第15話「ポンコツ腹黒令嬢は親友を誑かす」



「くっ、ホントにボクの服で拭いたなキミ……」


「あら、貴女は私がまだ清い躰でいる事に感謝すべきですわ(そうだー! 責任とって都合の良い男紹介しろー!)」


「目を開いて言ってるところを見ると、ガチで言ってるなエリーダ」


 追いかけっこはエリーダの勝利で終わった。

 そして、気絶したままのマティアスを放置し、元の場所でストリーを加えてのティータイム再開である。


「はぁ、頭がいい癖に意外と乱暴だな。まぁ今に始まった事じゃないが。……で、それがモノリスとやらかい?」


「らしいわ。もっとも本体ではなく、フォンみたいな端末という話だけど」


「へぇ、興味深いな。それボクにも使える? ――――ダメか、残念極まりない」


 マティアスにすり寄った時、ちゃっかり入手していた先の端末。――女騎士を黒狼から解放したのもそれだ。

 モノリスを手渡されたストリーは、うんともすんとも反応しないそれを、後ろ髪を引かれつつ返却。


(というか、貴女もたいがい手癖が悪いですね)


(淑女の嗜みってやつよ。バレでも貴男の匂いを側に置きたかったって言えばデレデレするし、いざとなれば誰かにあげてもいい。元手がかからなくて一挙両得よ)


(……それがトラブルの元だって、理解してます?)


 澄ました顔で紅茶を飲みながら、脳内で会話。

 だが、今はそんな事を話している場合ではない。


「ストリー、単刀直入に言いましょう。貴女が何故ここに来たのかは知らないけれど、協力するから、私にも協力してくださらない?(あのモノリスも賭け金に入れなさい! 使えなくてもこの女は欲しがる筈よ!)」


「うんうん、それはモノリス端末を譲渡しても叶えたい事のようだね。……やっぱりキミ、以前と比べて分かり易くなってるから気をつけるといい」


「理解の早い親友を持てて嬉しいわ。私ほどの美少女は欠点の一つくらい目についた方が親しみやすいってものです。――それで、結論は?」


 回答を急かす親友の姿に、ストリーはマティアスと彼女の姿を見比べて。

 続けて、黒狼に拘束されていた護衛を見る。


「ふむ、他ならぬキミの頼みだ、聞いてやらない事もない」


「では?」


「まぁ焦るなよエリーダ。先ずはボクの用件から話そうじゃあないか」


 身を乗り出したエリーダをチッチッチと指を振って制し、ストリーは眼鏡を輝かせて語る。

 しかしこの少女、この様な仕草でさえ高貴な雰囲気が隠せてないが、血筋を隠す気が本当にあるのだろうか?


「ここに来た用事は二つ。一つは――、今キミが持ってる『原稿』さ、エイダ・ローズ先生?」


「…………ストリーぃぃぃぃぃぃぃ」


「ははっ、そんな熱烈な目でみないでくれたまえ、照れてしまうじゃないか」


「私の目を見て、もう一度言ってちょうだい? 大丈夫、手加減してあげるから」


「いやぁ、今日のキミは一段と輝いてるから眩しくて――、いやゴメン、ゴメンって! だからその熱々のティーポットを下ろしてくれると嬉しいなぁ親友!?」


 どうやら、ベストセラーに一枚噛んでいた親友に、エリーダは報復心を押さえつつポットを置く。

 ――ただし、その取っ手は掴んだままだったが。


「ふふっ、断頭台にかかる前に、心残りを聞いて上げる」


「いやなに我が親友よ、最初はキミの叔父から持ちかけられたサプライズプレゼントの話だったのだよ」


「それで?」


「キミも悪いんだぞ? いくら鍵付きだからって、不用心に鍵を隣に置いておくなんて。――――キミでも魔が差すだろう、誰もいない部屋で親友の日記が見れる状態だったらさ」


「…………情状酌量の余地くらいは認めましょう(ゲヘヘ、貸しよ貸し、大きな貸しにするのよっ!)」


「ああ、貸しだって言うんだろう? 大きな貸しにしといてくれ。――ああ、それで読んだ感想なんだけどな」


 ストリーは真顔になった。

 そして、おもむろに本と万年筆を出すと、エリーダへ差し出す。


「……サイン、くれないか? ボクはすっかりキミという作家のファンになってしまったよ! この物語を内輪のプレゼントで終わらせてはいけない! そんな使命感を抱いたんだ!」


