははと店員のおばちゃんは笑って、食後に温かいお茶を持ってきてくれた。お茶を片手に海を見ると、今日の海は穏やかだった。



 どこに行こうかと相談していくと意外に出てくるものだ。砂丘。雨滝。境港。砂の美術館。花回廊。そして、大山……etc.

 鳥取なんて鳥取砂丘だけだと思っていたんだけど、調べてみると意外にあるもの。というか、鳥取を占める砂丘の量はあまりないということがあたしは一番驚いた。一体誰が鳥取はほとんどが砂漠でできているなんて言ったのは! と自分の無知を棚上げした。



 でも、やはり、一番初めの候補として外せないのは、鳥取砂丘だろう。そこをはじめに行かなくては何も始まらないと思った。鳥取について聞けば、誰もがはじめに鳥取砂丘と言えるほどにその知名度は高い。しかも、地元の人たちですら鳥取の名所はどこですかと聞けば、真っ先に鳥取砂丘の名前が挙がる。鳥取は、砂丘の大きさ以上に砂丘化しているようす。



 そして、あたしたちは目的地に鳥取砂丘と絞った。入学式もあと少しという頃まであいつの新生活の準備をあたしも手伝うことにした。

 しかし、この男意外とズボラだった。これから四年間住むっていうのに小旅行かってくらいの軽装で鳥取に来たの。幸い、男の部屋は決まっていたので、それは良かったのだけれど……、鍵の受け渡しだとか部屋の本契約だとかは、まだであったようでそれをするのに色々手間取ってしまって、鳥取砂丘に行くのは随分と後回しになってしまった。

 それでもあたしはいいと思っていた。なんて言ったってあたしの建前はこの男と一緒に楽しいことを見つけることであるのだけれど、それでも本音はこの男と一緒にいて、男を知りたいってことなんだから、鳥取砂丘が後回しになろうとそれでもいいの。



 そして、あたしたちは今あたしの車で鳥取砂丘に向かっている。鳥取を観光しようとするとどうしてもバスや汽車だけでは、不便を感じてしまうことだろう。まあ、バスとか汽車を待つ時間をも楽しむことができるんなら、それでもいいと思うんだけど、あたしからしたら、レンタカーを借りるほうがいいと思う。


 これは、個人的な見解なんだけど、ひとり旅以外で、田舎を旅しようと思ったなら、まずはレンタカーを借りることをお勧めしたい。きっと、より有意義な旅行になってくれる。なんせ、乗り物の待ち時間が長いの。


 少し彼と話しながら、鳥取砂丘に向かっていた。




 鳥取砂丘には、駐車場があるがそれほど大きいとは言えないが、無料というところがいいと思う。あたしはまだ免許を取って時間が経っていないので、どうしてもバック駐車が苦手で何度も切り返してしまう。それを見た男はあたしの運転テクニックを笑ってくるんだけど、仕方ないじゃないのって思う。



「毎日運転するんだから、いつものように頭から止めるのはあんまりよくないよな。しかも鳥取は人口の割に車の数多いからなおさら危ない」


「わかってるわよ」



 と男はせせら笑う。



 男からの幾度とない指摘によってあたしはようやくバック駐車できた。男の指導はいつも的確だ。



「ねえ。免許は取らないの?」


「ん?ああ、危険だから取れないんだ。いつも運転させて悪いな」


「いや、そうゆう意味じゃないんだけど? なんかあるの?」



 と聞いてみるんだけど、男はこれ以上答えてくれなかった。いろいろあるんだよ。と言ってこの話は終わってしまう。この言葉を聞いた時、まだまだ距離を感じたけど、まだ知り合って間もないといえば間もないんだから、仕方ないかと思った。もっと男の近くに入れるようにとあたしは強く思うことになる。



 鳥取砂丘は、まだ四月の初めなので寒い。砂漠に似ているからって猛烈な暑さというのはないらしい。日本海側であり、冬は基本的に寒いのだ。それでも天気がいいだけあり、どこかすがすがしいと感じ、日差しが出ているだけで、体がポカポカとしてくる。



「今年の春は、普段よりもあったかくてよかったな」



 吹く風があいつの言葉を運んでくる。


「そうだね。今日は、すごくあったかい。この時期は普通風がつめたくて、砂丘なんてこんな格好でいけないらしいよ」



 あたしがそういうと男は、うん、ほんとよかった、といった。そう言いながら、羽織っていたトップスを脱いだ。今日は本当に暖かい半袖でも行けるくらいの気温だ。男がトップスを脱ぐのも頷ける。



