第2話「ポンコツ腹黒令嬢の待ち人来る」



 一つの体を共有するという結論に至った二人であったが、前世――エリダの方が首を傾げる。


(そういえば此処って何処よ? さっき薔薇のエリダとか言ってたわよね? アタシ死んでから何年経ってるの?)


(記憶を覗いて……いえ、説明した方が早いですね。グラットン王国の首都ロディオン、その王立キャンピオン学院です)


(国は同じなのね、っていうかキャンピオン! へぇ流石お貴族様、王族も通うっていう学校よね?)


(ええ、流石に知っていましたか。次にですが、貴女が死んでから十八年。有名人ですよ前世の私、身を挺し恋人を庇い、その死をもって紛争を未然に防いだ美談の主として)


(まっ、当然よね! このアタシが死んだんですもの、そりゃあ美談として語り継がれるにきまってるわ!)


(何処から来るんですかその自信……、殿方の間でウロウロして下手打っただけでしょう?)


 エリーダの呆れた言葉の何とやら、エイダの気質としては本来ムキになって言い返す所だが、美談として語り継がれているという事。

 そして何より自分自身だ、気にする訳がない。


(あぁ、ああ、何考えてるか分かってしまいます……、どうしようもない愚か者ですね貴女)


(フフンッ、その愚か者と一心同体なのよアンタは、ケケケッ、ざまぁみなさい)


(はいはい、ブーメランだって事自覚してくださいね。――――あ、そうそう。これから人と合う約束があるのです、暫く黙って見ていてくださいね)


 エリーダという少女は、美しいだけではない。

 成績優秀、品行方正、学院の内外からも注目を集める淑女だ。

 彼女を慕う者は後を経たず、エリーダ自身も嫌な顔をせず受け入れるものだから、その人気は高い。


(ふーん、このストリーって子の仲介で、ボンボン達の相談という名の求愛を受けてるのね、やるじゃん)


(皆さんは困った果てに、私に相談に来るだけです。邪な気持ちなんてありませんし、私はただ少しでも力になりたいだけです)


(ハンッ、どうだか)


 記憶を覗いたエイダとしては、本当に相談に来ている者は三割、残り七割は恋心を抱いている生徒に見えたのだが。

 そこはそれこれはこれ。

 エリーダが気付いていないのであれば、それでいい。


(ま、本気で恩義を感じてるヤツも多そうだし? コネ作りになっていいんじゃなーい?)


(私も貴族の娘ですし、そういう下心は否定しませんけど、くれぐれも勝手に喋らないでくださいよ)


(善処するわ)


 気持ちも記憶も共有する仲だ、下心を否定しても意味がない。

 ともあれ、エイダの返答に不安を覚えながらエリーダは、相談しに来る下級生を待つ。


(あ、ちょっと待ちなさい。明るいとはいえ、窓からの光を考えて…………もう少し、こう、角度を? 折角のこの美貌、誰が相手でも有効に活用しなさいな)


(成る程、それが男を手玉に取る秘訣……、でも残念ながらこれから会うのは女の子ですよ)


(同性相手なら特によ、アイツ等は潜在的に敵よ敵、隙を見せてどうすのよ)


 お手並み拝見と、体の主導権を渡されたエイダは、立ち位置やポーズを調整。

 うむ、うむ、アタシって綺麗と悦に入る。


 然もあらん。

 繰り返すが、エリーダは類希なる美少女。

 日の光を浴びれば、緩やかに波打つ金髪に浮かび上がるはエンジェルハイロウ。

 体の線を上品に強調する制服を見事に着こなし、その女性らしさは同性でも垂涎モノ。

 肌も陶磁器の様に白ければ、しかして血の通った暖かなきめ細やかなそれ。

 そしてその微笑みは聖母もかくや。

 常に細められた目が、欠点とも魅力的とも言える、そんな容貌だった。


(しかし、このアタシを待たせるとは下級生の癖にいいご身分よね)


(貴女のじゃありません、私の後輩です)


 いつ待ち人が来ても万全のキメポーズで、エイダは内心ぶつくさ、エリーダは静かに。


(あーあー、これはアレだわ、ストリーに追加報酬貰わないと)


(何友人面してるんですか!? 何れ彼女にも私から話ますから、それまで黙っててくださいよ!)


