#07 狂愛に問うた。

「恋と依存の違いって何だと思う?」


 床に寝転んだまま、彼女がそうやって微笑んだから、私は内心ドキリとした。

 私の回答なんか端から期待してなかったのか、それとも、自分で出した答えを聞かせたかっただけなのか、彼女はそのまま続けて話す。


「私はね、私達がしてることが依存で、外を歩く普通の男女がしていることが恋だと思うの」


 今度は胸がじくりと痛むような感じがした。勿論、彼女が私を傷付けたくてこんなことを言い出したわけではないことを知っている。でも、傷付く、というのはこちらの受け取り方次第だ。彼女にその気がなくとも、私の心が痛みを嘆いているのだ。

 私は少しだけ微笑んでみせたが、悲痛は微塵も隠せてはいなかっただろう。


「私の気持ちを否定されているようで、なんだか寂しい言い方だなあ」


 彼女の長髪を指先で掬って、弄んでみる。細い髪は私の指から逃れるように、するすると落ちていった。散りゆく花のようだと思った。


「だって、そうでしょう? 〈藍微塵〉の私はただ、誰かの中に居たいだけだったもの」


 其れは勿忘草の別称だと言う。誰かに強く思われたい。愛に飢えた花が、根を伸ばして辺りの草木から養分を吸い取るみたいに、愛されたいと喚く。忘れられたくない。片時も。自分を愛さぬ時がある事など耐えられない。故に彼女の【虚ろ】は、愛を養分に狂おしく咲き誇る。


「常に心の中に私を忍ばせていて欲しかっただけだもの。それを叶えてくれるなら誰だって」


 彼女の吐露する言の葉は、棘を持って私を傷付けていく。

 聞きたくなかったから、彼女の口を塞いでしまった。


「私は、お前がいいから側にいるのに」


 〈狂い咲き〉。きっと私と彼女がこうなるのは、さだめのようなものだったのだろう。互いの指先を結ぶ赤は見えずとも、苗床と花を咲かせる私達の関係は、なにものにも代えがたい、絶対的なものである筈だと。私は、信じて疑わない。

 私は彼女と向き合って、じっとその瞳を見つめた。【虚蝉】となった彼女の黒い瞳の奥、凪いだ薄明の海の如き藍が、真っ直ぐに私の紅を見返していた。

 私達の瞳が空の色を写したものだとするなら、明ける前の透明と、暮れの夕焼けでは、けして交わることはない。だとしても、同じ空だ。


「お前が私じゃなくとも構わないって言うなら、私じゃないと“駄目”にさせてしまえばいいのか?」


 彼女の輪郭をなぞって、薄く笑う。私の微笑につられるみたいに口元を綻ばせてみせながら、彼女は言葉を紡ぐ。


「私は、1秒たりともあなたを忘れはしない。あなたが私を忘れないでいる限りは」


 伸ばされた彼女の掌が私の頬を包んだ。


 私が咲かせた花。枯れることなんて、許しはしない。

 狂い咲く藍の花は、私の愛を吸って、この世の何よりも可憐に咲き誇るはずだ。

 だから、互いの愛で、萎れてしまうその日まで。


「狂おしく、愛し合おう」

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虚ろに淘汰。 今際ヨモ @imawa_yomo

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