第3話「ポンコツ腹黒令嬢は修羅場に巻き込まれる」



 エリーダ達の居た空き教室は、旧校舎の三階。

 目的地である中庭は、少し離れた所に建つ新校舎のど真ん中。

 事態は切迫しているらしいが、そこは良家の娘達、バタバタと走ることなく早歩きは競歩の如く。

 そんな中、ストリーという少女はエリーダに苦言を呈した。


「君さ、フォン切ってただろう? こういう時にあるもんなんだから使ってくれなきゃ困るよ」


 最近の流行であるボブカットに、大きな丸眼鏡。

 いつもの様にチシャ猫の様な笑顔を浮かべ、彼女は手に持ったままのフォンをひらひらと見せる。


「あら、ごめんなさいストリー。でも、あれ何か苦手で……(フォン? 何それ、なんか便利な道具もってるのアタシ?)」


「先輩もフォン持ってるんですか!? 凄いです、後で是非とも番号教えてくださいませ!」


 フォン、それは数ヶ月前に登場した個人携帯用の電話だった。

 流行に敏感なストリーは、お揃いの銀色のフォンをエリーダに持たせている。


(はぁ、世の中便利になったものねぇ……、アタシが死んだ年に、どっかの国の科学者が発明に成功したとか言ってたのに)


(何でも、刻印持ちの人が発展させたと聞きました)


(ああ、それは納得。流石は刻印持ちだわ、アタシらとは頭の出来が違いますねぇ)


(皮肉気に言わなくても……、それに今の私達も刻印持ちと言えるのでは?)


 刻印持ち。

 それはざっくばらんに言って、転生者、前世持ちよ呼ばれる者達であった。

 幼き齢から、大人の知識と人格を兼ね備えた彼らは当然の様に大成し。

 しかも、それを世界有数の宗教が聖人認定しているのだ。

 どの国のどの分野にも、その影響は計りきれない。


(まぁそういう意味では、私は貧乏くじを引いた様ですが…………)


(ちょっと! だぁれが貧乏くじよ!)


(あら、誰も貴女とは言ってませんわ、自覚がお有りで?)


 ぐぬぬ、と歯ぎしりする脳内フレンズを無視して、エリーダは憂鬱になった。

 彼女も幼い頃は、すわ刻印持ちかと期待された時分があった。

 だが、右太股の付け根にある薔薇の様な痣は何一つ変化は起きず、前世の記憶などは欠片も。


(本当に薔薇の刻印だったなんて……。嗚呼、不幸です……)


(ああん? このアタシの何が不満なのよ?)


(何もかもです! 後で説明するから、この話題はこれまでです!)


 内面はぐるぐると騒がしくも、淑やかな聖女の笑みを張り付けて歩くエリーダの姿に。

 アイリーンには分からなかったが、親友であるストリーは違和感を覚えた。

 ほんのささやかな変化だったが、彼女の歩き方に艶というべき何かが。


「なぁエリーダ。君、何かあったかい?」


「ついさっきね。後で説め――初めましてストリー? よろしく頼むわ(ちょっとエイダ! 割り込んで喋らないで!)(いや、この手合いは匂わせておくだけで勝手に便宜を計ってくれるから便利なのよ?)」


「――――っ!? あ、ああ。そういう事か、おめでとう、と言った方がいいかい?」


 エイダの言ったとおり、即座に察した事に驚きながら、しかしエリーダは首を横に振った。

 もう、目的地が見えていたからだ。

 そしてそこには。


「エディ様!?」

「ケニー様!?」


 怒気を露わにして、今にも決闘を始めそうな男子生徒が二人。

 彼らの名前を呼んだのも二人。


「え?」「はい?」


 エリーダとアイリーンは、お互いの顔と婚約者達の姿を行き来しながら困惑。

 何故、二人の婚約者がああなっているのだろうか。

 面白がる様に、周囲に人だかりが出来ているのも不安要素だ。


(へぇ、これはこれは……、面白くなってきたじゃない!)


(言っておきますが、貴女も当事者なんですからねっ!)