(はいはーい)


 ストリー・ベリ。

 地方の男爵令嬢である彼女は、エリーダの唯一無二の親友であった。

 不思議な人脈と、その妙に気品の立ち居振る舞いから、男爵令嬢という身分は訳合って名乗る偽の身分だとエリーダは推察しており。

 いつか、本当の事を話してくれると待っているのだが、それはともあれ。

 エリーダへの相談事は、彼女が仲介として数を絞っている現在の状況であった。


(へえ、これは興味深い――、あ、来たわよアタシ)


(言われなくても分かってます)


 エイダがストリーという人物の情報を読み終わった時、コンコンというノックの音が。


「どうぞ、お入りになって」


「――――申し訳ありませんエリーダお姉様、お待たせしました」


 入って来たのは、約束の下級生だった。

 少し背の小さな、亜麻色の髮を持つ可愛い少女。


「気にする事は無いわ、可愛い貴女達を待つのですもの(三分も待ったわよ、この私の時間を煩わせるのだからとっとと来なさいな)」


「ありがとうございます、ではこちらを――――」


 空き教室に入ってきた亜麻色の髮の女生徒、彼女が恭しく差し出した一輪の薔薇をエリーダは受け取る。

 これは形式的なお礼で、実際の利益はその生徒にそうと気付かれない様にストリーが引き出しているのだ。


(勿体ない……ちゃんと分け前求めなさいよ)


(黙って、あくまで私の独善です、対価を求めている訳ではありませんわ)


 やいのやいのと脳内で言い合いながら、澄ました顔でエリーダは薔薇を受け取る。

 薔薇は、不思議と昔から好きな花だが、今なら理解できる。

 これはきっと、前世であるエイダの影響だったのであろうと。

 気もそぞろな内面を一欠片も覗かせず、エリーダは不安で瞳を揺らす下級生に笑顔を向けた。


「確かに。…………それでアイリーンさん、何やら最近、お心を煩わせている事があるとか。宜しければ話してくださらない? きっと、誰かに話すだけでも楽になると思うの(はいはい、どうせ恋の悩みとかでしょ)」


 誰にも言わないわ、と背後の窓からのライティングを計算しながらエリーダの姿はまさに聖母、下級生アイリーンは感激したように瞳を潤ませる。


「私の名前を覚えていてくださったとは…………、嬉しいです」


「共に同じ学園に通う仲間、私たちは家族の様なものでしょう? 妹の名前を知らない姉はいないわ。さ、言って頂戴、可愛いアイリーン(ま、明日には忘れているでしょうけど。一々名前なんて覚えていられますかっての)(五月蠅いですよ私)」


 事前にストリーから聞いていた情報を、さも最初から知っていた様に見せるエリーダに。

 エイダは同じ穴の狢じゃないと、せせら笑いながらアイリーンの言葉を聞く。


「…………その、私、婚約者がおりますの。家同士が決めた事とはいえ、彼は幼馴染みで…………」


「彼の事が大切なのね(確かケニーとか言うボンボンだったわね、ああ、成る程。貴族としてはやや凡、本人の将来性もやや凡、エディ様とやらの下位互換ね。まぁこの子にはお似合いなんじゃない?)」


