第9話「ポンコツ腹黒令嬢は老人介護する」
ストリーのメイド達に着替えさせられたエリーダは、再び応接室に居た。
「ねぇストリー、申し訳ないのだけれど違う服はないかしら? その、少し胸が……(はっ、嫌みかアンタ! その喧嘩買うけど!)(今は貴女の体でもあるのです、一々騒がないでくださいな)」
「うぐっ、よくもまぁヌケヌケと言うなぁ。君への罰だ、今日はその服でも着てろっ」
「あらあら、いきなり迫られて怖かったのですよ? これぐらい言っても罰はあたりませんわ」
恐怖など微塵も感じさせない何時もの様子に、ストリーは大きく溜息をついた。
彼女としては、そこを突かれると痛い所ではあるが。
「いや、悪かったとおもうが。……そもそも君が発端じゃあないかい? 迂闊な事を言うからあんな風になるんだよ」
「それはもう一人の私に言ってくださいませ、話に伝わる薔薇の乙女にしては、随分と愉快な御仁なのですから」
「ヒドいわエリーダ、貴女だって似たようなものでしょうに」
「……いきなり変わっても、ただの一人芝居に見えるな。気持ち悪いぞ君たち」
根っこが同じだからこそ、人格が両立しているのかも、とストリーは興味深そうに笑った。
エリーダの本性というべき何かには気付いていたが、アクセルが加わっただけで、こうも破天荒になるのかと。
「さて、本来ならエイダ君に色々聞きたい所だが、今日は少し忙しくてね。替わりといっては何だが、話し相手になって欲しい人が居るんだ。まぁ何時もの相談と考えてくれて構わない」
「あら残念だわ、貴女が私を伯爵に預けた理由を知りたかったのだけれど」
「それはもう少し待ちたまえ、まだ語るべき条件が揃っていないからな。――ああ、彼との会話の間に伯爵への言い訳を考えておくがいいさ」
ストリーはそう言うと、エリーダをガラス張りの美しい温室庭園へ連れて行った。
「この中の東屋に、お忍びで来たご老体がいる。話し相手に不自由してるんだ、孫になったつもりで頼むよ」
「いいの? メイドも付けないで。私は逃げてしまうかもよ?(よし、コイツが行ったら逃げるわよ!)(駄目です、ここは慎重に動くべきです!)」
「ふふっ、そこら辺は信頼しているさ。エリーダ、君はもう薄々気付いているんじゃないかい?」
丸眼鏡の奥、その静かな瞳にエリーダは頷いた。
「恐らく叔父様が私の本を出版した時から、巻き込まれているのですね? 恐らくエディ様の事も貴女の差し金」
キリっと言ったエリーダに、ストリーは気まずそうな顔をした。
「………………残念ながら」
「残念ながら?」
「あの盆暗はマジだ。でなけりゃ護衛を付けるに止めて伯爵に会わせたりしない」
沈黙が流れる。
エディという人物に罪は無い、その行動も気持ちも、誰かに命令されたものではない。
だからこそ。
「…………意気地なし(かーっ! あの盆暗本当に盆暗ねぇっ! これだけの美少女よ! ちょっと引け目を感じててもキープしておきなさいなっ!)」
「彼がもう少し男として欲望に素直だったら、僕としても話が楽だったんだが。……まぁ、済んだ事は仕方ないさ、ははっ」
どこか投げやりな乾いた笑いに、エリーダとしても笑うしかない。
彼女に彼と食事の場でも作ってもらい、口説き落とす計画がパーである。
(これも、運命なのでしょうね……)
(何諦めてるのよアンタっ! これが運命ならトコトンあらがいなさいなっ! 適度に言いなりになってくれて、お金と地位持ってる相手だってのにっ!)
るーるるー、と黄昏ながらエリーダはしみじみと運命を感じた。
己の美、そして文才は遅かれ早かれこの様な事態を招いたに違いない。
そしてきっと、エイダという前世が蘇ったのも、宿命なのだろうと。
(嗚呼、私って罪……)
(悦に入ってるんじゃないわよ! 切り替えなさい! この先に居る奴は高貴な身分って感じじゃない、アタシ達を売り込んで移住先にするわよっ!)
