第4話 「ポンコツ腹黒令嬢は修羅場を華麗に解決する(とは言ってない)」
事態は緊迫の一途を辿っていた。
勘違い男の横恋慕が、その恋人と想い人の命を賭けた愛の表現へ。
エリーダに剣を渡してしまった男子生徒は顔を青くし、ケニー某は急展開に着いていかず静止、エディは慌てて二人に歩み寄る。
「――それ以上、此方に近づかないでくださいマーソン先輩」
「っ!?」
(え、そこで素直に止まるのこの男? エリーダ、こいつも婚約者失格じゃない?)
(失望はしますが、流石に高望みし過ぎ……じゃありませんよっ! ここからどう収集つけるんですかっ!?)
エリーダはストリーに目配せするも、サムズアップで返される始末。
この親友は何を理解しているのだろうか?
(いやぁ、親友からの信頼が厚いわね。じゃあ後は任せたから)
(ちょっとぉ!? かき回しておいてそれですかっ!?)
脳の奥の方に引っ込んだもう一人の自分に悪態を付きながら、頼れるのは自分のみとエリーダは覚悟決めた。
今まで築き上げた評判が崩れ落ちるかもしれないがが、もうここに至ってはそんな事を気にしている場合ではない。
所謂一つの、一か八かの大勝負である。
「さぁ、来なさいアイリーン」
エリーダは彼女から少し距離を取ると、両手を広げて微笑む。
その姿はまるで、我が子を抱き留めようとする聖母のごとく。
対してアイリーンは、震える手で剣を腰の高さに構え。
「――――私の愛! とくとご覧あれっ!」
キエェェェイ! と淑女失格モノの叫びと共に突進。
一泊遅れて、誰かがあっと叫び、惨劇を予感して――――。
「――――――――そぉいっ!」
瞬間、アイリーンが一回転して地面に叩きつけられると同時に、剣が少し離れた場所に突き刺さる。
「ほう、相変わらず見事な護身術だなエリーダ」
「淑女たるもの、自分の身を守る術を持つべきですから。それより――――立ちなさいアイリーン!(アンタ……結構やるわね。けどこれで勝ったと思わない事ねっ!)(誰と勝負してるんですか……)」
茶々を入れたストリーに律儀に返答し、脳内ではエイダに言い返すという器用な事をしながら、エリーダは可愛い後輩を叱咤した。
彼女としては悔しい事だが、エイダの当初の目論見通りにするしかない。
アイリーンは、痛みに震えながら裏切られたと言わんばかりの表情でエリーダを見つめる。
「――貴女には、失望しましたアイリーン」
「何を…………、エリーダ様が言ったのではないですかっ!」
憤怒の表情のアイリーンに、エリーダは首を横に振る。
「まだ理解できないのですか? ――――試したのです、貴女が本当に人を愛する淑女かどうか」
「私を、試した……?」
混乱する彼女と、周囲にも聞こえる様にエリーダは言い放つ。
「私は、貴女の愛する気持ちを否定しません」
――――それは、慈母の慈しみ。
「けれど。…………考えてください。恋愛とは一人でするものではありません。相手と、――好きな人と共ににするモノです」
それが世の絶対の真理だと、そう錯覚してしまうような迫力と美しさには、エリーダがあった。
だからこそ、可能になる言い訳。
「一目見た瞬間から、私には分かっていました。……貴女が、強い、強い、周囲を巻き込んで滅んでいくような熱い想いを抱いている事を」
聞く者の心の染み入る様な間を、しかして反論できない様な間で。
悲しそうに、そして慈しむ様に、声色を切なげに震わせて。
「故に、一計を投じたのです。試すような事になって申し訳ないと想いましたが。アイリーン、貴女という素敵な女性が道を違えない様に――――」
アイリーンの手を引き立ち上がらせると、エリーダは彼女をふわりと抱きしめる。
「ごめんなさいアイリーン。でも、今貴女が感じているのは私の痛み。分かるでしょう?」
「エリーダ、様ぁ…………」
なお、今までの言葉は全て即興、それらしい事を言ってるだけである。
残念ながら、あの前世にして、この現世ありだ。
ともあれ、耳元で言われた言葉に感じ入ってしまったアイリーンは、そうなのだと勘違いを始める。
「私の事を、そんなにも…………、命の危険を承知で……」
「ふふっ、大切な後輩ですもの(ケケケッ、出会ってから何分だっけ?)(う、嘘は言ってませんっ!)」
美少女というのは特である。
アイリーンのみならず周囲の人間も、危うい恋心を抱く後輩の為に、エリーダは献身を見せたという美談な空気。
「家の都合で決められた婚約者、その人を愛する事は私たち貴族の娘としての命題と言えるのかもしれません。そして、それが出来ている貴女は立派な人」
「でも、でも私は――」
「ええ、アイリーン。貴女は間違えた。でも、それは相手への伝え方がほんの少し間違っていただけ、さ、次にする事はもう分かるでしょう?」
エリーダは彼女を、ケニーへと誘導する。
その光景はとても感動的だったが、実際の所は煽ったのもエリーダ(エイダ)で、場当たり的な対処でそれっぽく持っていたのもエリーダ。
