第7話「ポンコツ腹黒令嬢は失言する」
噂の黒狼伯爵は、整っているが厳めしい顔つきをしていた。
男としても大柄で、筋肉質な肉体も圧迫感を助長している。
威風堂々、武を誇る貴族。
それに加えエイダは金の匂いに、エリーダは好みの年上だと、一瞬見惚れそうになるがそうはならなかった。
何故なら、二人の脳内で厄ネタセンサーとでも言うべき何かが激しく警鐘を鳴らしていたからだ。
故に――。
(第一回脳内会議を始めたいを思います!)
(イエーイ! ドンドンパフパフ~~!)
エリーダとエイダは話し合う事にした。
なお、危機を目の前に脳が活性化したのか、普段のやりとりの数倍以上の速度である。
(はいそこエイダさん、ふざけない。事は私達の進退に関わるのですから、真面目な意見をだしてください!)
(なら先ずは現状の整理ね。
一つ、アタシ達は前世が蘇った疑惑がかかっている。
一つ、そしてアタシを探している評判の悪い男が目の前に居て、ストリーはアタシ達を預けようとしている。
一つ、アタシ達は自由気ままに人生を謳歌したい)
(……三つめの言い方は兎も角、概ねその通りですね。ではこの状況をどう持って行くか話し合いましょう)
今、エリーダ達が取れる選択肢は三つ。
①この場で逃亡する。
②理由を付けて拒否する。
③提案を受け入れ着いていく。
エイダとしても、それには異論が無かったが――。
(――待って、アンタはアタシの事がバレたくないだろうけど。アタシは別に良いんだけど?)
注目が集まっているなら、エイダとしては金蔓候補が寄ってきてウハウハだし。
エリーダとしても、好みで条件の良い男を選べばいいのではないか。
自らの容姿と言葉の力を信じ切っているが故の、セリフだった。
ここに来て、前提を覆し始めたエイダにエリーダは嘆息する。
(エイダ、貴女知らないのですね? 刻印持ちはその発覚後必ず教会への無償奉仕の義務があるのです。その多くが年単位、一生涯という人も珍しくありません)
(は? 何それメンドくさい!)
(残念ながら、国の法律で決まっているのです。勿論、恋愛や結婚、職業などの自由はありますが……)
やれ学園の薔薇だの、貴族令嬢の模範などと言われるエリーダであったが。
しかして、その感性は普通(に近い)の女の子。
エイダなどは、元々義務などどこ吹く風の人生を送ってきた訳で。
(刻印持ちのメリットより、デメリットの方が大きそうね……)
(貴女が何らかの技術や、目的を持っていたらメリットの方が大きかったのですが、……そうじゃないでしょう?)
(勿論! アタシはね、いい男に寄生して、豪華で暖かいご飯と、適度な娯楽を消費する人生が良いのよ!)
(エイダの即物さには呆れるしかありませんが、なら分かるでしょう? 家に居ても面倒だし、エディ様が婚約解消さえしなかったら…………ああもうっ! 兎に角にも、伯爵に着いていくと刻印持ちとバレる可能性が高いんですよ!)
エディと言う人物は、エリーダにとって都合のいい結婚相手だったのだ。
適度に金を持ち、男として適度に愚か。
恋愛相手には物足りない節があったが、生涯の夫としては適度に誠実。
人として平均的な幸福を得るには、うってつけのレールだった、だったのだ悲しい事に。
(……エリーダ、アンタさぁアタシの事アレコレ言うけど、アンタこそ結構即物的よね)
(貴族の子女ですもの、結婚にも損得計算は必要ですわ。そりゃあ恋愛には憧れますが、いつか芽生えると思ってましたし)
ぽわぽわとした外見とは裏腹な本性に、エイダは現世の自分の事を理解した。
(ああ、成る程? あの盆暗はアンタのストッパーだった訳ね)
普通の貴族令嬢ならば、いくら学園一の淑女と煽てられても生徒達の相談に乗りやしない。
ましてや、黒歴史といえる妄想を何十巻にも渡って書き続けたりしないし。
親代わりの叔父を殴って、家出などしないだろう。
ある意味では、かつてのエイダ以上に裏表が激しく、行動力のある人物なのだ。
(ウケケケ、気に入ったわアタシ! ……で、何の話だったっけ?)
(伯爵への対応です! 逃げるか受け入れるか、それだけでも――)
(はいはい、ここはアタシに任せなさいな。先達のやり方を見せてやるわよ!)
(あ、また勝手に体を――――!?)
