第4話私の盲目 2-2
ちなみにこれは過激。というのも、あたしはこの通り日々をぶらぶらしていたし、家出娘であるので、高校には在籍しているものの全くと言っていいほど、通学していない。たまに暇つぶしがてら行くことはあるのだけれど、もちろん出席日数も足りていないから、留年は確定している。これは歴とした事実。
これは今までのあたしの行いが悪いんだから、過去の自分を呪えど、他の人に文句なんて言えない。全て自己責任なんて言葉がしっくりきてしまう。
それでも起ってしまったことにとやかく言っても仕方がない。起こった結果は変えられないんだから。でも、目標を変えてはいけない、そのためにできることで軌道修正をしていこうと思う。だからあたしは、落ち込んだりしていないんだけど、あたしはこの状況の打開をしなくてはならないの。尻拭いと言えばいいかな。
その結果が高校をやめるってこと。高卒認定試験を受けることにする。そして、大学受験をすることにした。浅はかだけど、これなら何の問題もないと思いついた。あいつの高校は、ある程度の進学高校できっと大学も受けるはず。だから、あいつと一緒の大学を受けることにする。あたしはそれを望んでいるの。それがなきゃ、ただ学校をやめるだけになってしまう。それは逃げたと同じことだと感じるの。
あたしは、その考えを持って、久々に家に帰った。あたしの家に帰ることは、あたしが家にいなかった日数に比例して重たいものになっていた。それは等しく、両親に会わない日々で、足取りが重たいのは、家に帰ることではなく、家族に戻ることが重たいことだった。
家には、灯りが灯っていた。暖かな光だ。その光があたしに影を作る。
大きく深呼吸をして、ゆっくりと吐き出す。少し震える手をグーパーと体操をして、ドアノブに手をかけて、ガチャッとドアを開けた。
「ただいま……」
小さな声でそういった。夜……、8時くらいかな。高認のことをネカフェで調べて家に帰ったの。
家は、あたしが出て行った時と同じ木の香りがする。
本当に小さな声だったんだけど、それでもあたしの両親には、その声は聞こえていたみたいでお母さんは、あたしの声が聞こえた途端に玄関にいるあたしのところに来てハグをしてくれた。
「おかえり。本当にどこに行っていたの。心配してたんだから」
優しいぬくもりとお母さんのハグは痛い。
「どうしたの?傷だらけじゃない。早く上がりなさい」
お母さんはあたしの手や肘の隠れていないところを見てあたしの傷に気が付いたみたいで慌てふためきながら、薬箱を取りにリビングに走って行ってしまった。
そのお母さんと入れ替わる形であたしの前にゆっくりと現れたのはお父さんだ。きっとお父さんは怒っていると思う。お母さんがあたしと連絡が取れるからって捜索願は出さないでくれていたんだけど、お父さんは別だ。
連絡のない彷徨娘を一番心配しているのは、間違いなくお父さん。
あたしは何を言われても、甘んじて受けようと思って、少し身構えていた。
「おかえり。随分とコンビニが遠かったんだな。プリンを買ってきてくれたか?」
あたしはコンビニに行くと言ってこの家を出た。その時お父さんはあたしにデザートを買ってきてくれと頼んだんだ。多分そのことを言っているんだと思う。
「お……、遅くなってごめんね。プリン、買ってきたよ」
コンビニの袋を少し上に上げてそういったの。
「ありがとう。さあ、一緒に食べよう」
その言葉が本当に嬉しかった。何も聞かずに迎えてくれた。その言葉であたしは家の中に入ることができた。
リビングでご飯を食べさせてくれた。今日突然帰ってきたはずなのになぜだかいつものように夕食が作ってあったの。テーブルの上にラップをされたトンカツを一度温めて、真っ白いご飯とお母さんの味噌汁が並べられた。
久しぶりに飲む母の味噌汁は、どこかホッと一息がつくコーヒーのようなもので、あたしに落ち着きを与えてくれた。
「い、いつも作ってくれてたの?」
「そんなわけないでしょ。今日はなんだか帰ってきそうだったからたまたま作っただけよ」
そう言っていたのだけれど、そんなことあるはずがない。私が家出してから半年以上の時間が経過している。それなのにいつ帰ってくるかなんて言ってないのに今日たまたま作るなんてありえない。
そう考えるとお母さんは毎日あたしがいつ帰ってきてもいいようにご飯をつくってくれていたってことになるよね……。
あたしが池袋の街で男を誘って、ヤッて。そんな身勝手なことをしている時にお母さんとお父さんはあたしのためにご飯をつくって、いつまでもあたしの帰りを待っていたと思うとあたしは急いでご飯を口に掻き込んだ。
「そんなに急いで食べると喉に詰まっちゃうわよ。落ち着いて食べなさい。まだおかわりもあるんだから」
そう言ってお母さんは笑っていたんだけど、きっとあたしと同じように涙をこらえてるんだと思う。だから、あたしも泣かないでおこうと思っていたんだけど、お母さんの隣を見るとお父さんが泣いてた。
「もう、お父さん何泣いているの? 男泣き? 静かに泣かないでよね」
もう本当に静かに泣かないでほしい。あたしたち女は泣いちゃダメだって思って泣かなかったのに、男ときたらすぐ涙にする。
あくびと一緒で涙も移る。
「もう、あなたまで泣くの? ちゃんと食べなきゃダメよ」
