第14話「ポンコツ腹黒令嬢は逞しく成長している」
エリーダは激怒した。
厄ネタを渡すのみならず、変態卑劣なストーカー行為に使い、乙女の秘密をなめ回す暴虐なる伯爵を殺すべしと激怒した。
(どうしてくれましょうか、この変態さんはっ!? 顔と体と声が好みで必死に体を求める無様な姿が気に入っていましたけど、モノには限度というものがあるでしょうがっ!?)
(アイツをつけあがらせたのは、アンタの所為では?)
(黙らっしゃいエイダっ! 元はといえばアンタの過去が原因でしょうが! あんな風に育てた責任を取りなさいっ!)
(知るか馬鹿っ! 無口で顔と剣しか取り柄のない黒ちびがこんな風になるとか、夢にも思わないわよっ!?)
脳内でボカスカ殴り合いを始める二人だが、そんな事をすればすぐに脳の稼働キャパを越えるのは明白。
数秒もしない内に、両者ダブルノックアウト。
(~~っ!? くらっと、……くらっときました)
(こ、こんな事をしてる場合じゃないわよエリーダ。今は和解して、アイツへの対処を進めましょう)
グリンデを巻き込んで、マティアスのストーカー疑惑は確定させた。
ついでにグリンデも、無事に伯爵への恋心をブレイクさせた様子で、当初の目的は半ば達成。
だが。
――――足りない。
(ええと、今の最終目的って何でしたっけ?)
(国外脱出の為のそのいち、屋敷からの外出権を引き出すこと……だったわね、確か)
そう、エリーダ達はこの安寧? に満ちた日常をただ満喫していた訳ではない。
国外への脱出計画を練っていたのだ。
というわけで。
その足がかりとして、この国に滞在する国外の有力者に近づく為、外出権を得るのが当座の目的だったのだが。
(――あの女騎士、グリンデさんを使いましょうエイダ)
(ええ、あの女はきっと、私達の状況に同情し始めている筈)
(適当に唆して、マティアス様との対立を煽り――)
(――目眩ましにして、隙を見て屋敷から逃げる!)
ここまでの会話を、またも一秒未満で終わらせたエリーダは、執拗なボディタッチを迫る変態を足蹴にし、愕然としているグリンデに駆け寄る。
「グリンデさん、もうお分かりでしょう? 少しでも哀れに思うなら、貴女が騎士だというなら。……助けて、助けてくださいっ!」
「え、エリーダ様っ!?」
「む、グリンデ。駄目だ、エリーダ様の頼みは聞くんじゃない!」
「後生ですグリンデさん!」「グリンデ! 命令だっ!」
エリーダは近づくマティアスを避けるため、女騎士の背後へ。
マティアスはエリーダを捕まえようとするものだから結果、グリンデを中心に追いかけっこが発生する。
(わ、私はどうしたら……っ!?)
実はド変態だった敬愛すべき主と、恋敵を思われたが可哀想なか弱い美少女被害者。
マティアスには、神殿騎士だった時代からの恩義と恋心がある。
あるが、その恋心はガラガラと音をたてて崩れ去り。
同じ女として、同情せずにはいられない境遇の元恋敵。
(……エリーダ、様は)
彼女はエリーダの境遇を思い出す。
本人になんら罪が無いというのに、謎の勢力から狙われ。
婚約破棄の心の深手が癒えぬうちに、コワモテの男から流行のラブロマンスも真っ青の求愛。
そして彼女は思い至る、――エリーダ達が望む通りに。
(そうか、前回の脱走もマティアス様の事があっての事……。きっと、あの言葉に嘘偽りはなかったのだ)
百パーセントその場凌ぎのでっち上げである。
(くっ、私の目は節穴だった! 気丈に振る舞うエリーダ様のお心に気づかずに……っ!)
グリンデは決意を胸に、闘志を瞳に燃やす。
(――これは、主への裏切りではない! 人の道を違えようとする主を諫める為の好意なのだっ!)
今此処に、エリーダの犠牲者が一人誕生した。
女騎士は金髪ゆるふわ美少女を守るように、両腕を広げて。
「これ以上はお止めくださいマティアス様!」
「邪魔するのかグリンデ!」
「マティアス様の事を思っての事! そして同じ女性として、騎士として、看過する事ができませんっ!」
「――むぅ…………」
(よっしゃ! アンタこそ本当の騎士って奴よ!)