コンマゼロゼロ二秒でこの会議を済ませたエイダは、現実に復帰してストリーに頷いた。
「ありがとうストリー、貴女の提案を受け入れるわ(ちょっとエイダっ!?)」
「……。へぇ、案外素直に乗ったね。言っておいてなんだけど、断られると思ったよ」
「本当に良いのか? 俺は評判が悪いと聞く」
戸惑った様に眉根を寄せた伯爵に、エリーダ(エイダ)はその手を両手で包んだ。
「私は暫く、身を隠す必要があります。そして親愛なるストリーの言葉、嫌な筈ありません。――それに(うーん、何処かで見た顔よねぇ……。引っかかるわ)(もうちょっとはっきり思い出してくださる? お・婆・さ・ま!)」
脳内で響くエリーダの嫌みを無視し。
ここぞばかりに微笑み、左手でその頬を撫でる。
「噂は所詮噂、私には伯爵様がその様な人物には見えませんわ」
「そ、そうか……」
黒狼と異名を持つ伯爵は、頬を赤らめて縮こまった。
その様子は、狼というより、人懐っこい熊の様に見えエリーダは可愛いモノを見るように笑う。
「……? いつもより大胆――いや、そういう事か」
「何か言いまして? ストリー(あ、アタシに変わったの気付いたなこの女)(流石ストリー、私の親友! 嗚呼、でも出来るなら止めて欲しかった……ぐすん)」
「ふふっ、何でもないさ親友。なら話は纏まったな! エリーダを宜しく頼むよ」
「我が身に変えても、ストリー様のご親友の身は守ります」
(というか、アイツぜったい子爵令嬢じゃないでしょ? 伯爵のご党首様が、たかが子爵令嬢に頭下げる?)
(ま、まあ、ストリーですからね……)
エリーダの推測ではロイヤルファミリーに繋がる血筋だが、本人が言い出さない限りはと話題を避けている。
ともあれ行き先が決まった訳だが、エイダにはどうしても伯爵の姿が引っかかっていた。
(えーと、アタシが死んだ年から十八年だっけか? この金蔓が三十代半ばだとして、今のアタシ達と変わらない年頃)
その頃の黒髪の男性は、誰が居ただろうか。
ストリーと伯爵が細部を詰めているなか、常に目を細めて目線が分かりづらい事をいいことに、じろじろ観察する。
(黒髪の背の高い人物……、髪は染めているか鬘という可能性を考えて。もしかしてギャングの時期親玉だったジョニー? 大商会の跡取りアレク? それとも教会で出世株だったゲイリー……、は違うか。瞳の色が違うわ)
(貴女、どれだけの人に手を出してたんです? いえ、私達の年頃ならまだ成長前という可能性はどうです?)
(アンタも時間の問題よ。にしても黒髪の男、黒髪の男。……うーん。――あ、一人居たわ。金蔓じゃないけど、腕が立つから側に置いてた奴がいるわ)
(え、貴女に金蔓じゃない男性が居たんですかっ!?)
心当たりよりそちらの事実に驚愕しながら、エリーダは先を促した。
(いやまぁねぇ、ゲイリーにつき合いがてら、貧民街の炊き出しに参加してた時があるのよ。偶に大貴族に捨てられたの妾の子とかいるし、育てるのも一興かなって)
(…………相変わらず自分の事しか考えてませんね貴女)
(で、何回か参加してる内に、見つけた訳よ黒ちびを)
黒ちび、とは当初年齢も素性もガンとして語ろうとしなかったその人物に付けた愛称である。
(まぁアタシの目に狂いはなくてね、腕に覚えがあるみたいだから、拾って磨いたら貴族そうな顔のガキが居た訳よ)
(磨いた費用は男持ちですね、分かります)
(アタシにくれた金なんだから、何に使おうと自由ってモノよ! ま、結局親が誰か最後まで言わなかったし、挙げ句の果てにアタシを守れなかった顔だけの雑魚だけど)
(…………どう考えても、エイダの死は自業自得ですよね? ――はっ! もしかして死に際のあの子ですかっ!?)