(……それもそうですね)
「おーい君たち? 二人になったお陰で表情筋の制御が緩んでるぞ。その百面相を見てる分には面白いが、聡い者には気付かれかねない。注意するんだ、というかボクが居る時は声を出して会話してくれ、寂しいぞー」
「あらご免なさい」「気をつけるわ」
「……器用さに磨きが掛かってるね? どうやったんだい? いっぺんに二つの言葉を出すなんて?」
「貴女も前世の人格と同居すれば分かるわよ」
珍獣を見るよな顔の親友にデコピンを一発、やり返されてチョップを一発。
痛み訳で、ハイタッチをして分かれる。
「後で全部説明しなさい親友」
「頼むから大人しくしてくれよ親友」
類は友を呼ぶのか、格好付けて反対の道を行く二人。
もっとも、三十秒もかからずエリーダは目的地に着いたのだったが。
ともあれ、目的の場所に居たのは一人の老人だった。
髪が白ければ、顔はしわしわ、腰の曲がった老紳士。
(性欲で釣るのは期待できそうにないわね、孫の嫁狙いで行きなさいエリーダ)
(相変わらずストリーの人脈は謎ですね……、小さいですがあのネクタイピンの紋様、王族しか使っていけないものでは?)
相手が王族関係者だと分かった所で、かの老人の顔に見覚えが無い。
この年頃の人物の王族、そして社交界からも見ない人物という条件でも数人の心当たり。
(――任せましたエイダ。こういうのは貴女の方が得意でしょう)
(ちょっとエリーダっ!? 面倒になったからって逃げるんじゃないわよっ!?)
エイダは引き留めるも、彼女が出来なかった様に脳の奥に引きこもる事を阻止できない。
ならば女は度胸と、思い切って話しかけた。
「お爺さん、お隣よろしいかしら?」
「ほっほっほっ、そなたがストリーの言っていた子かのう? すまぬな、老人に付き合わせて貰って」
「いえ、私で宜しければ」
祖父母という存在はエリーダにもエイダにもいないが、接し方に手抜かりはない。
普段は細めている目をしっかり開けて、にっこりと無邪気に微笑んだ。
「しかし、そなたが……、ふぅむ。いやはや、年甲斐もなく見とれてしまったわ。すまぬな、故あって名乗れぬのだお嬢さん、そうだな――、庭師のお爺さまとでも呼んでくれ」
「ではお爺さまと、私の事は薔薇の君とでも呼んでください(……アンタも大概、いい神経してるわ)」
十中八九、この老人はエリーダの素性を知っている。
だがここは、茶目っ気を出した彼に付き合う、ユーモアを解する女の子の演出だ。
「うむ、薔薇の君。君は美しい金髪をしているが、その名がよく似合う。……おお、そうだ。つかぬ事を聞くが、モノリス、銀の懐中時計、箱庭。そういった単語に聞き覚えは無いかね?」
「モノリス? 懐中時計? それに箱庭ですか……(モノリス……それは聞き覚えある気がするわ、昔誰かにそんな名前の大きな板を貢がれた気がする、銀色の懐中時計も。誰にあげたっけなぁ……?)」
エイダの不穏な言葉は無視して、エリーダは首を横に振った。
老人はその単語の意味まで問いかけているのであり、字面だけ知っていると言っても、余計な事に巻き込まれるだけだろう。
「申し訳ありません。その様なものにはとんと、有名な美術品でしょうか? 浅学の身を恥いるばかりです」
「聞き覚えが無いと? ふぅむ…………」
(ねぇエリーダ、コイツの好感度稼ぎは止めて今すぐ逃げましょうよ。何か嫌な予感がするわ)
(どうやら只の話し相手という訳ではなさそうですね、今巻き込まれている何かに関係してるのでしょう。……今すぐ逃げても手遅れかもしれません)
考え込む老人を、笑みを張り付かせながら観察するエリーダ。
やがて思考を止めた老人は、エリーダに言った。
「――どうやら、君は普通の刻印持ちとは違うようじゃ。ならば一つ、心構えを聞いてはくれんか?」
