第12話 「ポンコツ腹黒令嬢VS童貞ヤンデレ男」
状況は最悪だった。
絶世の美少女が鎖付きの首輪でスケスケネグリジェ一丁。
対し、筋肉質の大男が全裸でフリーダム。
これがエリーダの書いた官能まがいの小説であれば、ヒロインに迫る強引なヒーロー。
ヒロインは快楽に翻弄されつつも、彼の愛に戸惑ったり、襲われた悲しみやら、体は重なっても心は重ならないという山場ではあるが。
(アンタ、これに懲りたら強引に迫るイケメンなんて書くんじゃないわよ)
(いえ、私としてはわりと嬉しい状況なのですが)
(ええい、このポンコツ女がっ! そういえば言ってたわね、黒ちびが好みとかどうとかっ!)
この状況に至って、エリーダとエイダの意見は対立していた。
「ええと。マティアス様、少しお待ちになって。今エイダと意見を調整してますので」
「はい? エリーダ? 今なんと? エイダの人格と共生してるのかっ!?」
戸惑うマティアスを放っておいて、彼女は以前本で読んだザゼンの体勢を取る。
己との対話だとか瞑想する時に取る、東洋の神官が取るポーズらしいのだが、今この場においてふさわしい筈だ。
かくして、扇状的な格好をした金髪美少女がベッドの上でオリエンタルな感じで目を瞑り、側でそわそわと全裸の大男の光景が。
(では、意見のすり合わせをしましょう。私は彼の好意を受け入れても良いと思いますっ!)
(裏切ったなエリーダ! ここは逃げの一手でしょうが! 何のメリットがあるっていうのよっ!)
(メリット? ふふっ、貴女は愚かですね。ではそんな残念極まりないエイダにもご説明致します!)
エリーダの予想通り、メリットを聞いてきたエイダ。
ここは、貴族として生きてきた女の腕の見せ所である。
(まず一つ、彼の顔は素敵ですっ! あの黒髪、精悍でワイルドな顔! そして筋肉質の体と特に鎖骨っ! 股間もかなり体相応に大きいではないですかっ! ええ、これでも色々知ってるんです、小さいより大きい方がいいって)
(頭ショッキングピンクかアンタっ! 大きけりゃ裂けるって事もあんのよっ! というか外見だけかっ!?)
(何言ってるんですか、人間先ずは外見ですよ。エディ様の顔がもう少し良かったら、閨に誘ってましたよ私? だって年頃の娘ですものっ!)
相方が思った以上に煩悩まみれなのに気付き、エイダは顔面蒼白である。
(アンタっ! 処女が価値なのが貴族なんじゃないのっ! 貞操は美徳でしょうがっ!)
(はっはっはっ、そんな黴の生えた建前信じてましたの? 古今東西、王が配下の妻を求めた例など幾らでもありますわっ!)
(クソ貴族がっ! だからアンタらは嫌いなのよっ!)
うがががっ、と地団駄を踏むエイダを、どうどうとエリーダは宥める。
(知ってますわよ、貴女の人生が修羅場続きだった事を。肝心なのは飴と鞭! 殿方を掴むのは胃袋と股間! しかし我々貴族女性は料理を作らないとあればっ! そうっ! 股間への飴が大事なのですっ!)
(――なるほ……ど?)
(飴とは決して、モノリスの様な物品だけではありません。貴女の言うとおり処女は価値! ましてや私の様な美少女なら値千金、否それ以上! ならば今が売り時なのですっ!)
エリーダの勢いに呑まれかけるエイダ、このまま畳みかけるべしと、彼女が納得しそうなメリットを言い放つ。
(だいたい、彼は伯爵! それもモノリスっぽいモノを持って、更に明らかに王族っぽいストリーから直々に頼みごとをされるぐらい覚えが目出度い優良物件ではないですかっ!)
(言われてみれば、……そうか、あの孤児だったあの頃と違うのね……)
(この屋敷をみても、裕福で貴族の中でも最高級にお金持ちなのは明らか。しかもコチラを好いているのです)
ぐぬぬと天秤が大きく傾いたエイダ、これで止めである。
(ねぇ、もう一人の私。ここは任せてくださいませんか? 何も今すぐに全部この体を上げなくてもいいのです。……そう、期待。期待さえあれば、彼はそう無体な事はしないでしょう)
(任せて、いいのもう一人のアタシ?)