(心当たりがあるのはソイツだけね、ちびで泣き虫のマティ。安心しなさいエリーダ、本当にコイツならアタシの言いなりだから楽勝&安泰よ! 一回り年が離れてるけど結婚相手にもいいかもね)
婚約者の事、金蔓って言うのどうかと……、と溜息を着くエリーダだったが、エイダの言葉通りならとひとまず安堵を得る。
「――――っと、すまないねエリーダ。君をのけ者にして話し込んでしまったよ」
「気にしないでストリー。思い出した事もあったから(え、今言うんですかエイダっ!?)」
時期尚早だと叫ぶエリーダを気にせず、エイダは伯爵に言った。
「大きくなったわね、黒ちびマティ。人参嫌いは直っ――――っ!?」
その瞬間、エリーダの知覚出来ない早さで立ち上がった伯爵は、瞬き一つする間もない早業で立ち上がり接近したとほぼ同時に、彼女の両手首を上にカチャリ。
「え?」「は?」
突然の蛮行に戸惑う二人を余所に、鎖が付いた首輪を取り出しエリーダにはめて、伯爵は己の剣を突きつける。
「長い事……、長い事、貴女をお探ししていました。我が愛しき薔薇、エイダ様。もう、貴女を離しません――――」
「――――っ、は、伯爵様?(何引っ込んでるのよエイダああああああああああああああ!?)(ヤバいわ。これはヤバい、アンタに任せた!)」
「……おい、エリーダ。君って奴は…………」
いったい何がどうなっているのか。
エリーダに今分かる事は、伯爵の情熱的過ぎるなまなざしが、貞操の危機の前触れだと言う事だ。
親友の呆れた視線を感じながら、エリーダは最終兵器を繰り出した。
「その、今一つ事態が理解出来ないのですが。私、何か言ったのでしょうか? 申し訳ありません、昔から時折記憶が飛んで、何か変な事を言う癖があって…………(よしそうだ! とぼけて誤魔化せエリーダ! アタシ達の未来はアンタにかかってる!)」
さも昔から困ってると言う風に、悲しげに俯くエリーダ。
勿論、その目尻に涙を浮かべるのも忘れない。
ストリーのジト目のトゲトゲしさを感じながら、エリーダは伯爵の返答を待った。
「……………………本当に、記憶が無いのか?」
「申し訳ありません。私は何も」
肩を震わせ顔を青ざめさせ、けれど健気に受け答えする気丈な女性、とっさにこの演技が出来るのだからエリーダもエイダに負けず劣らずである。
伯爵は訝しげな視線を送った後、おずおずと剣を鞘に納め、しかして手枷と首輪はそのままだ。
「ストリー様。先程のお話、行儀見習いとのことでしたが」
「ああ、止めにするかい?」
「いえ、寧ろ――、婚約者として屋敷に招きたいと思います」
「伯爵様? 何を……(どうするのよエイダっ!? 何か悪化してるじゃないっ!)(さ、最悪の事態じゃないから……)(震えた声で言わないでっ!)」
伯爵はエリーダを立たせ、自らは膝を付き。
そして彼女の手の甲にキスをした。
「突然申し訳ない事をしましたエリーダ嬢。……どうか私と結婚してください」
「……私と伯爵様は」「マティアスとお呼びください」
「マティアス様とは、出会ったばかり。それにこのような仕打ちを受け戸惑っております。――どうか、時間を(引けっ、引きなさい黒ちびの癖にっ!)(うう、貴女の見立てを信じた私が愚かでした……)」
伯爵は頷くと、エリーダをお姫様だっこをし扉へと歩き出す。
「きゃっ、ま、マティアス様っ!? 下ろして――」
「お時間ならば我が屋敷にて」
「おいおい、ちょっと待ってくれよ伯爵」
ストリーの静止にマティアスが立ち止まる。
エリーダ/エイダとしては、次の言葉に多大なる期待がかかるが――。
「――いかにストリー様のご命令でも、お止めになるのであれば」
「まさか、そんな事はしないさ。ただ約束が欲しいだけだよ」
「約束を?」
「……ボクの親友、エリーダを頼んだよ。これから彼女には色々な事が起こるかもしれない。――今度こそ、守りきれよマティアス」
「ご命令でなくとも。――では失礼します」
「ストリーっ!?(いや頼むじゃないわよ! 止めて、止めてよストリーっ!?)(あ、これアンタの確保が色んな事に繋がってるパターンだわ、アタシ知ってる、身に覚えある)(ならもっと早く気付きなさいよ馬鹿女っ!)」
相変わらず細められた瞼の下で、目を白黒させるエリーダであったが。
もはやこの状況で何かが出来る筈が無い。
「結婚式のスピーチは任せておけエリーダ! 仲人も最高の人物を考えてあるからなーー!」
「ウェディングドレスはどの様な色がいいか? 何でも言ってくれ用意する」
「……その前に、手錠と首輪を外していただけると嬉しいのですが(外れたら速攻で逃げるわよエリーダ! アンタの価値が下がる前になんとしてでも!)」
エリーダとしては純潔を価値を言わないで欲しいが、ともあれ。
その願いを、マティアスはあっさり却下した。
「すまない、無理だ」
「もう少し、申し訳なさそうな顔をしてくださると嬉しいのですが(というかっ! この十八年で何があったのよ黒ちびぃ! アンタのキャラじゃないでしょうがっ!)」
「気にするな、貴女も記憶を取り戻せば……。いや、記憶を取り戻さずとも、気にならなくなる様にする」
(何をするんですかっ!?)
(隙を伺うのよエリーダっ! 最悪馬車から飛び降りる事になっても!)
戦慄するエリーダを余所に、伯爵マティアスは大股で歩き、速攻で馬車に乗り込む。
勿論、エリーダの位置は彼の膝の上。
逞しい腕でしっかり抱き抱えられていて、逃げられなく。
(嗚呼、売られていく子牛って、こんな気分なのですね……)
(諦めてるんじゃないわよエリーダっ! 畜生っ! こんな事になるんなら、あの盆暗の所に押し掛けて色仕掛けで結婚をチラつかせればよかったっ)
結婚する、と言わないあたりがエイダがエイダたる証拠である。
結局、二人は為すすべなくドナドナ気分で彼の屋敷の一室に軟禁される事となった。
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