第16話「ポンコツ腹黒令嬢は自由を手にする(とは言ってない)」



(そういやさ、否定派がどうのこうの言ってた気がするけど、そいつらって何?)


(……エイダ、貴女よく今までそんな調子で生きてましたね。いえ、だから死んだとも言えるのでしょうが)


 囮作戦の舞台である、とある屋敷の庭園へ蒸気自動車で移動する中、エイダはエリーダに質問した。


(レイカナシオ聖教が輪廻転生を教義としてる事は知っていますね?)


(善行をし徳を詰めばアタシらの様に刻印持ちとなって、来世で幸せに暮らせる。それぐらいは知ってるっての!)


(その解釈はざっくばらん過ぎますが、……まぁいいでしょう。教会内でも意見が分かれるところですから)


 そして、今回の騒動にも繋がる事である。


(否定派というのはですね。程度の差はあれど、その刻印持ちを嫌う人達の集まりです)


(ははーん、刻印持ちと分かれば赤ん坊の時からチヤホヤされるし、人生の勝利が決まってるものね。要はただの嫉妬した集団って事ね)


(また身も蓋もない……。けれど、中の心理はそんなものでしょうね。私も詳しくは知りませんが、教会の中から刻印持ちの影響を排除するのが目的だそうです)


(つまり、派閥争いに巻き込まれてるのねアタシら。刻印持ちは嫌いだけど、彼らが持ってる力、追い求める目的とやらは自分たちも欲しい、まったく……欲深ったらありゃしない)


(モノリス、そして銀時計と……箱庭でしたっけ? 手に入れて何がしたいのでしょうねぇ……?)


 今、手のひらの中にあるモノリスという黒い板、マティアスがやったストーカー行為や、これで蒸気の怪物を制御出来るのなら、それは便利な気もするが。

 二人としては、その価値に今一つ理解が及ばない。


 ともあれ、二人が目的地に到着したのはその数分後。

 即ち――、作戦開始であった。





 その庭園は、エリーダ達の暮らす首都ロディオンの中心部よりやや西にあるホールランド公園の中にあった。

 百年程まえの刻印持ちが作った、極東の島国風の庭園である。

 ストリーと共に中に入ったエリーダは、野放しで飼われてる孔雀を眺めながら、まったり歩き始める。

 不自然にならないように他の客もいるのだが、その全てがストリー達の仕込みで、戦闘要員だというから驚きだ。


「それにしても、なにも貴女まで躰を張らなくてもいいでしょうに(アンタが居ると裏切る時に邪魔だってーの!)」


「なに、ボクはまだ面が割れてないし。何よりキミだけを危険に晒すことなんて出来ないさ」


「嘘ね、私はともかく。もう一人の私の事は信頼していないでしょう?(でしょうね。アタシがコイツでも信頼しないわ)」


「おや、バレていたかい。まあ隠す気はないからね」


 悪びれもなく笑うストリーに、エリーダ/エイダとしても怒るつもりはない。

 むしろ、嬉しいぐらいである。


「ああ、良かったわ。貴女が見ず知らずのアタシを信頼すると言っていたら、繋がりを切れって言っていたもの」


「ああ、もう一人の方だね。キミが話に聞くよりリアリストで安心してるところさ。なあに、信用ぐらいはしやるよ」


「ふふっ、それもエリーダの存在あってのことでしょう? アタシとしても、貴女の様な人が側にいてくれて嬉しいわ」


 エリーダとは麗しい友情、エイダとはあくまでビジネスライクに対応するストリー。

 いつかはエイダとも友人になってくれれば、と思うエリーダではあったが、どうもそれを考えている時間はないらしい。

 早速ではあるが、明らかに二人に向かって歩く白い服、――神官服の者が一人。


「こんにちわ、お嬢さん方。不躾で申し訳ないが名乗る機会を頂いても?」


「おや、神職に居る方がこんな所でナンパかい?」


「それだけ、お二人が魅力的に写ったのですよ。私はゲイリー、お察しの通りレインカナシオ聖教の本殿で司祭をしている者です。――さて、どうでしょうか、この近くに良い店を知っているのです。ゆっくりお話でもしませんか?」


 ウインク一つ寄越してみせたこの男は、とても美しい男だった。

 齢は三十代中程であろうか、まるで貴公子とでも呼ぶべき甘いマスクと、さらさらの金髪、野心の見え隠れする青い瞳の持ち主だった。


(背丈はちょっと高めかしら? そして……金もってそうね。見なさいエリーダ、彼の服はシルク、そして袖口や襟周りの刺繍はとても見事よ。平民出身では手が出せるものじゃない…………――はて? どっかで見たことあるような?)