(二人で一人の私達じゃないですか、決して、彼の情欲のままにこの身を蹂躙させないと誓いますわ)
ここに、また一つ友情が産まれた。
頭の中で、しっかりと手を握り、拳を会わせ、気分は強大な敵に挑む戦士。
(――失敗したらごめんなさいね、ラブラブ新婚生活恐妻生活案でも考えておいてください)
(おいエリーダあああああああああああああっ!?)
ふんがー、と暴れ出したエイダを頭の済みに追いやって、エリーダは現実に復帰する。
「……お待たせしましたマティアス様」
「その、もう良いのか? 話し合いとやらは」
「ええ、彼女も快く私に任せてくださいました。それで――、私を抱きたい、そう言うお話でしたね」
不自然な程にっこり笑うエリーダの姿に、マティアスは戸惑いつつも頷く。
「そうだ。もう、君を離したくない。後悔したくないんだ。だから……」
キスしようと多い被さった彼の唇が近づく、だがエリーダはその唇を形の良い人差し指を押し当てただけで止めた。
「ふふっ、――まだ、駄目ですよ。マティアス様には聞かなければいけない事があるのです」
「何を?」
「決意を」
不機嫌そうな瞳に、顔にかかる熱い吐息。
その肉欲を隠そうとしない、彼自身で止められない情動を止めている事に、背筋がゾクゾクする快楽を得ながら続けた。
「私にはエイダの記憶があります、貴男と過ごした日々の記憶も」
「なら――」
「――焦らないで、やんちゃな黒ちびさん? でも、私はエイダではない。エイダの続きの生として私がある訳では無く、私の中に、エイダという人が独立して共生している訳です。この意味がお分かりですか?」
押し倒され、指を嘗められながら言った言葉に、マティアスの動きが止まった。
彼も気が付いたのだ、今此処でエリーダという女を抱く意味を。
「…………それは、でも俺は――っ!」
「私は、貴男に抱かれてもいいのです。出会ったばかりで好きでもない貴男でも。下級貴族の娘ですから、高い地位の貴男に抱かれる事を拒否できません」
「……っ!? お、俺はそんな心算では」
理性と良心と愛欲の間で揺れる男の、なんと官能的な事か。
圧倒的な愉悦を感じながら、エリーダは彼の堅い頬を誘うようになぞった。
「マティアス様が全ての責任を取るというなら、貴男の求めに応じましょう。――でも、エイダの心は手には入らない」
「で、ではどうすれば!」
「ふふっ、閨の手管に自信があるのならば、体ごと私とエイダの心を堕としてくださいませ」
それは男にとって甘美な誘惑、だが同時に恋する男にとって、決して間違ってはいけない選択肢。
エリーダは淫靡に微笑みながら囁く。
「体が貴男に溺れたとしましょう。――手には入るのは、正気を失った抜け殻です(アンタ、けっこうエゲツないわね)」
「子供が出来たとしましょう。――私達は私達の心を無視したマティアス様に復讐するために、その子を憎悪で育てましょう。……決して、貴男に幸福が訪れない為に(ひぃっ、怖いわよアンタっ!?)」
「痛みに訴えるのもいいでしょう。――でも、憎悪すら向けてあげません。貴男だけを無視して、自分で食事も取らない人形になりましょう(こ、これが貴族女性……、貴族の女って怖いわ……)」
エイダがどん引きしているのはともあれ、重苦しく黙り込んだマティアスに。
エリーダはその胸板を手のひらで堪能しながら、甘く甘く告げる。
鞭は与えた、ならば今度は期待という飴。
「しかし、それではあまりにも貴男が不利です。だから、機会をあげようと思います(勉強になるわ……、というかアタシよりよっぽど腹黒で悪女なのでは?)」
「……機会?」
「私を、エリーダという女の子を、心から愛してください。エイダは貴男も知っている通り心優しいヒト。そして皆の幸せを欲深なヒト(うんうん、アンタは分かってるわ、アタシは聖女の様な女なんだからねっ!)」
「俺に、貴女を口説き落とせと?」
そのしっかりとした言葉にエリーダは頷き、彼の首を寄せて唇を与えた。
