第13話「ポンコツ悪役令嬢は日常を堪能する」



 あれから一週間、エリーダ達が居るマティアス邸は平和であった。

 貴族女性には受けが悪い野性味あふれる顔と、前歴のおかげで悪評高いが、敬愛すべき良き主人にようやく春が訪れたと、むしろ歓迎ムード。

 エリーダも軟禁状態が解かれ、今は庭でティータイム。


(はぁ、紅茶が美味しい。これで学院に通えればいいのですけれど)


(そうよねぇ、アイツをキープしてるのはいいけど、もうちょっと気楽な相手がいいわ。早く次ぎの金蔓探しに行きましょう?)


(貴女も大概贅沢ですね、……気持ちは分からなくもないですが)


 不満点と言えば二つ。

 毎夜繰り返されるほぼ裸での添い寝と、毎朝の湯浴み。

 エリーダは夜寝る前に入るのが好みである。

 そして。


「じぃーー…………」


(どうしましょうか、あの人?)


(面倒だけど、そろそろフォローしなくちゃねぇ。当分は此処を拠点にするんだから)


 二つ目の不満は、エリーダに熱い不審な視線を送る護衛。

 逃げ出した時に騙くらかして放置した、女騎士その人である。

 幸いにも、彼女が何かを言ってくる事は無かったが、どうにも座りが悪い。


(マティアス様が閨に来る直前まで、あんな感じで見てくるんですよねぇ、日記が書きづらいったら)


(アンタも懲りないわね、というか毎日処女のロマンだけしかない妄想を聞かされる気持ちになりなさいな)


(それを言うならアナタだってっ! 何かしらにつけては屋敷の調度品を盗んで売り払う算段するの止めて欲しいのだけれど!)


 官能小説執筆VS窃盗計画、どちらが悪いと言えば窃盗計画だが。

 一応同一人物とはいえ、他人の妄想を強制的に聞かされるのだ。

 どっちもどっちである。


(あ、今日のサンドイッチはキュウリ多めのツナマヨですか、好きなんですよこれ)


(明日は、ローストチキン入ったやつリクエストするわよ、肉よ肉、食べれる時に肉食べておかなきゃ! ……何の話だったっけ?)


(女騎士様ですよ、あそこで睨んでるこわーいお人)


 モグモグとサンドイッチを頬張りながら、エリーダ達はふと気づいた。

 ついでに、解決策を思いついた。

 試したい事もあるし、一石二鳥であると、にっこり微笑んで彼女を手招き。


「騎士様、少しよろしいかしら?(いい加減飽きないわねこの女、黒ちびの何処がいいのやら)」


「……手短にお願いします」


 明らかに苛ついた声色の彼女に、エリーダはヌケヌケと言い放った。


「まだ自己紹介がまだだったでしょう? 私はエリーダ。貴女は?」


「名前はマティアス様からお聞きになってる筈では?」


「ええ、でも貴女の口から聞きたいの(逃げる前提だったから聞き流してたのよねぇ)(私も、マティアス様の外見が好みで気を取られてたもので。不覚です)」


 彼女は(エイダ的には中の上)の整った顔を歪め、吐き捨てる様に。


「グリンデ。グリンデ・アーカイル。お嬢様はアーカイルとお呼びください」


「あら、ファーストネームで呼ばせてくれないの?(内面に踏み込むなら名前よねぇ、名字は味気ないったら)」


「――チッ、それがご希望なら」


「ではグリンデと、ええ、貴女に良く似合った響きだわ(ケケっ、恋に溺れて職務を忘れそうな名前だわ)(貴女、職務なんて言葉使えますのね)」


 さり気なく相棒をディスりながら、エリーダは舌打ちを聞こえなかったふりをして殊更に微笑む。

 その笑顔の圧に、グリンデは一歩下がった。


「先日は私の我が儘に付き合って貰って、申し訳なかたわ(罪悪感の欠片も感じてない謝罪、アンタも悪い女ねぇ)(きっと、貴女の影響ですわ)」


「……貴女の我が儘で逃げ出した挙げ句、窮地に陥りマティアス様の気を引くとは、ええ、私はいいダシに使われたようですね。はっきり言って、騙された様で気分が悪い。――嫌いです、貴女の事は」