「私が刻印持ちがどうかはともあれ、大変興味深いお話ですね、是非お聞かせくださいませ(コイツ、きっと教会のお偉いさんね)(そして王族でもある、愛嬌を振りまく相手ではなさそうだわ)」
エリーダは目を細める。
これは、彼女が警戒態勢に入った事を意味した。
瞼を限りなく下ろすことで、目から察する事の出来る情報を、限りなく少なくする本能的な防衛。
(このお嬢さんは、一筋縄ではいかない相手のようだのう……、恐らく先の笑顔も演技じゃろうて。さて、帰ったら薔薇の乙女エイダの事から調べ直しじゃな)
その光景と意味する所を、年の功故か正確に読みとった老人は、エリーダがただ純真な少女ではないと、評価を上方修正した。
「――ごほん。では後学の為に聞いておくといい。先ず、刻印持ちには使命がある事はご存じかな?」
「使命、ですか? 前世の知識と経験を生かし様々な方面でご活躍なさっている、とまでは知っていますが(難しい話? アタシ寝てていい?)」
「それらは、ある意味副産物の様なものじゃな。少々、荒唐無稽な話になるがの。……歴史。彼らはそれを守る使命がある、全員が全員、そう言っておるのじゃ」
「成る程、副産物とはそういう事ですか。使命の結果、そうする必要があったと(起きててください馬鹿女、私まで眠くなるじゃないですかっ)」
「ああ、そしてじゃ。先の三つ、それを見つける事も使命に一つと言われている。……只人である儂らには検討もつかん話ではあるがな、――世界を変える力があると言う」
「ふふっ、それはまた夢のあるお話ですね(エイダっ!? エイダっ!? 思いっきり貴女の因縁に巻き込まれてませんか私ぃっ!?)」
庭師を名乗る老貴族の話に、エリーダは戦慄した。
これだ、これである。
エリーダ達を取り巻く状況、皆が転生したエイダを探す理由。
(――――エイダ? 貴女さっき、誰かからモノリスと銀時計を貰ったとか言ってませんでした!?)
(あれっ!? もしかしてアタシ、すっごく惜しい事してるっ! 一つでも世界を変える力があるっていうのに、それが二つもっ! ああっ、誰にあげたんだっけえええっ!?)
狙われる訳である。
笑顔の裏でオロオロするエリーダとは対照的に、エイダは溜息一つ、明るく言い放った。
(ま、いいか。手元に無い以上アタシには関係のない話だし。そんなもんで仮に世界征服しても、責任とか管理するのが面倒よね)
(それで良いんですかっ!?)
(だってそうでしょ。アタシは顔と体と金と権力持ってる男から貢がれて自由に暮らしたいだけだもの)
エリーダは絶句した。
老人が居なければ、頭を抱えてわめき散らしていたかもしれない。
かの人が語る刻印持ちの話を、適度に相づちを打ちながら右から左に受け流し。
そして。
――――ガッシャン、ドカン。ドスンドスンドスン。
突如天井のガラスが割れたかと思えば、最新鋭の蒸気駆動大鎧を着込み武装した者達が降ってきた。
「ベンバー枢機卿猊下とお見受けする。我らに従うならよし、でなければ――、お命、頂戴仕るっ!」
「そこの少女! お前は動くなっ! 動けば新たな巡りに加わると思えっ!」
新たな巡り、それは教会の決まり文句の一つ。
故に、この襲撃者達は教会関係者だと推察されるが――。
「――ふぅん。いいツラとカオしてんじゃねぇか嬢ちゃん。ああ、コイツも目標か。今日はツイてるな。へへっ、後でじっくり取り調べてやるよ」
「おいおい、見たところお貴族様のご令嬢だぜ? 手厚い待遇にしなきゃな。ゲヘヘヘ」
「おいお前等っ!! これだから傭兵連中は……」
(だから言ったでしょうっ!? とっとと逃げるべきだってっ!)
(さっき逃げたら、私達単体で遭遇する可能性もあったのですよ!)
貞操の危機の次は、命の危機。
エリーダは気絶したくなった。
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