とんだマッチポンプだ。
「ケニー様……」
「いや、アイリーン。ワタシに先に言わせてくれ、――――君への愛を当たり前のものと思い上がって、君を蔑ろにした。…………本当にすまない。ワタシが紳士として、一人の男として愚かだった」
「頭を上げてくださいケニー様! エリーダ様の言うとおりです、一人で思い詰めて、貴男に想いを伝える努力を怠った私が悪いのです」
「アイリーン……」「ケニー様……」
見つめ合う二人は、そっと手を恋人繋ぎにし。
「愚かな私を許してくださいますか?」
「どうか愚かなワタシを許して欲しい、そして叶うならば、やり直す機会をくれないだろうか」
「――――はいっ! 喜んでっ!」
そして、二人の顔が近づいて。
エリーダは今度こそ通じろと、ストリーに目配せをする。
「皆よ! 過ちを認め、新たな出立をする二人の門出に盛大な拍手を!」
「おめでとう、二人とも(よし、通じたわ! 流石私の親友!)(またアタシの伝説が一つ加わったわね!)(貴女は事態を悪化させただけでしょうがっ! どの口で言いますかっ!)」
脳内で言い争いをしながら、エリーダは率先して拍手。
雰囲気に飲まれた観衆も、釣られて拍手し祝福ムード。
一件落着である。
そして、騒ぎが収まり人も散った頃、ケニーとアイリーンはエリーダに深々と頭を下げた。
「エリーダ嬢、貴女には本当に迷惑をかけた。ワタシは誤解していた、この気持ちはきっと、ただの憧れだったのだと。そして、ありがとう。貴女が居なければワタシは愛しいアイリーンを失っていた…………」
「私は何も、お二人が幸せになれるように、少しだけ背中を押しただけですわ(はぁ、疲れました。もー、今日はこれ以上何もないですよね)(……アンタも結構慢心するわよね)」
「エディ、君にも迷惑をかけた。今後困った事があったら何でも言ってくれ、協力は惜しまない」
「あ、ああ。気持ちだけ受け取っておくよ……」
そういえば、コイツ何の役に立たなかったと、エリーダ/エイダは思ったが、心の中で評価点を下げるに止める。
「ありがとうございますエリーダ様、このご恩は一生忘れません」
「ふふっ、これからも幸せにね」
「はいっ!」
もう一度深々と頭を下げると、二人は去って行った。
この場に残るは、エリーダの他に、エディとストリー。
「さて、ご両人。我々も帰るとしますか? ああ、良い店を見つけたんだ、寄り道していかないか?」
「あら良いわね。じゃあ行きましょうか。――――エディ様? どうなさったの?」
歩き出したエリーダとストリーだったが、かの案山子婚約者は動かない。
首を傾げてみせるエリーダに、彼は諦めの混じった声で言った。
「…………エリーダ。どうか、俺との婚約を破棄してくれないか? いや、破棄させて欲しい」
「え?(え、何言い出してるのよこの案山子?)(い、一難さってまた一難っ!?)」
「おいおいエディ某? 唐突に何を言うんだい」
エディは、決意を秘めた眼でストリーとエリーダを見る。
「ストリー、君にはこの婚約破棄の証人になって欲しい」
「…………何故、と聞いてもよろしいですか?」
失神寸前のエリーダの代わりに、エイダが体の主導権を握って質問する。
「薄々さ、感じてたんだ。俺は君に相応しくない、足枷になってるんじゃないかって」
「なんだ、気づいてたのか君。少しは見直したよ」
「ストリーっ!?」
「いや、いいんだエリーダ。今日の事ではっきり自覚したよ。俺は何も出来なかった。君にはもっと、俺よりも相応しい人が居ると思う。だから――――さよならエリーダ。…………うぅ、君の幸せを祈ってるっ!!」
「――待ってエディ様!(ちょっと!? さっきアンタを盆暗から成長させるってエリーダと話した所なんですけど!?)」
言いたいだけ言うとエディは涙顔で走り出し、エリーダの延ばした手は空を切る。
残されたのは唖然としたエリーダと、然もあらんと頷くストリー。
(待って待って待って待って待って待ってぇ! エディ様が居なくなったら――――!?)
(え、何アンタ。アイツの事愛してた訳?)
(違いますっ!? ウチは貧乏貴族で困窮してて、エディ様の実家の援助で生活してる様なもんなんですよっ! 婚約破棄なんてしたら、二進も三進も行かなくなるんですっ!)
こうなれば、彼が実家に事の次第を伝える前に、考えを正さなければ。
現実に復帰したエリーダが、走りだろうとした瞬間。
「――うん、うん、そう。じゃ、根回し頼むよ。ああエリーダ、惚けるのは止めかい? じゃあ朗報だ。ちょっとボクの伝手で両家と法務局に婚約破棄を認めさせておいたから――、うん? どうしたエリーダ、そんな強ばった顔して…………エリーダ? エリーダ?」
そしてエリーダは気絶し、目が覚めた時は屋敷の自室であった。
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