 エリーダの記憶を更に探れば、そのケニー某とやらは相談室の常連の男子生徒。

 二人揃っていいカモだと、エイダはご満悦。

 エリーダはエイダを無視しながら、言葉を詰まらせたアイリーンをそっと、豊かな胸で柔らかく抱きしめる。


「はい…………。でも、最近、彼の様子が変で…………」


「そう、それは心配だわ(はっ、浮気? 浮気されてんのこの子? ざーまーあー)」


 他人の不幸は密の味を地で行くエイダは、ホクホク気分で続きを待つ。

 また、エリーダ自身も興味を惹かれる自分に気づき、自己嫌悪しながら耳を傾けた。


「昨日だって、私との約束を忘れて誰かへのプレゼントを買いに…………、一緒に居ても心在らずで、私、私…………」


「…………それは、お辛いでしょうね。貴女という素敵な婚約者がいるというのに(ま、ちょっと可愛いぐらいで調子乗ってるから浮気されるのよ、自業自得ね)」


 実の所、自身の美貌に胡座をかいてるエイダに、またもブーメランが突き刺さるのだが、それに気付かないのがエイダという人物。


「私っ、苦しくてっ、苦しくてっ、この思いをどうすればいいか分からなくてっ…………、助けて、助けてくださいエリーダ様!」


「私は貴女の味方よアイリーン、さぁ遠慮せずにその胸の内を吐き出してしまいなさい(このケースだと男側にテコ入れするだけで済むから楽よね、ボロい商売だこと)」


 醜い感情を吐き出しなさい愚民、とワクワクするエイダ。

 そして、純粋に下級生を案じるエリーダは、次の言葉に、ポカンとなった。



「――――殺したい」



「それ程、愛しているのね…………(え、ちょっと!? 勝手に喋らないって!? ――――っ、ああもうっ、聞きなさいってばぁ!)」


 とっさに言葉がでたのは、年季入った猫被りエイダの功績だろう。

 そこは悲しいとか、寂しいとか、そう言う単語では無いのか、と思う反面、ワクワクしながら彼女は体の主導権を握った。


(仮にも良家のご令嬢でしょ貴女!? かーっ、地雷だわこの女、とんでもない地雷よ。ははっ、浮気されるのも時間の問題だったわね!)


(人を悪く言うものじゃありませんっ! り、理由が在るはずですっ!)


(はいはい、理由理由。さぞ御大層な理由なんでしょうねぇ、ケケケッ!)


 自身の事を棚に上げディスるエイダの心など気付くはずも無く、アイリーンは漆黒の殺意と共に、心を吐露した。


「相手の女を、殺したいです。殺して、刻んで、二度と彼の視界に入らない様に――――でも」


「でも? 全部言ってしまいなさい(ウケケケケっ、修羅場よ修羅場! こりゃあ見物よぉ!)(そんな笑い方しないでください!)」


「でも、…………駄目ですよね。こんな気持ち、捨てなければ。淑女として、彼の婚約者として失格だって分かっているのに、でも…………」


 憎しみが一転、悲しみに涙ながらに語る彼女に、エイダのテンションが下降。

 情緒不安定な彼女を、エリーダはよしよしと頭を撫でながら、どの方向に着地させるか思案を始める。


(ええぇ、そこで日和るの!? これだから貴女は駄目なのよ、ホント使えない、もっと私を愉しませて頂戴な)


(他人は貴女の玩具じゃありません。そうやって他人を見下してドツボにハマった過去を反省してはどうです?)


 普通の人間なら、彼女の相手を思いやる故の葛藤から切り込んで、穏当な道を諭すだろう。

 直接的な性格の者なら、共に婚約者の下に出向き、問いただしフォローを入れたであろう。

 ――――だが。


「貴女は、何も間違ってないわ(ああっ!? また勝手に!)」


「エリーダ、様?」


 かのポンコツ腹黒美少女は、先ず彼女の気持ちの肯定から入った。

 男のみならず、女も頃がしてきた悪女の常套手段である。

 エイダは戸惑いに瞳を揺らす少女の耳元で、蠱惑的に囁き。


「貴女は、間違っていない。そうして悩むのも、彼を確かに愛しているから(あれ? 意外とまとも?)」


「…………はい」


「彼に相応しい淑女で在りたい、ええ、それはとても大切な事。愛がなければ出来ない事だわ(被る猫の一匹や二匹、飼っておくのが令嬢ってもんよ、愛が必要なんて未熟未熟)(えぇ…………)」


 そこで切っておけば、平穏そのものだったであろう。

 エリーダも、そこで強引に体の主導権を奪っておくべきだったのだ。

 だが、だが。


「そして浮気相手への殺意も、間違いではない(はい? はいいいいいいいいい!?)」


「………………それは」


「女として、浮気相手が憎いのは本能と言ってもいいのよ。だから、貴女は間違っていないし、その気持ちを否定してはいけない(というか、駄目でしょ。もっと爆発させて私に楽しませなさいな、くぅ~~、今から修羅場が楽しみだわぁ、誰が死ぬかストリーと賭けようかしら?)(ストリーはそんな子じゃありません!? というか! というかぁああああ!?)」