(またですか貴女!? あー、ストリーが出張ってきた理由が分かった気がします。貴女の知り合いが来るかもしれないからで、そしてこの人なんですね……)


 エリーダの推察が正しければ、どう転んでも命の危機がなさそうではあるが。

 やいのやいの、のらりくらりと彼の会話を長引かせるストリーを尻目に、エイダと意見をすり合わせる。


(で、どうします? このままだと、十中八九マティアス様達が乱入してきて終わりですよ?)


(まぁ待ちなさいよエリーダ。アンタは気づいてなかったでしょうが、コイツ、変な現れ方をしたわ)


(どういう事です?)


(少し先の木陰から現れたのよ、――アタシらの前に居た護衛が通り過ぎた後からね)


(それって……?)


 護衛の配置はエリーダ達の前後、それから木の上や池の中にも居るとかなんとか。

 そして、そもそも彼が出てきた木は細く、子供ならともかく大人の男性が隠れられる幅はない。


(透明にでもなれるのでしょうか?)


(或いは、それに類するものを持っているか。案外、アタシ達と同じくモノリスやら銀の懐中時計やらを持ってるんじゃないの?)


(……この場に居る者達から悟られずに移動できる手段を持っているなら、私達ごと移動する事も可能。――賭けてみますか)


(負けてもこっちが失うモノは無いものね。……じゃあぶっこむわよ)


 どうやら決裂に向かっているストリー達の会話に、エリーダ達は割り込んだ。


「――あまり、殿方につれない態度を取るものでは無いわストリー」


「エリーダ……?」


「初めましてゲイリーさん。私はエリーダ。貴方の様な素敵な殿方と出会えて嬉しいわ」


「ありがとう美しいお嬢さん。エリーダと呼ばせて頂いても?」


「ええ、是非名前で呼んでください。ね、ストリー。折角ですもの、軽い食事くらいいいじゃない」


 訝しげに睨むストリーは、首を横に振って言った。


「駄目だ。そんな事をしたらマティアスにボクが怒られる」


「――? 今、マティアスと言いましたか? それはもしかして噂の黒狼伯爵?」


「ええ、ご存知かしら?」


「ご存じも何も、彼とは古い知り合いなのです。最近は会っていないのですが、元気にしていますか?」


 朗らかに旧知の事を訪ねるゲイリーに、エイダはここぞとばかりにぶち込んだ。



「貴方と、――ウサギちゃんと同じく元気よ黒ちびは」



「~~~~っ!?」「キミって奴は――っ!?」



 その瞬間、ゲイリーはわなわなと震えだし、何かを言おうとするも、口をぱくぱくさせるばかりで成功しない。


「泣き虫で寂しがり屋で、いっつも目を赤く腫れさせていた貴方が、ええ、こんなに健やかに成長しているなんて。…………ふふっ、驚いた? 久しぶりねアタシのゲイリー」


「エイダっ!? 本当にエイダなのかいっ!? まさかあの噂は本当で――」


「あー、もしもしボクだ。うん、今すぐお願――」


 頭を抱えたストリーが、フォンで指示を出した直後、すぐにそれは現れる。



「子兎、――今すぐにエリーダ様から離れろ」



「野良犬風情がッ! 貴様、隠していたなっ!」



 鋼鉄の獣に乗って現れたマティアスが瞬く間にエリーダを引き寄せようとするも、ゲイリーの方が早く。

 次の瞬間、何をしたか分からないが、十メートルは離れた所にエリーダをお姫様だっこをして現れる。


「え、はい?(うえぇっ!? 今瞬間移動しませんでしたっ!? というかお姫様だっこっ!? エイダ貴女ねぇ、この人も誑かしてたんですかっ!?)」


「フン、それがモノリスの獣か。――だが、貴様だけがエイダから秘宝を受け取っていた訳ではないッ! 我が姫よ、今まで苦労したでしょう。今、安全な所に」


「くっ、待て――――」


 十メートルは、蒸気の獣を支配するマティアスにとって、取るに足らない距離。

 しかし、ゲイリーはその端正な顔でニヤニヤと笑いながら瞬間移動をして楽々と回避し。


「罠だという事は分かっていましたが、ああ、こんな奇跡があろうとは……、野良犬、お前に初めて感謝の念を送りますよ。――では、姫は私が今度こそ幸せにします。指をくわえて悔しがれッ」


「ゲイリィィィィィィィーーーーーーーー!!」


 そして、エリーダとゲイリーはその場から消え去った。


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