 脱いだトップスを左脇に抱えて、あたしの前を歩いていく。遠くにはラクダも見える。今日は観光客も多いので、すごい賑わいだ。


 砂丘の砂地はどこかベタベタしている。これは潮風に運ばれた塩分か砂に付着してこのようになっているんだろうなとあたしは分析する。これは砂漠とは違うところなのではないかなとあたしは思った。



「ねえ……、」


 とあたしが言おうとした時に日本海ならではの激しい風が吹き荒れる。あたしは男に話しかけようとして、口を大きく開けていたので風に巻き上げられた砂丘の砂が口の中に勢いよく入ってしまった。


 男はあたしの“ねえ”という音に反応してこちらを向いてくれるのだが、その時はあたしの口の中に砂が舞い込んでいる際中で、その瞬間をまじまじと見られてしまった。その時すごいバツが悪かったんだけど、あたしはあたしで口の中に入った砂の違和感に負けてそれを吐き出すために、途中で買った水で濯いでいだ。


 口に水を含んでは吐き出すを繰り返してやっと砂の違和感から解放されてから男を見るとその様子を見て男は他人の不幸を見て笑う。


 少し水がついた口元を手で拭きながら、その笑顔に見とれてしまっていた。



「風が強いのは仕方ない。靴にも砂が入ったしスニーカー脱ごうか」



 男があたしにそういったので、あたしはそれを受け入れてスニーカーを脱いだ。案の定スニーカーの中には随分と決めの細いか砂が入り込んでいた。



「あたし袋持っているよ。使う?」


「いや、いいよ。本当に随分と女子力あげたよな。昔はあんなに……」



 と男がなんだかあたしの黒歴史を掘り出そうとしてきたので、あたしはその言葉に反論をする。



「昔のことはいいの! 変わったんだからいいじゃん! それとも昔の方が良かったっていうの?」


「いや、そんなことない。断然今がいい」


 と男が即答してくれたことであたしは満足げに走り出した。都会では、こんなに見渡す限り砂なんていう環境はない。郊外のビーチは横長なんだけど、鳥取砂丘は縦にも横にも長い。しかも、その横ですら、郊外のビーチなんかよりも断然すごいんだから、こんなところで走り出さないわけにはいかない。なんせ今日はそのためにスカートを履いてきていないんだから。



 砂のせいか足を踏み出すたびに地面が沈む。砂のせいか足を踏み出すたびに砂に足をとられる。走り辛いったらありはしないけど、それでも足が重いなんて思わない。


 走り出したら、立ち止まることなんてできない。走り続けると何回か転びそうになるけど、きっと転んでも痛くない。全力で走ることができそうだ。

 目標は、目の前に見える小高い山。




「え、ちょっと待って、遠くない? あの小高い砂山遠くない?」


「確かに遠いな。よくわからないけど、遠近感がおかしくなりそう。—あんなに走ったけど、全然登れる気がしないんだけど」



 と二人で後ろを向いたんだけど、どうやらあたしたちが感じている疲労感と走った距離が比例していない。いつもなら100メートルくらい進んでいるはずなのに30メートルも進んでいない感じだ。



 その現実を目の当たりにしてあたしたちは顔を見合わせて笑いあっていた。



「これっぽっちしか進んでないのかよ。それなのにすんごく疲れた」


「本当。すっごく疲れた。もう動けなーい」



 動けないと言いつつもあたしたちの足は目の前に見える砂山を目指して歩いていた。山の先に何があるんだろうとドキドキもしたし、どんな気持ちが沸き起こるんだとワクワクもした。



 小高い砂山を登ってみるとなんてことはない。その目に見えるのは、海だったし、あたしたちの気持ちも楽しいの一言だった。

 その山の頂上から見える光景はあたしたち(少なくともあたしには)にはどうしようもなく美しいと感じた。


 太陽が海と重なる光景がそこにはあった。本当に美しいと感じた。なんでこんなに綺麗なんだと皮肉ってやりたかった。都会で観る太陽が小さく霞むくらいにあたしたちの目に見える太陽は大きく輝き、美しく沈んでいく。何にも遮らせないその偉大さがそこにはあった。


 だけど、男は一瞬、強い光を避けるように手で目を覆うような影を作ったんだけど、遮るという行為でこの景色の邪魔をしているのだと思ったのか、すぐに何もせずに砂丘からの海と太陽を見た。



「本当に綺麗だ」


「びっくりするくらい圧倒されるね」


 その景色に誰もが立ち尽くしていた。写真を撮るのも忘れるくらいの幻想だったから。それとも幻だと誰もが感じていたから、写真では切り取れないと考えていたのかもしれない。


