第10話「ポンコツ腹黒令嬢は厄ネタ」



「猊下、このお嬢さんの命が惜しければ――、ご同行願いますね?」


 襲撃者のリーダーが、静かに促した。

 彼らは皆一様に兜を付けているので、表情も素顔も分からない。


(……コイツら、何で有無を言わさず連行しないの?)


(つまり、事情があるのでしょう。理由はともあれ、彼らは猊下を傷つけてはいけない。そしてあくまで同意という形を取りたい)


(けど、ここまでやってるって事は、力付くも視野に入ってるぐらい、相手は焦っているって事ね)


(そして此処はストリー邸の敷地内、彼女は伯爵様に電話していた)


(問題は……)(どうしましょうか……?)


 正義の人を気取って、横槍を入れる。

 メリットは自分の正義と外聞、デメリットは命の危機。

 だが、特に正義の人という訳でもない二人は、言葉を交わさずともその選択肢を排除した。


(よくよく考えたらさ、別にアイツらに着いていってもいいんじゃない?)


(向こうの待遇は未知数ですが、主導権を握ってるあのリーダーは恐らく神職の方、……泣き落としでなんとかなりそうですわね)


 このまま伯爵やストリーに厄介になっても、襲撃の危機があるというなら。

 そちらに着いて、身の潔白を訴えつつ内部の高官に取り入るのが安全というものだろう。

 この様な状況でなければ、逃げるのなんていつでも出来るのだ。

 故に、エリーダ達は恐怖に震えるフリをして事態の推移を見守る。


「……ふむ、否定派の息がかかった粛正騎士。グエン某とでも言ったところかのう?」


「――っ!? ご慧眼、敬服致しました。ならば此方の用件もお分かりの筈。何とぞ、ご同行願いませぬか?」


「おいおい兄ちゃんよお、まどろっこしい会話してる暇なんてねぇぞ。今すぐ撤収しないと奴等が来やがるぜっ」


(はいはい、こういうのは余所でやって欲しいものだわ。アタシ達を巻き込むなっての)


(まったく同意ですね、ところで喉が乾きましたね。紅茶が欲しいです)


 実の所、さっきからエリーダの喉元には剣が突きつけられているのだが。

 この場で殺される訳が無いと、暢気な事である。


「俺らも命あっての物種だ、悪いがアンタには任せちゃあいられない。――俺らの流儀でやらせて貰うぜ」


(内訳は教会の者が一人、残りはどこぞの傭兵の様ですわね)


(傭兵っていうより、こいつら軍隊崩れって感じだわ。言葉の割に、規律がしっかりしてる)


(分かるので?)


(傭兵ってのはゲスな破落戸と同じよ、こうして拘束しながら、胸の一つや二つ揉んでいてもおかしくないわ。特に、アタシ達の様な美少女相手ならねっ!)


 神官と軍隊崩れの襲撃者、背後関係が見えてきそうなものだが、それはそれ、エリーダ達には関係がない。

 ――と、思われた。


「……止む終えない。時間をかければ黒狼が来る、ならば此方の敗北は必須だ」


「ご理解頂けて嬉しいよ。――おい、そこの嬢ちゃんよこしなっ!」


「きゃっ!?」「おい、何をするつもりじゃっ!」


 喉元から剣が離れたかと思えば、背中を強く押され、エリーダは数歩よろめいた後地面に倒れる。

 そして。


「――ぎ、ぁっ!?(踏みつけたコイツっ!? 傭兵風情がアタシを踏みつけたっ!?)(痛いというより苦しいです……)」


「五秒毎に、嬢ちゃんの綺麗な体に穴が一つづつ増える。弾が無くなったら指を切り落とす。――こちらの指示に従え」


「な、なんと卑劣な……」


 傭兵は拳銃を構え、エリーダの足首に狙いを定める。


「ほら、いーち、にーい、さーん――」


 容赦なくカウントを開始する傭兵側のリーダー。

 もったいねぇ、残念だが仕方ない、と他の人員がこぼす辺り、幾度と無くあった光景なのだろう。


「よーん」


 あと一つ。

 そして、――――エリーダ/エイダはブチ切れた。




「――――私を撃てば、モノリスの所在が分からなくなると思いなさい(けけけっ、どうせ撃たれるなら適当に法螺吹いてやるわよ!)(嘘に惨めに踊らされるがいいですわっ!)」



