夏から秋のお話-1
8/4
海岸の木切れに、天使が座っていました。声をかけても、隣に流木を運んで座ってみても、私に気付かないようでしたので、夢の切れ端と呼び変えて、立ち去るまで様子を見に来ようと思います。
終わりの音色が鳴って、幕が下りるまでの間、私たちはずっと天を見上げていました。観客もいないものですから、拍手も聞こえてこなくて。幕ばかりが役目を持っています。
8/7
子供のポケットから転がり落ちた。羽のある虫は、ビー玉やおはじき、夏の青い花、飴玉の間をトコトコ歩く。宝箱に潜む。お気に入りの本に潜む。花の種を運ぶ。植えた覚えの無い場所に咲く花は、一つの季節の間だけ、羽虫が住処とする借り屋。どうか引っこ抜かないで。
8/20
ぼくの話を聞いてくれ。彼が熱くなりそうな声を抑えながら演説しています。話の内容がさっぱり頭に入って来ないのは、私がそれほど興味を持たないからではないはず。彼の横で熱い手振りを真似る子供は、餅を丸めるような仕草で世を説いています。そんな世の中ならば住みたい。
8/28
夏をひと抱えずつ持って行く。入道雲はいつから無くなったんだっけ。正直に呟いたきみの言葉も陽炎が天へと運んだ。海への道は閉ざされて、自転車で登った坂も通ることはなくなった。空は遠く風は素っ気なく。魚や木々や、獣や天使が、夏をそれぞれ持って行った。
8/30
早朝の電光掲示板。カラスが気に入って使っている場所を今朝は天使が借りて、街を見下ろしていた。夜間の音の洪水が引いた後には、猫のあくびしか聞こえない。そろそろカラスに席を返さねばならない。見上げる者がいない空。朝日の回廊を渡る。
9/14
ぼくの隣の席は、いつも空いている。たゆたい消えていく夏、旅する道の上。話しかけようとするが気配がない。手紙を投函した。ぼくは今ここにいます。隣の席はいつも空いている。そちらの方は、足跡すらも残さずに旅をしているのだろう。
10/15
天使がうっかり木に姿を映してしまったようだった。木々は巧みに天使の姿を身に彫刻した。凛々しく立つ天使の像を映した老木は一仕事終えてぱたりと倒れた。天使が森に寝そべる姿となってからは、これまでの導きを感謝した者が菓子や茶を置いて行く。天使の昼寝像、山奥にひっそりと。
10/18
手縫いの被り物をして街を歩く住人がいた。裁縫があまり得意ではないのか、本当にそのような生物がいるのか、そもそもどこの誰なのか、聞いてみたいが口があるのかも分からない。共鳴して一時期被り物頭が増えた。ちょうど寒い時期だった。街は無口な動物で溢れた。
10/21
暑さは鳥を溶かした。鳩が公園のベンチ前で通行人の足を引っ張っているし、雀は庇からぽたぽた落ちてくる。溶ける鳥たちを、一羽の鳥が眺めている。彼も溶けてしまいたかった。鳥ならば。
白い花が川を流れていく。水中で咲く花が散ったのだろう。そこは寒かろう。きみは冷たい肌をしているのだろう。掬い上げることが出来なかった。熱を持つ身体では、佇むことしか出来ない。
踊る人を見た。靴音を部屋いっぱいに響かせて、何もない部屋に景色を塗りたくっていく。草がそよぎ穀物が鳥に啄ばまれ山々からは天狗の呼び声が聞こえる。一部屋の神様は、ぴたりと足を止めると崩れ落ちた。もう一度踊ってほしくて音楽を口ずさむ。
11/3
『ひとに優しくも出来ない、力もないぼくですが、天使さん、いらっしゃるならば、どうか願い札を読んで下さい』
11/10
何も無い庭を眺めているんだ。いや、木だとか草は生えているよ。手入れをしていないだけでね。前庭はあんなにも綺麗に整えているというのに、彼の裏庭は草木が好きに伸びているんだ。そんな裏庭を、彼はいつも楽しげに眺めているんだ。
11/11
天使の羽せんべい、3枚入り。最近子供たちに人気のおやつだ。魚みたいな流線形をしている。確かに風を受けて飛びそうな形だ。たまにとびきり甘い羽が入っているらしく、子供たちは本物だと噂する。本物を集めて天使を作るつもりらしい一団が、小遣いを持ち寄り駄菓子屋に乗り込む。
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