「これが日本一美しい砂丘か!」


「壮大とか雄大とかがいい言葉?」


「それだとなんだか男性的な表現だろ。優雅とか可憐とか。女性的表現がいい、しっくりくる。そう、そんな表現だ」


「えー、何その言い方。ぜんっぜんしっくりこないけど? てか、本当面白い」


 私は男の言葉の楽しそうに笑うんだけど、男はこちらを一瞥すると砂丘の幻想を心に焼き付けるために眩しい太陽と砂丘と海を見続けていた。



 突然男は、歩き出した。私はそれを追うように少し後ろを付かず離れず歩く。波打ち際を歩くあいつは妙に画になっている。こっそりとスマホを取り出して、シャッターを切ってやろうかと思ったんだけど、それもなんだか無駄な時間だなと感じて止めた。



 私はその景色を忘れないようにじっと心に写した。




「ここからあたしたちの宝探しは始まるんだよ」


「宝探し?」


 男は歩みを止めることなく、こちらを見ることなくあたしの言葉に返事をする。


「そう、宝探し! 心に残る景色を見つけていこ! あたしたちならそれができる!」


「できるかなぁ?」


 男は少し歩みを止めると、こちらを振り向いて、少し挑発めいた口調でいった。

 だから、あたしは力強く断定するように言うの。


「できるの! 今だってその景色を見つけられたでしょ? あたし確信したもん。あんたとなら、どんなものでも見つけられるって! それってすっごくドキドキしない? すっごくワクワクしない? 私はめちゃくっぅぅちゃ楽しみ」



 男の顔がワクワクしているのがわかった。初めてこの男の感情を共有し合った気がする。この男もあたしと同じ気持ちでいてくれている。そうわかったから、あたしたちにはいくらでも見つけられちゃう確信が湧いてきた。



 そして何よりこの男といろんなものが見たくなった。見たくて見たくて仕方がなかった。この男と見るたくさんの物はきっと私の宝物になる。それは今見た光景があたしの心に焼き付いてしまっているんだから、そうなんだろう。


 あたしの声は、いつもより大きかったんじゃないかと思う。だって、波打ち際だし、こんな大切な事聞き返されたら、嫌じゃない? という理由もそうだし、何よりあたしは、興奮していたんだと思う。この男と感情を共有し合えた事もそうだし、何よりもこの男の楽しいと感じる事、美しいと感じる事に触れ合えた喜びが大きいように思う。


 そして、同時にあたしの体で何も感じなかったのに砂丘の夕焼けでは、その表情豊かな目を見せているのに少しだけジェラシーを感じている。確かに、砂丘の夕焼けはきれいだけど、私の体にだってもう少し関心を示してくれてもいいんじゃないと思うけど仕方がないかな。

 だって、この男の興味があるものは、こんなにも美しいものだなんてあたしの体に興味が湧かないはずよ。あたしだって“美しいのよ”なんて言えない。



 海辺の黄昏時は、体感的に肌寒い。あいつは、このまま海に拐われてどこかに行ってしまうのではないかと思うくらいに儚く、存在が危ういように感じる。これも砂丘が見せるマジックなのだろうか。


 あたしとあいつとの距離は、ジャンプひとつでゼロになる。それなのにあいつの幻のような存在のせいで、距離以上に遠く感じる。追えば追うほどに遠くに行ってしまうように感じる不思議な感覚に負けないように、あたしは男に拳を突き出したの。


 そうするとあいつは、あたしが感じていた距離なんて、気のせいだと証明するように、あたしの拳にコツンと自分の拳を合わせてきた。


「ドキドキするよ、ワクワクもする。君といれば、それが見つかるんなら、僕は君を選ぶ」


「たくさん見つけてやる。あたしならそれができそうだ」 



 あたしは飛び跳ねちゃうくらいに嬉しかったが、内心に留めるだけにして冷静を保つことに成功していた。でも、少しだけ頬がつり上がって、だらしがない顔になってしまっていたのかもしれない。


 そうすると、あたしは気がつかなかったんだけど、突然にあたりから拍手が巻き起こった。何が何だかわからなかったあたしは、盛大に戸惑ってしまった。



「え? これ何、どうゆう事? 何が起こったのよ」


「いや、わかんないけど、とりあえず、お辞儀でもしておく?」



 といつも冷静な男も戸惑っているのが、何ともおかしくて、二人してへこへこするとともにその場を収めた。(後に大学で友達になる人に聞いたのだけれど、プロポーズのようなものだと勘違いされてしまっていたらしい)



 男と女の関係の始まりではないけれど、あいつとあたしの関係はいつも美しいと言えるものの近くで始まる。それは“退屈”なんて言葉が介入する余地なんてないの。

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私の盲目 伊吹ねこ @ibukineko

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