第17話「ポンコツ腹黒令嬢の昔の男はヤンデレばかり」



 さて、そんなこんなでモノの見事に捕らわれのお姫様になったエリーダであったが。

 彼女は今、のっぴきならない事態に直面していた。


(……ええと、確かあの女。なんて言ってたっけ? ほら、あのベスとかいういけ好かない女)


(気持ちは分かりますが、現実を見たらどうです? うふふっ、いい気味ですわねエイダ。ああ、何て罪作りな女性なのでしょう。あははははっ!)


(おう、エリーダっ! 今のアタシはアンタと一心同体だってこと忘れてないでしょうねっ!?)


 エイダの言葉に、エリーダはうげぇと心の中で漏らした。

 瞬間移動と目される謎の技術で、敵の本拠地に捕らわれた事まではいい。

 その後、窓のない部屋でベスと名乗る女性に、イレギュラーだの、刻印持ちの指名がどうのこうの言われたのも、かなりどうでもいい。

 ――知って一文の得にもならない世界の真実などスルーするが吉である。

 問題は、問題なのは、とてつもなく問題なのは。


(それにしても、ええ、本当に――愛されてますのねエイダ)


(言うなっ!? ううっ、ドイツもコイツもなんだって死んだ女を何時までも……っ!?)


 右から左に聞き流した世界の真実の後、通された部屋はゲイリーの私室。

 扉を開けて、まず目に入ってくるのは――エイダの肖像画。

 右を見て、――エイダの肖像画。

 左を見て、――エイダの肖像画。

 冷や汗を流して、長い時間躊躇って扉を閉めて後ろを向くと――エイダの肖像画。


(恐らくですが、どれも一流の画家によるもの。心当たりは?)


(……………………路上で絵を売って稼いでた奴を、大富豪気分でパトロンになってやった事が何度か)


 黒髪の妖精の様な美少女が、様々なタッチで、様々な表情で、大小様々なサイズの絵が。

 壁が見えないほどに敷き詰められている。


(あ、額縁も薔薇ですね。机の上の小さな石像も貴女じゃありません?)


(…………そういえば、有名な石工の弟子を)


(ふふっ、うふふふふふ――――ばぁっーかっ! じゃありませんの貴女っ!?)


 あのマティアスだけが、エイダに固執する変態だと思っていたが、これを見るにまだまだ多数の、同じレベルの変態がいそうである。

 然もあらん、彼女が美談として語り継がれる訳だ。

 エイダに関わった男一人一人が、彼女を女神の様に称えているのだから。

 この先に待ち受ける展開に、思わず天を仰ぐエリーダは更なる絵画を発見してしまう。


「……エイダ? 貴女、裸婦画のモデルもしていましたの?」


「バカ言わないでっ!? アタシの裸は、安売り……しない………………なんでっ!?」


「国外逃亡、どんな手段を使っても考えるべきですわね」


 何ということだろうか、天井にあったのはエイダの裸婦画。

 彼女に覚えが無いということは、恐らく想像だけでかかれたもの。

 決して芸術ではない、少なくとも汚れない乙女が口にしてはいけない淫猥なそれ。


(うっきぃいいいいい! 燃やすっ! 燃やしてやるはこんな部屋っ! 火は、マッチとかないのっ!?)


(まぁ、燃やすかどうかは兎も角、家捜しをしましょうか)


 エリーダはガサゴソとベッドの下やらクローゼットやら、机の棚を漁るが。

 見つかるのはエイダの遺品、――それも衣服ばかり。

 二人はどん引きしながら、やがて諦めて椅子に腰掛けた。

 その時。


「――ああ、すまない。待たせてしまった様だね愛しいエイダ。それともエリーダと呼ぶべきかな?」


「いえ、是非ともスチュワートと呼んでください」


 ノータイムシンキングで、名字推し。

 普段エリーダは名前で呼ばれる事を好むが、この人物ばかりは出来るなら名字ですら呼ばれたくない。


「ああ、我が女神よ。これも私に課せられた罰、――罪なのですねぇっ!」


「ひぅっ!?」


「怯える貴女も美しい……。ああ、こんな罪深い私に反応を返してくれるとは、――もう、離しませんエイダ。どうか、どうか私の側で罰を、一心不乱な罰をお与えくださいいいいいいいいいいいいっ!? おがぁっ!? ありがとうございますうううううう!」


 ずざざざと近づいたかと思うと、一人恍惚な表情でエリーダの足に頬ずりする金髪の貴公子に思わず足蹴にするも。

 床をのたうち回って喜ぶ光景に、どん引きを通り越して吐き気すら覚えてくる。


(ちょっとエイダっ!? この第二の変態はどういう関係だったんですっ!?)


(えーと、いやぁ、あはははは。コイツは、コイツはねぇ…………何をどうしたらこんな反応になるの? いや、確かにあの時、アタシを銃で撃ったのはコイツだけれども)


(それですよこの大馬鹿っ!! さっきから罪がどうとか罰がどうとか言ってるじゃないですかっ! 貴女を殺した事がトラウマになってるんですよっ!)