「私はマティアス様の外見をとても気に入っています、是非、心も溶かしてくださいませ……(あ、これアンタの小説で読んだ台詞だわ)」
次の瞬間、黒髪の大男は弾かれたようにエリーダから飛び退き、ベッドの外へ退避。
抱くのを止めたようにも思えるが、それにしては様子が少し変だ。
具体的には、股間を押さえ背を向けて荒い息。
「…………マティアス様?」
「ぐ、うう、すまない。やはり君はエイダの転生体に、その心を共にするのに相応しい人物の様だ。……恥ずかしい話。――肉欲が止まらない」
「――――はい?(うーん? 何か雲行きが怪しくなってきたような……?)」
然もあらん、絶望の先に明るい未来を見せすぎたのだ。
理性では分かってはいるものの、男の性欲の馬鹿さ加減を理解していないのがエリーダという女である。
故に、マティアスの次の行動は彼女の予想を遙かに越えていった。
「お願いする! どうか、どうかこの俺にお慈悲をくださいっ! さきっぽ、先端を少し入れるだけでいいから、どうかお慈悲をっ!」
そう、マティアスは世にも見事な全裸土下座を披露した。
何度も何度も頭を下げながら、少しづつエリーダにじわじわと近寄る。
「マティアス様っ!? どうか正気にお戻りになってっ!?」
「エイダが其処に居て、更に君という魅力的な女性があられもない姿で居るんだっ! 俺はこの時まで、貴女に童貞を捧げる為に清い体でいたんだぞっ! 我慢できる訳がないっ! お前が悪いんだっ! だから慈悲をっ、慈悲をくれ俺の女神っ!」
「貴族としての矜持は、男としての矜持は何処に行ったんですかっ!」
「そんなもの野良犬にでもくわせとけっ! 男としての恥がなんだっ! それで俺の性欲が晴らされるのかっ!」
「逆ギレっ!?」
近づくマティアスに気圧される様に、エリーダもベッドの上で後退。
だが悲しいかな、すぐに限界は訪れ彼はエリーダの肉付きのよい手触りのよい足を撫で、頬ずりを始める。
「お願いだ、俺も我慢して入れる事はしない。そう、口と手でお願いしたいっ!」
「そこまで言うなら、自分でなさってくださいっ!?」
「……泣くぞ、屋敷中に聞こえるように大声でみっともなくなくぞ。お前が抱かせてくれないって泣くぞオラァ!」
エイダが飴を与えず、じっくりと熟成させた童貞の姿がこれである。
なかなか同意しないエリーダに焦れたマティアスは、今度は立ち上がり机へ向かうと、何かを手にして大急ぎで戻る。
「君にこれを与える、さ、握るんだ」
「え、ペーパーナイフですか?」
「よし持ったな? これから俺はお前を襲う、その間自由に反撃しろ、勿論俺の命を奪ってもいい」
「……でも命を失う間、私を抱き続けると?」
「無論だ」
何が何でも犯す、血の涙を流しながら足に縋りつく見目麗しい大男の姿に、エリーダはとっさに妥協案をだした。
「――――マティアス様の気持ちは分かりました、その男の性というのも」
「ではっ!」
「しかしっ! 私は寝ますっ! 寝るったら寝ますっ! けど、何をされても起きることはないでしょう! 純潔を散らされる事がないとマティアス様を信じて深い眠りに落ちましょうっ!」
二人は鼻息荒く見つめ合う。
ある意味とても緊張した空気が流れ、やがて、マティアスはゆっくりと首を縦に振った。
「約束しよう、出来る限り気持ちの良い夢にする。俺を信じてくれた貴女を裏切るような夢にはしないと誓う」
「信じましょう…………、では寝ます。お休みなさい」
「ああ、お休み。俺の愛しい君たち」
何があったか、それは寝ていたエリーダには分からない。
だが起きた時、股間に痛みやシーツに血の跡が無かったとはいえ。
体のそこらかしこに手の跡、謎の鬱血。
そして謎のカピカピが、自慢の髪にも沢山へばりついていたので。
何が理由がさっぱり分からないが、マティアスの頬には赤い紅葉の跡が暫くの間消えなかったという。
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