「おおい、そこの色ボケ男子共! フィアンセを連れてきてやったぞ! 感謝しろい!」


 どこか自棄っぱちを感じさせるストリーの大声に、人垣が割れて道が出来る。

 彼らの好機の視線に晒されながら、三人は二人の下まで進んだ。


「――それで、これはどの様な集まりなのですか?(ちょっとエイダ!? いきなり言いますそれ!?)(任せなさいって、こういうのは先に発現して主導権を握るのが筋ってものよ)」


 第一声を発したのはエリーダ、もといエイダだった。

 その鈴の音のような可憐な声は周囲を黙らせ、二人の注意も引く。


「エリーダ、すまない。貴女をこんな場所に来させてしまって……」


 不機嫌そうなエディがエリーダの手を取ったと思えば、ケニーが即座に押しのけ熱い視線で膝を着く。


「エリーダ嬢、ワタシは貴女に伝えねばならない事があるのです…………」


「おいっ! 気安くさわるんじゃない! 彼女は俺の婚約者なんだぞ!」


 そして即座に始まる押し合いへし合い。

 どう見ても、話し合いの雰囲気ではなく、しかし何となく事態は読めてきた。


(ほっほー! いやぁ、罪な女ねエリーダ。アイリーンの婚約者に言い寄られるなんて。よくもまぁ、さっきは恋愛相談なんかしてたもんだわ)


(言わないでください! あぁ、アイリーンさんの顔が見れないじゃないですかっ!)


 こんな事態、想定すらしてなかった。

 どうすればいいか分からず、硬直するエリーダに代わり、必然的にエイダの出番である。

 彼女は争う男二人に向けて、パンパンと二回拍手。


「――――どうか落ち着きなさって?」


「しかしエリーダ!」「エリーダ嬢!」


 瞬間、動きを止めた二人を見逃さず、間髪入れず仲介者の名を呼ぶ。


「ストリー、説明をお願い。貴女ならば把握しているでしょう? お二方も、私とアイリーンさんは事態が何を発端としているのか聞いていません。……時間を、くれますよね?」


 有無を言わさずにっこりと微笑むエリーダの姿に、二人は真っ赤になってコクコクと頷く。

 ――それはそれとして、隣の下級生からの黒い波動が怖い。


「やれやれ、君もたいがい親友使いが荒い。だが頼られた以上、嫌とは言わないよ」


 そう言うと彼女は、大仰に両手を広げ周囲の注目を引いた。


「では、僭越ながらこのボク。ストリー・ベリが説明させていただく。皆よ、よーく聞いてくれたまえ!」


 ストリーはエディを指さし、次にエリーダの手をとって。


「多くの者が知ってる様に、この二人は婚約者だ! 我が学園が誇る一輪の華麗なる薔薇、エリーダ嬢! そしてエディ・マースン!」


 続いてアイリーンの手を取り。


「こちらは高等科一年のアイリーン嬢! そちらの高等科二年ケニー・リワーダとは婚約関係にある!」


 そして彼女はチシャ猫の様な笑みを浮かべ、愉しそうに言った。


「事は簡単だ! こちらのケニー某は、大胆不敵にも婚約者が居る身で我らが薔薇に結婚を申し込む心算だ!」


 途端、周囲のざわめきが大きくなった。

 数多いエリーダのシンパの女生徒達は、分不相応だという意見も多いが。

 可能性を望んでやまない一部の男子生達は、徒爵位的には問題はないのでは? と囁き合う。

 そんな中、アイリーンは悲痛な声で呟いた。


「そんな、ケニー様…………」


 それに気付いたケニーは、彼女の前に立ち頭を下げる。


「すまない、アイリーン。謝って済む問題では無いが、ワタシは彼女を愛してしまったんだ」


「はいそこ! 勝手に話を進めない! 物事には手順があるだろう!」


 ストリーはやれやれと肩をすくめると、エリーダに笑いかける。


「さて、婚約者が居る身で他の女性を愛してしまった。ああ、これは問題だ、大問題だ! だが、ボク等は若い! それに恋愛事は制御出来るものでなし、やむ終えない! それを踏まえてだ! ――――さぁ出番だケニー某、エリーダに言いたいことがあるんだろう?」


 彼女の煽動に乗って、ケニーはエディを指さして言い放った。


「ワタシと決闘しろエディ・マーソン! 君はエリーダ嬢に相応しくない!」


 彼は右手の手袋を外し、エディに投げようとして。


「――――お待ちになって(ああ、モテる女は辛いわねぇエリーダ?)(あー、もうっ! 直接こっちに言ってくれたら穏便に断ったのにぃ!)」


 その寸前、その手首はエリーダによって掴まれる。


「止めないでくれエリーダ嬢! これは君の為なんだ!」


「貴男の気持ちは分かりました、しかしその前に、やるべき事があるのではないのですか?(これはアレね、この愚か者同士を元サヤに納めて、アタシ達の株をアップって感じね)(そう上手くいくのでしょうか? いえ、それが一番なのですが……)」


