第11話「ポンコツ腹黒令嬢は墓穴を掘る」
それは生物では無く、鋼鉄の異形。
大きさだけで言えば、大型の蒸気自動車に匹敵するが。
先ず、――手足がある。
尾と胴と、そして顔。
黒く、黒く、鋭い爪と牙を持ち、目は赤く爛々と輝き。
(……大きな犬ね!)
(狼ですってっ! 馬鹿ですか貴方は! どうみても黒狼の異名の元じゃないですかっ!)
蒸気機関を動力源とした、自立稼働する階差機関の化け物。
そして、狼を思わせる蒸気駆動甲冑を着込んだマティアス。
そのコンビの戦いはまさに、蹂躙と呼ぶべきものだった。
(何でしょうかアレ、狼さんから変な光がでて、銃が溶けましたけど)
(しかもアタシ達を避ける様に曲がったわよねぇ……、今の時代の技術って凄いのねぇ)
最早戦闘ではなく、必死に逃げるクラウス達との追いかけっこの様相に、二人は再び傍観モード。
そんな中、エリーダは一つの不安を覚えていた。
(いえ、どう考えてもおかしいです)
(何がよ?)
(だって、あの蒸気で動く甲冑が出てきたのが数年前、中に人が乗り込むのも、自動で動かせないからと聞いたことがあります)
(……あのおっきい犬は勝手に動いているみたいだけど?)
(もしかすると、もしかするかもしれませんよエイダ。貴女の言っていたモノリス、本当にマティアス様の手にあるのかも)
(でもさ、……それってアタシ達に何か関係ある?)
(……無いですね、じゃあ気づかなかったフリで)
やがて数分も経たない内に、クラウス達は皆捕縛。
「ではストリー、私は実家に戻るわ。叔父も心配しているだろうし(よし撤退!)(気は進みませんが、あそこが一番気が休まります……)」
「ああ、こっちは手が放せなくて送れないけど、気をつけて――じゃないっ! なにしれっとした顔で逃げようとしてるかな君はっ! 危機感が足りてないんじゃないか!? というか、モノリスとかの事をキリキリ吐くんだよオラァ! ボクは知らないぞそんな情報っ!」
うがー、とストリーは怒鳴りながらエリーダの襟を掴んで顔を寄せる。
「ふふっ、顔が近いわよストリー。それに全てはエイダが言った事。私は何を言ったか知らないわ(何グダグダ話してるのよっ! 黒ちびが来ないうちに逃げなさいったら!)」
「おう、その設定まだ続けるのかお前。我が友ながら良い度胸してるな。……キミ、前世に染められてないかい?」
「……冗談でも止めてくださる? あんな人に影響されるなんて(はっはー、所詮アンタも同じ穴の狢……じゃないわよ、だから逃げなさいって!)」
エリーダとしても、一刻も早く逃げたいのだがストリーの力が思った以上に強く、ふりほどけないのである。
そうこうしている内に、ベンバー枢機卿とマティアスが歩いて此方に。
不思議な事に、さっきまで響いていたあの黒狼の足音はぴたりと止んでいた。
「エリーダ嬢、貴女を巻き込むまいと思って家に閉じこめたのだが、どうやら裏目に出てしまった様だ。――危険な目に会わせて申し訳ない」
頭を下げる伯爵に、流石のストリーも手を離す。
さりげなく周囲を見渡せば、屋敷の使用人達が包囲網を作っていて逃げられる様子ではない。
「頭を上げてくださいマティアス様。何も知らず、知ろうとせずに自由を求めた私が悪いのです……(そうっ! ここで悔いて罪悪感を感じる美少女のポーズ!)(かーらーのー!)」
「エリーダ嬢……」
しおらしく俯く姿は、マティアスは愚かベンバー枢機卿達も、彼女を気丈に振る舞うか弱い美少女だと錯覚させた。
(反省? するわけないっての!)
(ええ、勝手にモノリスとやらの所有権争いに巻き込んだのはあっちですし? 私達は何一つ悪くありません)
勝手に逃げ出して、彼らに要らぬ心配をさせたのを棚に上げて二人は憤慨する。
故に、一矢報いなければいけない。
彼らの罪悪感を煽り、なおかつ心優しい人物だと思わせるような言葉を。
「マティアス様……、立ってくださいまし」
エリーダは伯爵の手を取りなでる。
愛おしそうに、聖母の様に微笑みながら。
「私は貴方と出会ったばかり、ですがこの手を見れば分かります。この傷の一つ一つが、貴方の戦いの証。誰かを守る為に戦える尊い手。先程も、私達を守ってくださいました……(アタシ的にはもう少し線が細い方が好み)(そうですか? わりと好きですが)」
「エリーダ嬢……」
「マティアス様の戦いは、きっと国を、民を守る戦いなのでしょう。私はそれを尊び、嬉しく思います。だから――(ま、精々盾として死んでよね)(ありがたいですけど、巻き込まないで欲しいものです)」
感極まった様な顔をするマティアスに、エリーダは大輪の花の様に微笑んだ。
勿論、目をぱっちり開ける事も忘れない。
「次からは、何でも仰ってくださいませ。私が役に立つというのなら、今日のような囮も万全に努めて見せましょう。……どうか、私を守られるだけの女にしないでくださいませ(だって逃げるもの、不要よ不要!)(君子危うきに近づかず、東洋の言葉でしたね)」
額面通りに受け取った者は、エリーダを清く正しい聖女のような美少女だと。
――伯爵を深く愛しているのだという誤解と共に。
言葉の裏に隠された、余計な事をされたくなければ事前に言え、という嫌みに気づいた者は、罰の悪そうに視線をそらし。
いずれも、人並みはずれた美貌がもたらす説得力だ。
そして――――。
「何でまた、こんな事になっているのでしょうか?(くっそおおお、逃亡しっぱいしたぁあああ!)(逃げれる訳ないじゃないですかっ! あんな雰囲気でっ!)」
エリーダの首には今、大きな首輪が。
首輪は鎖でベッドに繋がれ、自由などない。
あの発言の後、マティアスに強く抱きしめられたと思えば。
周囲から、祝福する様な視線と共に見送られ。
あれよあれよと言う間に伯爵邸へ逆戻り。
居心地の良いあの部屋に戻されたと思えば、メイドに全身を洗われ、今度はスケスケネグリジェ着替えでベッドに放り込まれ。
更に。
「――――エリーダ嬢、いやエイダの生まれ変わりのエリーダ。どうか俺の思いを受け取って欲しい」
ベッドに腰掛けるエリーダの前には、全裸のマティアスが。
そう、服は勿論下着も何も付けず、股間も丸出しの男が、情欲に塗れた暗い瞳で。
(これは……詰みました?)
(諦めてるんじゃないわよっ! この絶世の美少女であるアタシ達のの貞操がかかってるんだからっ! どーにかしてやり過ごすわよっ!)
然もあらん、愛した女が発言通りに生まれ変わって目の前に現れて。
これからも側に居る、と受け取れる発言をしたのだ。
その愛しい者の命を危険に晒してしまった、という事柄が、感情の発露に拍車をかけているのも原因である。
つまる所、――今度こそ本当に貞操の危機なのであった。
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