 ゲイリーにエイダを殺す意志があったかはともあれ、彼が最愛の人(あくまで彼の視点では)を殺してしまった事は間違いない。

 この様子なら、後を追って死んでいてもおかしくなさそうだが。

 何故、こんなにも拗らせているのだろうか?


(あー、もう。面倒くさいっ! エイダ、貴女に任せましたからね)


(ちょっとエリーダっ!? もう一人のアタシ!? マイベストフレンド!?)


(精々、爆笑モノの喜劇を見せてくださいな)


 頭の奥に引っ込んで高見の見物を始めたエリーダに、エイダは愕然となった。

 だが、そこは前向きだけが取り柄の女。

 すぐに気持ちを切り替え、情報収集を始めた。


「…………ねぇ、寂しがり屋のウサギちゃん? アタシとお話ししてくださらない?」


「おお、エイダ! この罪深き私に会話する機会を与えていただけるとは――感謝の極みぃいいいいい!」


 公園であった時の外面を拾い忘れてきたゲイリーの様子に、彼女は冷や汗をかきながら辛抱強く続ける。

 ここが敵地ではないなら、今すぐ逃げたい。


「ふふっ、暫く会わない間にとても大げさになったわねゲイリー。ね、教えて? 何がアナタを変えてしまったの?」


 その言葉を耳にするやいなや、彼は後悔に満ちた念で、涙を流しながら片膝をついた。

 控えめに言って、情緒不安定である。


「くうぅ、何という優しい言葉……。私はあの時、貴女を奪った憎き野良犬を殺そうとして、貴女の心臓を貫いてしまった時、絶望のままに死のうとしたのです。だが――これが、貴女のくれたコレが希望を与えてくれた」


 懐から出して掲げたるは、銀の懐中時計。

 エイダが誰かから貰ったものの、デザインが好みじゃないから押しつけたものだ。


「エイダ、貴女は自らの運命を知っていたのですね。ああ、そうでしょうとも……、この時計は時間を意のままに操る時計――――」


 陶酔のままに語った事は、荒唐無稽な話だった。

 曰く、過去に戻れたが意識だけで、運命を変えることが出来なかった。

 曰く、何度も繰り返していく内に、エイダの最後の言葉を聞き取ることが出来た。

 曰く、それからは、エイダが早く輪廻転生出来るように努力してきたと。


(HGウェルズでもキメてるんですかね?)


(あー、タイムマシンってそんな話だったっけ?)


 有名SF作家の世界観に脳髄を犯された様な発言は、エリーダ達には理解しがたい事だった。

 故に、エイダはズバっと問いかける。


「それで? こうして生まれ変わったアタシに、何を望むのウサギちゃん?」


「無論――、罰を。この世に蘇った誰よりも尊いエイダに、この愚かな私に愛の鞭をくださいっ! さぁ、さぁ、さぁ、さぁっ!」


「ちょっ!? やめっ!? 裸になるなっ!? どっから鞭を取り出したっ!? そして押しつけるなっ!?(ああ、罪悪感からお伽噺に没頭し、そして被虐趣味へと拗らせましたか。……責任、とってあげてもいいんじゃないですか? 私、一度男の人に鞭を振るってみたかったんですよね)」


 相方の思わぬ一面に、頭を抱え始めたエイダの姿に。

 何を勘違いしたのかゲイリーは、肖像画の裏に隠された隠し扉を開く。


「ああ、やはりエイダ。君は優しい人だ……、ならばこれを見て欲しい……」


 ゴゴゴと音を立てて開いた扉の奥は、直後、自動て点灯した明かりによって晒しだされて。



「――――――――え?(うえええええええええっ!? 逃げますよエイダっ!? 駄目ですって、関わっちゃいけない人ですっ!?)」



 今度こそ、エリーダ達は絶句した。

 中にあるのは、ホルマリン漬けになった――恐らく、エイダの遺体。

 壁にかかるは、その解剖図。

 腑分けされた内蔵、――これもホルマリン漬けに。

 そして――――。


「ああ、不思議ですか? 貴女の躰があの瓶以外にも『もう一つある』のが。心配しなくてもいいですよ、若くして天に召された少女達の遺体から、少しずつ分けて完成させたのです。……ええ、もうお分かりでしょう?」


 ごくりと、エリーダは唾を飲んだ。

 何を言っているのだろうか、この狂男は。


「その偽りの躰を捨て、私の躰に脳を移植すれば。――ええ、そうですっ! エイダは本当の意味で復活するっ! そして、この私の側で永遠の罰を与えてくれるのですっ!」


(よし、殺しましょうこの男! ええ、人を殺すのは初めてですけど、やってやりますともっ!)


(落ち着きなさいエリーダ、お願い落ち着いてぇ!? 逃げるのよっ! 逃ーーげーーるぅーーのぉーーよぉーーーーー!?)


 絶対に負けられない戦いが、今始まるかもしれない瀬戸際にあった。


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