(信じてましたよグリンデさん! そのまま防波堤になりつつ、適度に目を引いていてくださいね)
女騎士の言い分に流石に心当たりがあったのか、マティアスは動きを止め、始まったお説教を渋い顔で聞く。
「いいですか。いくら好きだと、愛しているといっても、その行動が全て肯定されるとはマティアス様もご存じの筈でしょう! 何より、貴男はかつて神殿騎士筆頭として幾度と無く――――」
「……ぐぅの音しかでない」
「真面目に聞いてください! 不正を一つたりとも許さない清廉潔白で一匹狼のマティアス様は何処に行ったんですかっ! 百年の恋も冷めますよ!」
「それは困る。だかかつての俺は若く、愛の本当の力を知らなかったのだ」
「だからと言って、お相手のご不浄の回数まで把握する必要が何処にあるのですかっ!」
(今よエリーダ、こっそりこの場を抜け出すわよッ)
(取りあえず、部屋に戻りましょう。残念ですが今すぐ屋敷の外に出るのは悪手というもの。これを足がかりに機を伺うのですっ)
抜き足差し足忍び足、グリンデの背を盾に離脱しようとするエリーダを、しかしてマティアスが見逃す筈がない。
「――何処に行くんだエリーダ様?」
「少しお花摘みに、すぐ戻って参りますわ(チィッ!? バレた!?)」
「嘘だな。俺には分かる、三十分前に行ったばかりだろう?」
「だから、それを止めるべきだと言っているでしょうマティアス様っ!?」
じりじりと後退するエリーダに、再び追う姿勢を見せるマティアス、制止しようとするグリンデ。
混沌とした場が訪れるのも、時間の問題と思われた。
――――だが。
「大人しく俺の側に居てくださいエリーダ様、さもなければ此方にも考えがあります」
「何を……っ!? そ、それはっ!?」
「――エリーダ様の日記帳?」
ニヤリと笑ったマティアスは、まるで物語の悪役のよう。
ともあれ彼が懐から取り出したのは、ピンクの日記帳。
ご丁寧に、錠が外された状態だ。
「マティアス様、だから――ぎゃあっ! 黒狼を使うのは反則です!」
「グリンデっ!?(役に立たない、この案山子めっ!)(な、何故私の日記帳が!? 読んだのですか!? まさか読み上げると言うのですかっ!?)」
変態伯爵が指を鳴らした途端、日向ぼっこをして大人しかった蒸気の怪物、黒狼がグリンデを押し倒す。
あっけなく押し倒された女騎士に、エイダは悪態と吐き、エリーダはマティアスの非道に恐れおののく。
「ご苦労、我が狼よ。安心するといい、爪は柔らかい素材に換装済みだ」
「そういう事じゃないですよっ! ああもうっ! 愛とはここまで人を愚かにするのですかっ!?」
目の前の障害を無力化した事に、マティアスはエリーダへ不敵に笑うと日記帳を開いた。
「彼の指先は私の秘所に「わー! わー! わー!」
「はっはっはっ、そんなにくっつかれると読みにくいぞエリーダ様」
「読まないでくださいっ! というか何故マティアス様が持っているんですかぁっ!?」
必死に取り返そうとするも、背の高さを腕の長さを存分に生かし、マティアスは天高く日記帳を掲げ。
エリーダとしては、そばでぴょんぴょんと体当たりしながら跳ねる事しかできない。
必然、大きな自慢の胸が押しつけられる事になるが、それに気づいたマティアスのニヤケ顔がとても悔しいところ。
(ぐううううっ! こうなったら、最後の手段を使うしかありませんっ!)
(え、アンタ、アレをするのっ!? アタシは嫌よ)
(最後の一線はともかく、知られたらわりとお嫁にいけない感じですよ現状! なら、遠慮は要らないってものですっ!)
エリーダはぴたっと動きを止めると、上目遣いでうるうるとマティアスの瞳をみつめる。
そのさい、右手で堅い胸板にのの字を書くのも忘れない。
「……マティアス様のいけずぅ」
「――うぐっ」
「今だ隙ありっ!」
マティアスの気が緩んだ一瞬、エリーダは即座に左てを彼のズボンに突っ込んで。
「…………………………え、エリーダ様? な、何をしているのでしょうか?」
「ふふっ、お分かりになりませんか? 貴男がそれを返さないというのなら――、私、愛しさのあまりぎゅっと、してしまうかもしれません(ぬおおおっ!? 感触っ!? なんかこの感触うううううっ!?)」
そう、エリーダが掴んだのはどんな男でも鍛える事の出来ない急所。
即ち――――ゴールデンボール。
女の弱い力といえど、下手をすれば下手をする全人類の男共通の弱点。
どんな強者にも勝ってきた歴戦の猛者マティアスの全身から嫌な汗が流れる。
これは不味い、非常に不味い、とてつもなく不味い。
「…………まて、まて、まて、待って、待ってくださいお願いしますエリーダ様」
「先に手を出したのはマティアス様でしょう? ――――お覚悟はよろしくて?」
何故かグリンダが尊敬の目で見つめる中、その時は訪れて。
「――――あふん」
躊躇いなくきゅっと、次の瞬間、マティアスは白目を向いて気絶。
「安心してください、峰打ちです。……汚いモノを触ってしまいました」
勝利は何時だってむなしい、そんな感じで黄昏るエリーダに、第三者が声をかけた。
「やあやあエリーダ! くくくっ、キミってば逞しくなった――うわっ!? その手をボクの服で拭こうとするんじゃないっ! 来るなっ、来るんじゃないっ!?」
「ええいっ! これでこの変態を紹介して頂いた事は手打ちにしてあげるから、大人しく捕まりなさいっ!」
その場ではしばらくの間、屋敷に来訪したストリーとエリーダの間で和気藹々とした追いかけっこが行われたのであった。
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