 アイリーンは、こともあろうかエイダの言葉に感銘を受け始める。


「憎しみは、間違っていないと?」


「ええ、そうよ。貴女の憎悪、殺意は何も間違っていない。異性との関係はフェアなのが淑女の嗜み、――――けれど、恋は戦争って言うでしょう?(そぉれ燃っえっあっがっれっ! 燃っえっあっがっれっ!)」


 エリーダの奮闘も虚しく、エイダは止まらない。


「…………手段は、選ぶな。ならエリーダ様、私は――――」


 ごくんと唾を飲み、震える声を出すアイリーンに、エリーダは聖母の笑みで誘導。


「もし、貴女が何もしなければ、きっと彼はその相手に心を奪われたままでしょう。その気持ちを押し殺して彼に笑顔を向けても、何れ破綻が(やーめーてー! それ以上煽らないでくださいっ!)」


 いってみれば夫婦、恋人の問題だ。

 二人で腹を割って話し合うのが正解では? とツッコむ人間は居るが、悲しいかな発言出来る状態ではない。


「ならば、最も確実な方法は分かるわねアイリーン。浮気相手を排除しないと…………(想い人を物理排除された婚約者の顔が見物よね、ふふっ、愉しみだわ)」


 もしアイリーンが恋敵の排除に成功すれば、貴女が間違いに気付き、真の愛に目覚めるのを信じていたのに、といけしゃあしゃあと言う気、満々である。

 この間違いに気付いたなら、――そんな展開はつまらないが。きっと気付くと信じていた、と抱きしめて誤魔化すつもりだ。


(そんな口先だけで物事を回すから、毎回逃げ出す人生だったって分かってますっ!?)


 そんな邪悪でお粗末な後始末の算段に気付かず、アイリーンはしっかりと頷いて。


「はい、エリーダ様」


「闇討ちでも、正面からでも良いわ。貴女が望むなら、彼諸共殺して――――永遠にしてしまえばいい。私は貴女の気持ちを、行動を、その結果を、決して否定はしない(その方が面白いものね)(アイリーンさん! 引き返すのは今です、引き返してください!)」


 エリーダの心の叫びが聞こえる筈も無く、哀れにも誘導されてしまった純情な下級生は、メラメラと暗い炎を胸に燃やし始める。

 それを目敏く察したエイダは、彼女を抱きしめるのを止め、代わりにその手を両手で握った。


「その気持ちを晴らすか、目を反らすか、二つに一つよアイリーン。大丈夫、勇気を出して? 可愛い貴女の為なら、私も手を貸すわ(ま、実際に貸す訳ないんだけどね)」


 そして。

 アイリーンはハイライトの消えた瞳で叫んだ。


「エリーダ様。私やります! 憎き浮気相手を突き止め、必ずや天誅を下してやりますわっ! 何を犠牲にしてもっ!」


「ええ、その意気よ(あれ? ちょっと火を付けすぎたかしら? 迷惑だから周囲を巻き込まないで欲しいのだけれど?)(ほら言わんこちゃないっ! 知りませんよ私!)」


 煽って誘導した本人が何を言うのか。

 もう少しマイルドに誘導しなおすかとエイダが思案を始めた時であった。

 ――――コンコン、コンコン。


「取り込み中悪いが。――――エリーダ、不味いことになった」


「あら、ストリー。どうしたの?(ちっ、空気読んでよ下僕、これが無ければ使い勝手がいいってのに)(だから貴女の下僕では無いと)」


 外面だけの女が何を言っているのだろうか?

 ともあれ彼女はどこか疲れた様に苦笑しながら、エリーダとアイリーンを見て。


「…………詳しいことは歩きながら話そう、すまないがアイリーン、君は――いや、君も来てくれた方がいいな。さ、場所は中庭だ、今すぐ来てくれ」


 つまりは、そういう事になった。


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