「あら、その率直な物言いは好きよ私。折角ですもの仲良くしましょう(コイツを黒ちびに押しつけるのは止めとして、ええ、現実を見て貰いましょうか)」


「護衛はします、でもそれ以上は。話は全てですね、では」


 強引に会話を打ち切り背を向けた彼女に、エリーダは投げかける。


「ふふっ、グリンデ。知りたくありませんか? 貴女の知らないマティアス様の事を」


 途端、女騎士の歩みがピタっと止まる。

 そして、幾ばくかの逡巡の後、くるりと踵をかえした。


「――出会ったばかりのお嬢様が、あの方の何を知ると?」


「何もかも。そう、例えば……屋敷敷地内なら、呼べば何時でも来るとか。――来て、私のマティアス様」


 グリンデが怪訝な顔をした瞬間、屋敷の執務室の窓からマティアスが黒狼と共にエリーダの側に降り立ち膝をつく。


「呼んだかい、愛しいエリーダ」


「ええ、マティアス様。少し、確かめたい事があって」


 その光景に女騎士は目を白黒して、硬直した。

 然もあらん、エリーダの声はいたって普通。直線距離で数十メートル離れた、壁を隔てた執務室に届くほど大きくない。


「君に閉ざす口はない、何でも言ってくれ」


「では遠慮せずに。何故私の声が届いたの?」


「愛の力だ」


 うっとりと告げるマティアスに、グリンデの瞳が悲しみに揺れた。

 だが、それはエリーダの望む所ではない。

 故に望む言葉を引き出す為、質問を続ける。


「では次。――今日の私の下着の色は?(先ずはジャブね)」


「赤だ、俺が選んだからな」

(……やっぱコイツ変態だわ)(対外的な名目上は婚約者とはいえ、女の子の下着を直々に選びます普通?)


「次。――今日、私が歩いた歩数」


「庭を散歩したからな、昨日より少し多めの五百歩ぴったりだ」


 ここに来て、忠実なる女騎士に主への不信感が走る。

 幾ら愛する女性といえど、歩数まで把握しているものなのだろうか。

 エリーダは、そんな彼女に残念そうな顔で微笑むと、もっと過激な質問をする。


「私がお風呂で最初に洗うのは?」


「左の手首」

(即答しやがったコイツっ!?)(……でしょうねぇ)


「お花摘みの時、下着をどうやって下ろすのでしょうか?」

(まさか、知ってる訳……)(あるのでしょうねぇ……はぁ……)


「ショーツの右端に親指を入れ、続いて左手。七割程の確率で右が斜めに下がった状態になる」

(やっぱり黒ですね)(黒ちびだけに?)


 中々に偏執的な答え、悲しみや嫉妬、驚きを通り越して引き始める女騎士に、エリーダはわざとらしく溜息を一つ。



「…………では、今日私がお花摘みに行った回数は?」



「四回、内訳は小が三、大が一」

(殺すっ! アイツを殺すううううううううっ!)

(押さえてくださいエイダっ! 後でです、報復は後でっ! 今は彼女の同情を引きましょう! …………去勢したら大人しくなりますかね?)


 あまりにもハッキリとした言葉に、とうとうグリンデが崩れ落ちた。

 笑顔をキープしてるエリーダとしても、予想以上の

変態的な執着っぷりに、怒りと動揺を押さえきれない。


「し、知りたくなかった……知りたくなかったです、こんな一面……っ! ――お嬢様、これはいったいどういう事なんですかっ!?」


「どうもこうも、残念ながらこれが現実よ。マティアス様は何かしらの方法で、私を監視しているのよ、……人としての尊厳を無視してまで」


「大丈夫だ、君が望むなら俺の全てを監視するといい。ああ、そうだった。この端末を渡しておく、最新のフォンよりずっと使い勝手がいい」


 懐から取り出したるは黒い板、先日に話に出てきたモノリスに似ている。

 強引に渡されたそれを手に取ると、次の瞬間、その板は青白く淡い光の筋を浮かべて。


『ナノマシンを検知、検索……該当一件。管理権限者エイダ、その転生体と確認。これより全モノリス型量子コンピューターの使用が許可されます』


「――なるほど? では別命あるまで待機を(厄ネタですよコレええええええっ!? 何をぽんと渡してくれてるんですかっ!?)(ねぇねぇ、リョーシコンピューターって何? アンタのフォンと何が違うのよ?)」


 エリーダに聞かれても、フォンとの違いなんて分かる筈が無いし、聞くつもりもない。

 ともあれ今分かる事は、例え手放しても狙われている事は確実で。

 もっと言えば、そもそもエリーダが狙われている状況が、あの襲撃の時より何一つ改善されていないどころか、知られてしまえば存在を消されても不思議では無く。


「――――天誅っ!」


「……痛いぞエリーダ。いや、もしかして愛情表現か? フフっ、苛烈だな君の愛は」


「~~~~~~~~っ!? お馬鹿っ!!」


 取りあえずエリーダは、モノリスとやらを投げ返し、ぐーで殴った。


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