第19話「ポンコツ腹黒令嬢は伯爵を腕の中に捕える(願望)」



 燃えさかる屋敷の前で保護されたエリーダ達だったが。

 待ち受けていたのは、関係各位からのお説教。

 そして再び、マティアス邸への軟禁続行である。

 そんな中、彼女が考える事は。


(はぁぁぁぁぁぁ、気持ちよかったですねぇ……。ええ、とてもスカッとしましたとも)


(同意はするけど、アンタ癖になるんじゃないわよ? 第二の人生、放火で捕まりましたとか洒落にもならないわよ)


 そう、あの大炎上の反芻だった。

 なにせエリーダにとって、人生初めてといってもいいワルイコト。

 ありていに言って、――快楽であった。

 背徳感を伴う行為が、ストレスから来る憤怒の発散と合わさった事により。

 彼女の中で、ある種のタガがはずれ。


 ――そして、あっさりと結論がでた。


(抱きましょう! マティアス様をっ!)


(おうとも相棒! 処女は価値よ! でもそれを抱えて死ぬだなんて以前の繰り返し! アタシは、否! アタシ達は二の轍を踏まないっ!)


 つまりは、そういう事だった。

 ゲイリーという男が生きている以上、いくら銀の懐中時計とやらを奪ったところで、あの偏執的な愛ならば、再びエリーダ達を襲うのは自明のこと。


(今私達には、三つの力が必要です……)


(武力! 財力! 地位! ええ、何て事でしょう!? とっても都合の良いことに、その三つを備えたチョロい男が今ここに!)


(しかも相手はアタシ達にぞっこんですっ! 婚約だの、好きだの惚れただのまどろっこしい事を言っている暇はありませんっ! 今がまたとない好機! 逃す手はないってものです!)


 火計のテンションを継続した上に、成功体験からくる万能感で調子にのる二人は断言した。


(ふふっ、この絶世の美少女である私の躰! そして貴族の娘として教わった夜の作法!)


(そしてアイツの弱点はアタシが覚えている! 娼婦にされかけた時に教わった技法も勿論覚えてるわ!)


 一人では駄目かもしれない。

 だが、命の危機を乗り越え、今一段と結束を固める二人ならば。

 女として最上級の二人ならば。

 成層圏へと突き抜ける天狗の鼻で、エリーダ達は内心高笑い。


(下着は白! レース付きのフルカップで清楚なのにしましょう!)


(好き勝手させない為にも手錠が必須よね、目隠しも用意するわよ!)


(もうすぐ寝る前の入浴時間、ぴっかぴかに磨いて、コロンも付けましょう)


(化粧はいらないわね。――だって)


((若くて美しいからっ!!))


