第2話 海
便所という場所は均整の取れた場所である
大体が白い色の陶器で出来た誰でも目にして便所と聞いたら思い浮かべるのは誰しもが同じ形をした便器の事ではないか
鶴の形した鶴型便器があるわけでもなく、バイク型のかっこいい便器があるわけでもなく、どうせ汚く始末の集まる場所なのだからわざわざ便所にこだわりを持つ施設の設計も珍しい
なのでどこの便所を利用しようがおおよそ予想通りの景色がそこにあるわけで、なのだからある程度安心して用を足せる
それなのにそのような場所でいきなり見ず知らずの人に訳のわからない声をいきなりかけられたら気分の悪いものである
「君は何かね!」
いきなりその言葉をなげられた時の俺の感情は言うに易く
「何だこいつ」
という気持ちを持ちながらその白髪の男を見ていた
すると白髪の男は用を足しに便所に入ったはずが何もせずに、何か早く立ち去りたいような感じでその場から消えていった
「なんだあのオヤジ」
その時はまだその程度の興味しかわかなかった
それから10分ほど歩いて会社についた
会社はサングラスのメーカーで、俺は主に工場への発注やら製造ラインの管理を任される部署についていた
平だがやりがいはあるし大体朝の9時から夜は22時くらいになる事もあったけど特に不満もなかった
お茶汲みの事務職の女の子もきれいな人が多く、特に光子さんという人がタイプだった
俺は仕事の合間合間で光子さんチェックをかかさなかった
かならず1時間に1回は見るようにしていた
なので大体日に10回はちらっと見たりしていたんだがその日はなんだか光子さんとやたら目が合う
1週間に3回でも目が合ったら勘違いするのに、その日は8回も目が合った
4回目くらいまでは俺もとうとう来たかくらいのこころもちが、5回目くらいから現実的になり始め最後8回目に至ってはなんか申し訳ない気持ちになった
「俺なんかヤバいのかな?」
会社の便所に入り鼻毛を抜こうとも出てないし、不安でしょうがなくハンカチで顔をふいたりした
なんだか気付けば光子さん以外の人間も時折俺を見てる気がする
なんだか居心地が悪く今日中に終わらせる書類だけ片付けてその日は20時に会社を出た
酒でも呑んで今日はちゃんと風呂にも入り歯も磨いてしっかり寝ようと考えながら電車に揺られていると視界の端に白髪頭が窓ガラスに映ってるのがわかった
「朝の男だ」
その方を見ると朝の便所で不躾な接触をしてきた男が立っていた
一瞬怒りが沸いたがその後点と線が結んだ気になってその男から目が離せなくなった
するといい加減相手も気付いたみたいで目が合いにらみ合いのような状態が一駅分続いた
すると男はその着いた駅で降りようとする
20時の電車内はまだ混雑しているし、その男と俺の距離は一両の端と中間くらいの距離でその男をつけるにはなかなか難しい
だけど俺はつけずにはいられなかった
降りる予定もない駅で降りて 急いで混雑をかきわけ男の後をつけた
まるで映画かなんかのように人混みをわけた ヒロインを追うかのように白髪をおいかけた
駅を出て駅前の歓楽の若い雰囲気の中をオヤジが歩きさってそれをオヤジが追っている
今思えばなんかどうでもいい光景だ だがその時の俺は藁にもすがるような気持ちというか、あの白髪の男に話かけないと事が進まないような気がしてどうしようもなかった
白髪の男は歓楽街を裏に抜け、ビルの林の小さな平地、砂漠のオアシスのような公園に入っていった
俺はその後を追うと電灯の下のベンチに腰掛けた白髪の男がうなだれていた
俺は近づきこう声をかけた
「あの、すいません」・・・
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