 常に細められてきたエリーダの目が少し開いて、蠱惑的な青眼がケニーを貫いた。

 その魅力と迫力に、彼は軽く呻いて。

 だがそれはエリーダにとって、どうでもいい事。

 アイリーンへと目配せした後、その手首を放す。


「ケニー様……。何故、どうして…………、私は貴男を愛しているのに」


「アイリーン…………。すまない、君に落ち度は無い、ワタシには勿体ないくらい素敵な淑女だ。けど――、運命の相手を見つけてしまったんだ」


 切なげな顔をするケニーに、涙を流すアイリーン。


(いや、無いわね。もっと美形だったら少しは考えたかもしれないけど。普通の顔で恋に酔われてもねぇ……)


(ええ、無いですね。好意は否定しませんが、こんな考えなしの行動を起こす殿方など論外です。アイリーンさんもどうしてこんな方を……)


 ちっとも琴線に触れぬ態度に、エリーダもエイダも冷ややかな目線。

 だが当のの二人は、この愁嘆場に大盛り上がり。


「先にキミへ話すべきだった。――ワタシとの婚約を破棄してくれアイリーン」


「そんな、そんな事って…………」


 泣き出すアイリーンに、エリーダは同じ女性として、エイダは退屈凌ぎに味方になる事を決意する。


(さて、どう納めましょうか)


(決まってるわそんなもの! まぁ見てなさいって)


(え、ちょっと!? また勝手に――)


 エリーダは周囲の生徒から騎士課の生徒を見つけ、にっこりと笑顔でふりまき所持している剣を借り受ける。


(エイダ!? エイダったら! 何するつもりなのよぉ!)


(こうした方が面白くなるってものよ!)


 何をするのか、そんな周囲の困惑と期待の視線を心地よく受けながら、エイダはアイリーンの隣に戻りその肩を叩く。


「アイリーンさん、こちらを」


「――――エリーダ様?」


 差し出された剣に、流石のアイリーンも涙が止まる。

 エリーダは彼女の強引に剣を握らせると、静かに告げた。


「先程の言葉、証明してみせましょう」


「エリーダ様っ!?」



 ――――そして、エリーダ/エイダの独壇場が始まる。



「貴女は私に言いました。――――何を犠牲にしてでも、憎き恋敵を殺して、彼の事も殺して永遠にしてみせると(はい!? 言ってましたけど、確かに言ってましたけどっ!? 何考えてるんですか貴女はっ!?)」



 しっかりと柄を握らせ、鞘を抜く。

 しゃらりと金属同士が擦れる音が、妙に大きく聞こえた。


「もし、貴女が彼を本当に愛しているならば、…………それを、実行すべきですわ(出来る? 出来ないでしょ! 無様にも浮気された女如きが!)(嗚呼、嫌な予感しかしません……)」


「で、でも、私、エリーダ様に、そんなつもりでは――――!?」


「エリーダ嬢!? 何を言い出すんだ!?」


「彼女の気持ちを蔑ろにした貴男はお黙りなさいっ!」


 慌てふためくケニーにピシャリと言い放ち。

 唖然として言葉も発せない婚約者エディに失望しながら、エリーダは彼女に微笑む。


「私は貴女の味方。彼の想う相手が私だった事は残念ですが、その言葉に偽りはありません(憧れの先輩が自己犠牲を見せてるわよぉ? さぁアタシの勇姿を誉め称えなさい!)(……その自信は何処から?)」


「わ、わた、私は――――」


「さぁ、思い出して。さっき私に宣言した時の気持ちを、彼への愛を。貴女の行動を以て示すのです…………(次にコイツはアタシの心意気に感激して剣を落とす! そしてアタシの偉大さを周囲に知らしめるのよっ!)(いえ、見通し甘くありません? 凄く甘くありませんかっ!?)」


 アイリーンの頬をなぞりながら、耳元で囁く姿はどこか妖艶で、何か秘め事を覗き見している印象を周囲は抱いて唾をゴクリと飲んだ。

 彼女は眼を堅く瞑った後、ゆるゆると瞳を開き。




「――――わかりました。エリーダ様を殺して、ケニー様を殺して私も死にますっ!」




「そう、分かってくれたの――――?(あれ?)(ほらっ! 言わんこっちゃないいいいいいいいいっ!)」


 エリーダに、絶体絶命のピンチが到来した。


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