冬から春のお話-1

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ぱちりぱちりとネオンがまたたく。濡れた羽の色をした大きな目玉。骨の犬の眼窩に収まり、夢に溺れる人たちの、足の間を縫って歩く。綺麗な瞳ね、声をかけられると尾くらいは振るぞ。カタカタと骨を鳴らしながら、ネオンの光が遠ざかる。


足音だけ聞こえる猫がおり、家々の廊下をトコトコと、猫のリズムで歩いて行く。立てた尾が陽炎のようにゆらめくところを見たと言う者もいるが、逃げる水、姿現さぬ猫、追いついた者はいない。


想いをすらすらと綴れるペンがある。他のペンではどうしても紙に引っかかってしまうのに、このペンだけは違うのだ。とっておきのラブレターに使ってみたら、途端に筆が進まなくなる。口で伝える他に無くなる。


天使の脳が売られていた。籠いっぱいで350円。くるみにしか見えなくて、堅い殻を指で弾くと、店主が睨む。あまりにも怖い顔だったから、彼がふわふわの天使たちを生け捕りにする姿が現実のもののように思えてきた。気づけば袋いっぱいに持たされているし、食べてみたらやっぱりくるみだった。


たばこ一本下さいと言って、天使が隣に並んだ。疲れているようだったので何も言わずに渡して、火も点けてやる。気怠げに煙を吐き出し、空ばかり見ている天使は、今にも空に帰ってしまいそうだ。何か声をかけようとする前に、天使は煙をぐいと引っ張り、空から魚を引きずり出した。お礼です、だって。


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見下ろした街が好きだ。子供の頃、車窓から見た景色にもう一度出会いたい。どの街も、高い場所から見ればあの頃の夢の中の景色にそっくりなのだけれど、どの街も、あの日一瞬だけ見えて記憶に残り続ける場所とは違うんだ。


図書の貸出カードでよく見る名前。気がつけば覚えてしまって、あの方も、この方も、見たことは無いのに知り合いみたいな人がたくさん。その人が好みそうな本を手に取って、名前が記されていると、やっぱりねって嬉しくなる。


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羽はいらないよ、とメモに書いてある。きれいに平らげられた食卓に、揃えて置かれた羽。元気に遊んでおいで。


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いつ飛ぶのだろうかと見守るきみ。鳥かごの中でぼくは暇を持て余している。ぼくには羽なんか無い。


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天使の墜落地点は世界の終わりと呼ばれていて、今でもぽっかりと大きな穴が空いている。そこに行けば、きみも終わりを目にするだろう。なんにも無くて、えらくあっけない終わりだなって思って、夢の中に帰って来るといい。


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喫茶店のガラスの向こう。天使が新聞を広げて読んでいる。黙々と、あるいは歌を歌いながら。ぼくは通学の度に天使の前を通り過ぎる。土日は見たことがない。ぼくが見ていない日は、どこで何をしているんだろう。知っている人がいたら教えてね。


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ぼくの左肩に天使がいると知ったのはもう十年も前で、それからぼくは、寂しくなることもなく前進を続けてきた。たまに背中が重くなるのは、天使が寄りかかってくるからだ。そんな重みなら、耐えられる。ぼくの行く道は、なかなか愉快だ。


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人に化けた猫は歩き方を知らずに不便をしていたが、誰に教えて貰っているのか、日に日に上手くなっていく。お喋りは一つも出来ずにいる。おそらく無口な先生なのだろう。いろいろな者に手を引かれながら行くのだ。


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今日はどこで眠っていたの。お気に入りの座布団。ひんやりとした廊下。押し入れの奥。干した布団の上。窓際で青く染まりながら。きみがいた窪みを探して部屋を歩く。きみと居られなかった時間が埋まる。


黄昏よ長く続け。時間よ止まってしまえ。ぼくは迷子。さよならを言い損ねたけれど、夜はもう来ないから、伝える必要も無いだろう。明日のぼくはただの幻だ。影を踏まないで。寂しくなってしまうだろ。

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