と言ってお母さんも泣いた。
あたしのヒックヒックだけが響いている。何も知らない人たちからしたら、三人とも泣いている状況はきっと異様な光景で、どんな状況だと説明を求められるだろうけど、これはお父さんとお母さんの愛の表れだ。あたしのことをどれだけ心配したのかわかるよ……。
自分の愚かさも、親の偉大さも、比較してすべてがわかる。
あたしはなんて愚かなことをしていたんだろうか。ろくに連絡もせずに、こんなに心配してくれていたのに帰って来ず、ずっと信じて待っていてくれていたなんて。
「心配かけてごめん。話があって戻ってきたの……」
「うん、本当に心配したわよ。話のあとで説教があるから覚悟しときなさい」
そう言ってお母さんはご飯を片付けたテーブルにあたしが買ってきたプリンを各々の前に置かれ、お母さんはお父さんの横に座った。
「それで話っていうのはなんだ?」
お父さんはプリンの蓋を開けていうんだけど、どうにもお父さんは緊張感がない。半年以上帰ってこなかった娘が久々に帰ってきて話があるっていうんだから、もっと緊張感があってもいいと思う。けれど、今のこういう態度ですら、あたしは安堵する。
「あたし学校を辞めようと思うの」
「ん? いいんじゃないか」
「そうねえ。あなたも知っていると思うけど、もう留年は決定だものね。あなたが辞めたいっていうんなら、やめなさい。でも、やめた後にどうするのか。それについても考えがなくちゃ認められないわよ。わかっていると思うけど」
あたしの両親は、基本的にあたしの決定には異論を挟まない。けど、それには条件がある。その決定の後のことを話さなくちゃいけない。これは子供の頃からそうだった。お父さんが言うには、“一度動いた車を動かし続けるのは、そんなに手間はない。今の車なら、ずっとまっすぐなら何もしなくてもいいくらいだ。誰でもできる。それがたとえ、幼い子供でもできるんだ。だけど、一度止まってしまったら、またエンジンを回転させなくちゃいけない”と車に例えて言ってきたんだけど、その時のあたしは車の運転免許なんて持っていなかったし、何よりもわかりづらかった。もちろん、今も免許を持っていないから、わからないんだけど……。でも、ある程度は想像出来る。
「そうだな。逃げる決断は簡単だ。それは、決めるときに心が軽いからに他ならない。でも、その逃げ道はずっと心に何かが残る」
お父さんは、厳しい口調で淡々といった。
その言葉に急かされるようにあたしは、これからの予定を話した。もちろん、あの男のことは伏せて話した。
“逃げ道は、何かが残る”か……。なら、あたしはずっと逃げていたってことなのかな。
「わかった。父さんはそれでいいと思う。もちろん母さんも同じ考えだと思うけど」
「そうね。それでいいと思うけど、本当に難しい道を選ぶのね。でも、少し安心したし、あなたの口から大学受験なんて言葉が出てくるなんて思わなかったわ」
と二人とも納得してくれた。
その後に待っていたのは本当に説教だった。夜の10時すぎごろから12時すぎごろまで一人一時間。みっちり叱られてしまった。お父さんとお母さんで違う点を怒っていたのは、なんだか策略めいたものを感じたけど、あたしは心の靄がうっすらとなっていくのを感じていた。
「あ〜あ、時間いっぱい怒られちゃったな〜」
「当たり前でしょ? 本当に不良娘よ。これだけで済んだんだから良かった方よ?」
あたしの家には謎のルールがいくつか存在する。このことを友達に言うと変わっているねとよく言われる。
一つに叱る時は、一人最大一時間というもの。子供のゲームか! と言いたくなるが、この家では割とガチ。言い分によると叱るのも労力がいるし、長く怒っても内容が被ることが多々あるらしく、何より叱ると時間を忘れちゃうらしいのだ。そして、怒る時は、時間がわかるようにキッチンタイマーをセットして叱り出す。タイマーの時間を気にするため、怒りに任せることはなく、客観的に叱れるらしい。それと関係あるかわからないけど、両親から体罰らしいものは受けたことはない。叱ると怒るは、根本的には繋がり易いから勘違いされやすいけど、本質は異なっているということにお父さんとお母さんは、わかっているのだ。
と我が家ルールを今回の非行にも適用するところは、さすがだと思う。
あたしは久しぶりにゆっくりお風呂に入れた。風呂上がりにお母さんとパックをしたんだけど、なんだか懐かしいことだった。以前はよくお母さんが買う高いパックと化粧品を一緒に使っていた。普通の母親なら、それを叱るんだろうけど、うちのお母さんはそんなこともなく二人で仲良くひたひたのパックをする。そして、二人でプルンプルンのお肌になってにっこりするの。
あたしは何でこの家を出て行ったんだろう。思春期とか反抗期とかで片付けていいのかな。わからない。この感じが正しくつまらない日々だと思えたのも事実。遠く離れてみたら、あたしがどんなに愛されていたのかわかるのも事実。
気がついたら、あたしはリビングにあるソファーで眠ってしまっていた。でも、目覚めたのは自分のベッドの上でお父さんが運んでくれたんだと思う。
あたしは、次の日学校をやめた。
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