「それで気が付いた時には、ブームになっていて引き返せなくなった。貴女の事だから、そんな感じでしょうねぇ……」


 たった数年の付き合いとはいえ、エリーダは彼女の事を深く理解している。

 この異様な交友範囲と、以前のエリーダの何倍もの行動力を持つ彼女は、その情熱のままに突っ走ってしまったのだろう。


(ストリーの唯一の欠点って、そこなのよねぇ……)


(ああ、成る程? 裏で手を回す陰険陰謀メガネかと思えば、意外と衝動的に動く人間ってこと)


 この差し出した本と万年筆も、本気でサインを強請っているのだろう。

 エリーダはため息を一つ、親愛なる親友ストリーへ、と書いて返す。


「ありがとうエリーダ! いやぁ、親友特権ってやつだねこれは! 嬉しいなぁ! 家宝として代々受け継ぐ事を約束するよ!」


「はいはい、ありがとう。……はぁ、理解したわ。要するに貴女、続きが読みたくて来たのね」


「すまないね、キミならこんな状況でも続きを書いているだろうし、伯爵に頼めば持ってきてくれると思ったら、つい」


「それなら率直に言うけど、……ストリー、私のパトロンになって屋敷に囲わない? この変態の下に居るより安心できるのだけれど」


「ははぁ、やっぱりそれがキミの望みか」


 ストリーは困ったように笑みを浮かべ、ぽりぽりと頬をかく。

 その動作で、エリーダは自らの希望が望み薄だと理解した。


「理由を聞いても?」


「ボクとしても限りなく善処したい。けど……彼は中々の狂犬、いや狂狼でね。キミがいるだけで安心なんだ」


 その答えに、エリーダはげんなりした。

 興味が無いので、仕事や収入源について詳しい事は聞いていないが、どうやらかなりの曰く付きらしい。


「……ああ、そういえばさっき。来た理由は二つって言ってたわね、二つ目は?」


「そっちは――」


「ああ、マティアス様の方なの」


 彼女が視線を向けたのは、未だ気絶中の伯爵。

 グリンデの見立てでは、特に問題はなく直ぐに起きる筈との事だが。


「今度、キミを取り巻く状況について、一つ打って出る事にしてね。その打ち合わせをしようと思ったんだが」


 その瞬間、エイダの瞳がキラリと光った。


(エリーダ、これはチャンスよ! 折角モノリスとやらも持ってるんだし、一枚噛ませてもらいましょう!)


(成る程、モノリスを餌に国外脱出の手引きをさせるのですね。――――敵に)


(さっすがもう一人のアタシ! 意見の食い違いがなくて助かるわ!)


 元々家族や国への帰属意識が薄かったエイダにとって、この土地を去る事について躊躇いはない。

 エリーダとしても、良くも悪くも楽観的な性質であるから、ほとぼりが冷めるまで海外旅行という認識だ。

 彼女たちは、一度命の危機に陥った事も忘れてすとリーに提案した。


「マティアス様は、私が説得しましょう。何よりこれは私自身にも関係すること」


「……エリーダ?」


「ストリー、私にも手伝わせてください。何なら囮に使って貰ってもいい」


「本気かいキミっ!? いや、でも……、うう、なんて事を言い出すんだい。こんな、こんな効果的な…………」


 揺れる親友に、エリーダは悪魔の誘惑ように言った。


「一網打尽」


「ううっ!?」


「早く片づけば片づく程、――続きを執筆できるわ」


「うううっ!?」


「私が居るとマティアス様が飼い犬になるのでしょう? ……なら、より近くに居たほうが計画は早く進むのではなくて?」


「ぐうううっ!? それならお爺様やお父様の…………、わ、わかった。頼むから此方の指示通り動いてくれよ?」


「ふふっ、親友の助けが出来て私は幸せだわ」


 つまり、そういう事となったのだ。

 なお、猛反対したマティアスであったが、エリーダの「護る自信がないのですね」という失望の表情の前に、苦しみながらあっさり許可をだしたのだった。


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