第1話「ポンコツ腹黒令嬢は前世を思い出す」



 一発の銃声が響いた。

 狙いは黒髪の少年、不意打ちの一発。

 少年の死は避けられない様に見えた。

 だが――――。


「――――エイダッ!?」


 彼の前に、まるで吸い込まれる様に一人の少女が。

 赤い、赤い花が舞って散った。

 とさっと、力なく倒れ。

 黒髪の少年はとっさに抱き留めるも、胸を貫いた穴が塞がるはずが無く、急速に体温が落ちていく。

 悲しみと怒りと、絶望の海に落ち行く少年に、少女は最後の力を振り絞って囁きかけた。


「いつか、きっと……、産まれ、……変わって。…………アナタの。……薔薇、…………刻印、探し……………………」


 ――――それが、終わりだった。



「思い、出したっ!?」



 突然だが、たった今。

 令嬢エリーダは前世でエイダという少女であった人生を思い出した。


「恋人(金蔓)を庇って死ぬなんて、ああ、アタシったらなんて悲劇の美少女なの……!」


「いえ、違うでしょうそれ。二股かけてバレた挙げ句、決闘騒ぎが紛争直前まで発展して、どうしようもなくなったから恋人を庇う悲劇の少女のフリして逃げただけでは?」


「見解の違いね、アタシの演技は完璧だったわ! だからワタシ以外のバカ共は、きっとワタシを悲劇の少女として語り継いでいる筈…………」


「…………――――あれ?」


 長い金髪を持つ美少女、エリーダはこてんと首を可愛いらしく傾げた。


(え、今の誰? 現世の記憶が確かなら今誰もいない筈よね?)


(それは私の台詞です! まったく、あの薔薇のエイダが私の前世で、こんなポンコツ腹黒だったなんて…………うう、神様。これは試練なのでしょうか…………)


 エリーダは何処からか聞こえる声に、自身が今居る学院の空き教室を見渡して。


「…………やっぱりアタシ一人よね?」


「…………いい加減、気付きません?」


「――――へっ?」


 直後、体が勝手にぐりんと回転。

 真後ろの窓に直面し、そこに写るは胸が大きければ腰は細く、臀部は程良い大きさの金髪美少女。


「ごきげんよう、前世の私。どうやら困った事態になった様ですね」


「え? はぁっ!? 体が勝手に!? 口も動いてっ!?」


「嗚呼、まだお分かりにならないのですか? そんなのだから、前世であんなマヌケな末路を辿ったんですよ…………」


 窓に写るエリーダは、慌てたと思えば、直ぐ呆れた様にため息を。

 まるで、二人分の表情をしているかの様だ。


(――――二人分? ま、ま、ま、まさか…………!?)


(やっとですか。はい、どうやらそうみたいですね)


「現世のアタシの人格がそのまま残ってるっ!?」


「此方からしてみれば、ろくでもない前世を思い出した挙げ句、人格が別個に蘇って体を乗っ取りかけてる一大事なのですが」


 そう、今のエリーダは前世と現世の人格と記憶が共有されている状態だったのだ。

 幸か不幸か、どちらが主人格という訳では無く、平等に支配権とでも言うべきモノがある事だが。


「ちょっと現世のワタシ、とっとと消えなさいよ。アタシはこれから金蔓見つけて面白可笑しく人生を謳歌するんだからね」


「そうはいきません、前世の私。この体はあくまで私の体。清く正しく模範的な淑女として、卒業後はエディ様と結婚する予定なのですから。好き勝手されては困ります」


「なにおぅ! この絶世の美少女エイダ様が現世も有効活用してあげようって言ってるのよ! アンタにも旨い汁吸わせてあげるんだから感謝すべき所だわ!」


「どっから来るんですかその自信……? 確かに前世の私はスレンダーな黒髪の美少女でしたが。記憶を見させて頂きましたけど、貴女が旨い汁とやらを堪能した事ありました?」


 この覗き魔! 勝手に記憶を流したのはそっちでしょう!? 等々。

 エリーダは一つの体で言い争い。

 これが一人と一人だったら、不毛な言い争いが続いただろうが、あくまで一人の体。

 ころころと目まぐるしく変わる、二人分の表情や身振り手振りは、あっという間に体力切れをおこし。


「…………あふん」


 くらっと襲う目眩に、ぜーぜーと荒い吐息で思わず壁に寄りかかる。


(ちょっ、ちょっと待った。頭の中で話しましょう)


(うう、それには同意します。これが一人の体を二人で使う弊害ですか)


 もしこの場に男子生徒がいたら、顔を真っ赤にしながら駆け寄って、下心と共に介抱を申し出るような。

 形の良い眉を八の字にした妙に色気のある苦悶の表情で、エリーダは壁を背にずるずると座り込む。


(しっかし、この体エロイわね。処女? もう誰かとヤった? なら躊躇い無く体使うんだけど)


(前世の貴女だって似たようなもんでしょうがっ!? というか処女ですよ下品な! さも当然の様に貴女が使う算段しないでくださいませんっ!?)


(――――ちッ、やーねぇやーねぇ。冗談よ、処女膜は大事な餌だもの、いい金蔓が見つかるまでは最悪見せるだけよ)


(見せもしないでくださいっ!? それにエディ様に嫁ぐって決まってるんです、貴女も私の記憶見れるなら分かるでしょう?)


 器用にも前世、エイダはアーアーキコエナーイ、と耳を塞ぐイメージをエリーダに送りながら、彼女の記憶を参照する。


(ああ、確かに簡単に見れるし流れてくるわ。ふぅん……、政略結婚ってやつね。つまらない人生だわぁ)


(間違いだらけだったの貴女の人生よりマシですよ)


 お互いの過去をダイジェストで眺める中、二人は奇妙な友情を抱いていた。

 伝わってくるのだ、気持ちが。


(はぁ、結構幸せな…………、でも無いのか。親が死んで叔父に引き取られて、いい子ちゃんして暮らしてきたと、んでもってその美貌が仇となって、政略結婚の駒)


(寒村に産まれて、美しさから両親に娼館に売られて、苦労…………してるんですかねこれ? 男の従業員を騙くらかして脱走、財産持ってる男の人をひっかけては、体を求められるともっと財産と地位を持ってる人に逃げて。…………逃げてばっかりじゃないですか、最後の黒髪の男の子とか有望そうだったのに貴女と来たら…………)


(でも)(ええ)


「幸せそうな人生」


 ふぅとため息一つ、エリーダは立ち上がった。

 産まれも育ちも性格も違う二人だったが、エイダが求めていた安定した暖かい暮らし、エリーダが求めていた自由で破天荒な人生。

 心の奥底で求めていたモノが相手にあって、そして今二人は一人なのだ。


「…………手を組みましょう私」


「そうね、この体と地位があれば、もっと条件のいい男を捕まえられるわ」


「エディ様が貴族として凡庸な人なのは否定できませんが、せめて育てるとか、そういう方向にいきませんか?」


「男を育てる…………その発想は無かったわ! 面白そうね、乗った!」


「駄目だったら、――――お手並み拝見といきましょうか?」


「任せなさいっ!」


 二人が一つの体を使う、この状態がいつまで続くか分からない。

 だが当面は、前向きに過ごして行くことを二人は決めたのだった。


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