 直後、銃口は足首から外される。


「……ああん? 適当言って――、いや、嬢ちゃんは例の。へへっ、こっちの爺より話が分かるじゃねぇか」


「その逞しい足を退けてくれると、もっと口が軽くなると思いませんか?(うっし、馬鹿が一人釣れたっ!)」


「それは駄目だ、モノリスの在処が先だ」


 抜け目ない傭兵の態度、だがこれでひと先ず死期は延びた。

 後は、――二人の独壇場である。


「では、在処を話す前に認識のすり合わせをしましょうか」


「認識だぁ、時間稼ぎに付き合う心算はねぇぞ」


「あら、私の知るモノリスと、貴方達が探しているモノリスが同じだとは限りませんわ、すり合わせは重要でしてよ?(何か知ってる人って感じがするわ)(お知り合い? それは好都合ですね、とっとと言いくるめてくれません?)」


「……この状況で肝が座ってるなぁ、嬢ちゃん。生憎だがその手には乗らないぜ」


 時間稼ぎは出来ない、だが次の手はある。

 しかしその前に、エイダは賭にでた。


「ふふっ、慎重な所は変わらないわね」


 意味深に、懐かしさを瞳に携えて。

 引っかかったら儲けもん、的中したら運命、外れたらまた死ぬだけだ。

 もっとも、エリーダとしては抗議をあげていたが。


「――? 妙な事をほざくな。俺はお前の様な綺麗なお貴族の嬢ちゃんにはあったことなんてねぇ」


「あら寂しいわ、貴方は会っているでしょう? 私は忘れてないわ。……雨の降る夜、路地裏で貴方が傘をくれて、暖かな寝床へ案内してくれた事を」


「おいおい、何の話をしてるんだ? 俺はモノリスの在処を言えって言ったんだぜ」


 再び銃口が、今度はエリーダの額に向けて。

 だがエイダは、あの頃の様に無邪気に微笑んだ。


「大熊のクラウス、堅物のクラウス、アタシの可愛い伍長さん? 何時から貴方はそんな乱暴な殿方になったのかしら?」


 外面とその場限りの口先だけのエイダが、どうして十七まで生きていられたか。

 ひとえにそれは、悪運と呼ぶべきもの。

 経験からくる勘の制度が、極めて高い所にあった。

 つまり――。


「ま、さか……お前、エイダ……、エイダなのかっ!?」


「お、お頭っ!?」


「ウルセェっ! 黙ってろっ!」


 傭兵側のリーダーは、慌てて足をどかすとじれったそうに兜を脱ぐ。

 そこには、毛深い顔の四十路男が。

 彼、クラウスは大切な宝物を拾うように、優しく丁寧にエリーダを起きあがらせ、怖々と抱きしめた。


「どうして、何故、エイダ……」


「今はエリーダとお呼びください、それが今世の私の名です(……うっし首の皮繋がったぁ! アタシの記憶冴えてるぅ!)(もしかして、この先ずっとこんな感じで綱渡りなんでしょうか……)」


「エリーダ、会いたかった」


「甘えん坊な所は変わらないわね、よしよし、よしよし」


「お、お頭が……っ!?」「馬鹿な、あの大熊だぞっ!?」「お頭があの薔薇の乙女と知り合いだったって噂、本当だったのか」


 ともすれば、戦場から帰ってきた年上の恋人との再会の光景に、一同は唖然となる。


「……いや、待てエイダ――じゃなかったエリーダ。お前、モノリスの場所を知ってると言ったな?」


「ええ、言ったわ。(よーしよし、相変わらず都合のいい男ねテディベアちゃん! エリーダ! 次のセリフは分かってるわね!)(ええ、勿論です。今の状況を打破するたった一つの冴えた台詞!)」


 一つの体に二つの意識というのは、とても便利だ。

 同時に二つの事に集中出来る。

 そう、エイダが会話に集中している間、エリーダの役目は外の監視。

 恐らく、この場で気付いているのはベンバー枢機卿。


(エイダ、――彼が来ます。いち、に、今っ!)


「モノリスだけどね、今、彼が持ってるの」


「彼? それは――」


 瞬間、ガチャン、ドスンと地響きが襲撃者達の背後から。


「紹介するわ。モノリスの持ち主。黒ちび、いえ。貴方達で言うところの(と言っておけば、真偽は兎も角、今後アイツが目標になるって寸法よ!)(……というか、アレ、何です?)」


「――――黒狼、伯爵っ!?」


「無事かっ! エリーダ嬢っ!」


 エリーダが内心首を傾げ、ベンバー枢機卿が胸をなで下ろし、傭兵達がとっさに銃を向ける。

 そこには、――異形の怪物と黒髪の男、マティアスの姿が。

 彼は、エリーダを抱きしめるクラウスの姿をみると、見る見るうちに眉を尖らせて。


「卑怯な、猊下を狙うのみならず。俺のエイダまでもっ! …………皆殺しにしろおおおおっ! ブラッティローズ!」


『GAOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!』


 異形の怪物が咆哮を上げ、そして蹂躙が始まった。


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