 そして、童貞を殺す準備を整え一時間半後。

 二人は決戦の場である寝室に足を運ぶのだった。





 愛する女の湯上がりを、さも当然の様に全裸で待ち受けていたマティアスは。

 その瞬間、目を見開いて腰掛けたベッドから立ち上がった。

 ついでに大口径巨砲もスタンバイ。


「――……エリー、ダ?」


 彼にとって、その姿はまさに美と愛欲の象徴であった。

 湯上がりで上気した肌は、しっとりと輝き。

 艶やかな金髪は毛先が濡れ、色気を醸し出す。

 そして何より。

 いつもなら生地のとても薄いネグリジェの筈が、あろうことか下着一枚。

 それも狙い澄ましたように、いいや、狙ったのであろう清楚な白い下着、それだけ。

 ――誘っている、そう直感できる、確信できる肌も露わな装いであった。


「……お待たせ、致しましたマティアス(ケケケっ! 効果抜群……………………え、アレが入るの? アタシ達に? マジで?)」


 か細く、震えた声。

 恥ずかしさと若干の怯え、――期待。

 そう、期待しているのだと、筋肉質の大男はごくりと唾を飲む。

 だが、先日いろいろと言われたばかりだ。

 ――試されている、そう直感がマティアスに囁く。


「これは、そういう事と。そう受け取っても?」


「ふふっ、恥ずかしいですわマティアス。そんな目で見ないでくださいまし(ええい、女は度胸! 痛かったら次から拒否ってやるんだからねっ!)」


 隠すには頼りない細腕で下着を隠しながら、案の定、むにっと豊満な胸を腕の形で歪めながら。

 エリーダが、恥ずかしげに歩み寄って。

 二人の距離がゼロになって、マティアスが彼女の細い腰を引き寄せたまさにその瞬間。


 ――――ニヤリと歪む、彼女の口元を見た。


 その瞬間、バッと躰を離し距離をとった。


「……マティアス?(どうしたんだコイツ? とっととキスの一つでもしなさいよ)」


「あー、その。なんだ? 一つ聞いても?」


 頭の後ろをかきながらため息を付く男に、エリーダとしては困惑するしかない。

 おかしい、どこが間違っていたのだろうか、と。


「君は以前、私の事も惚れさせてから、と言った筈だ。そして知っての通り、俺は君を監視まがいの事をしている。――何故だ? まだ君は俺に惚れていないだろう?」


「……先日の一件。ゲイリー様のお話は覚えていらっしゃるでしょう? そこで思い知りました。貴方が、とても優しい方であると。とても、私達を愛してくれている方であると(嫌な予感がする……前提がひっくり返るような……)(不吉な事を言わないでくださいっ!?)」


 うっとりと告げるエリーダに、マティアスは首を横に振って。


「それで、せめてもの好意として、俺に抱かれると?」


「打算がある、或いは罠であると。そう仰りたいのですか?(ここは慎重にいきましょうエリーダ。場合によっては泣いて逃げるわよっ)」


 全裸の男は首を縦に振った。

 その光景に、エリーダに静かに微笑みながら冷や汗を一つ。

 完全に警戒されている。

 ならば――取るべき言葉は一つ、肯定である。


「確かに打算はあります、私はあのゲイリーという人が怖い。だから貴方に抱かれる事によって安心を得たい。そして、私を抱いたマティアスが、私をこれまで以上に守ってくれる事を確信して抱かれようとしていますわ。…………愚かな女と蔑みますか?」


 傷ついた様に一筋の涙を流すエリーダの姿はとても儚げで、それが故にマティアスの心を刺激した。


「――ああ、そうだな。エリーダ、そしてエイダ。お前達はとても愚かな女だ」


 この男には分かっていた。

 エリーダが寝室に入った時から。

 その大きな胸の谷間の中から聞こえる、微かな金属音を。

 自分が寝室で彼女を待っていた時から。

 この寝室に備え付けられていた、彼女用の手錠が一つ消えていた事を。


 故に。長い足で一気に近づくと、即座に胸の谷間に手を突っ込み手錠を取り出す。

 そして――。


「――へぁっ!?」


「はい、これで詰みだな」


 彼女の肩を掴み、くるりと回転させると。

 瞬時にその両手首掴み、手錠をガシャリ。

 エリーダが事態を把握した時には、あら不思議。


(おわああああああああああっ!? どどどどどど、どーすんのよエリーダっ!?)


(私に聞かないでくださいっ!? どうして素直に襲ってこないんですかこの童貞はっ!?)


 目を白黒させるエリーダ/エイダに、マティアスは言い放った。


「あー、もう。止めだ止め! お前達の好みに合わせて紳士気取るのはもう止める!」


「はうぁっ!? マティア――もごもごもごもごぉっ!?(うっぎゃあああああああああああああっっ!?)」


 驚きから戻らないエリーダの顎をグイと掴み、野性味のある笑い顔でマティアスはその唇を。

 もっと言えば、舌を入れて思う存分蹂躙する。

 そして。

 失神寸前の所で、唾の糸を引いて口を離したマティアスはエリーダと額を合わせて。


「俺はアンタに拾われた野良犬風情だぜ? それがどうして紳士になんてなれるんだ? ははっ、一つ良いことを教えてやろう」


 ギラギラと獲物を前にした獣の目で。


「――バレてんだよお前の本性は! 男を誑かして食い物にしようとして、無様に失敗するお前の本性はよぉっ!」


 そんな事を、言い放ったのであった。

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